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第三章  即位へと (2)

(2)


 城内は、王女の即位のための準備で、せわしない状態が続いた。

 街は突然降ってきた祭りの報せに、大騒ぎである。広場では、市場で人気の店が着々と仮設に励んでいる。復興に日々を費やし、元の生活を取り戻して間もない民たちは、久々の明るいイベントまでを待ち遠しく過ごした。城門から繁華街までの丘の道には、夕刻までひっきりなしに人々が行き交った。

 王女の部屋へ招かれざる来客があったのは、そんな最中の夜更けのことであった。

 

 ソフィアは早朝、いつものように王女の部屋の前へ立った。王位継承を明日にひかえながら、王女は今日も精力的に各地の有力者や識者を訪ね回る予定であった。

 しかしその朝、王女の部屋へ続く扉の様子には、ここ数日とは違う点があった。

 だらしなくもたれて座り込み、交代を待つはずの傭兵の姿が、ない。代わりに、扉の中央に大きな靴裏の跡がひとつ、見られるのだった。

 不安に胸がざわめく。ソフィアが軽くノックをしただけで、壊れていた扉は奥へと動いた。

 「王女!」

 ソフィアは無鉄砲に、部屋へ飛び込む。王女の姿を求めて素早く四方へ目をやった。応接間には誰もいない。奥の寝室はどうか。彼女がそちらへ向いた時である。

 「交代だ」

 背後からの低い声。

 斬られた。

 はっと振り返ると、戸の傍の壁、寄りかかって立つ盲目の男がいた。彼女が中途半端に開け放した扉に隠れ、ちょうど死角になっていた場所だ。

 声もなく、じっとりと、ソフィアは汗ばんでいる。あの一瞬、斬られていた。この男が、その気だったならば。

 「何が、あったのですか?」

 乾いた喉から、やっと言葉を絞り出す。ロックはだるそうに言った。

 「王女に聞け。俺は寝る」

 彼は足を引きずるように扉へ向かい、ふと、つぶやくように言い残した。

 「スリノア提督に伝えろ。裏の鹿の角、と」

 ロックが壊れた扉を律儀にも閉め、部屋からかなり遠ざかるまで、ソフィアは硬直していた。

 剣士として、完全に、気圧された。

 悔しさよりも、今は恐怖があった。これほどまでに格の違う相手が、そうそう居てよいものか。女だてらにスリノア騎士団で名を馳せる、彼女であるというのに。

 ソフィアは一人、安堵と苛立ち、どっちつかずのため息をついた。

 気を取り直し、寝室へ向かう。ダナは起きたままベッドの上に座っており、ソフィアへ向かって恥ずかしそうに微笑んだ。

 「王女。一体、何があったのですか」

 「昨夜、アイザックが来たの。従者をひとり連れてね」

 衝撃的な内容を、王女は終始穏やかに語った。

 「うかつだった。彼が友好的に出した酒を一口だけ飲んだの。もちろん、彼が先に飲んでからよ。そうしたら、話の途中で体がしびれてきて。多分、夕食に何か薬が混ぜられていて、酒に反応するよう仕組まれていたんだわ。食堂にまで手を回されていたなんて、もう城内でも安心できないわね」

 まるで綱渡りだ。あまりのことにただ聞くだけだったソフィアは、一呼吸の後、尋ねた。

 「それで、お怪我は」

 「ないわ。誰かさんが派手に扉を壊して、踏み込んでくれたおかげでね」

 王女は呆れたように肩をすくめた。が、

 「……嬉しそうですね、王女」

 咲き誇る花のように健やかな笑顔を見て、ソフィアは苦いため息をつく。まさか、即位後に傭兵と結婚したいなどと言い出しはしないだろうか。ウェッジには報告しないでおこう、と彼女は決めた。また眉間にしわが戻りそうだ。

 「だって、従者に組み伏せられている私に、あの男、なんて言ったと思う?」

 王女は腹を抱えんばかりに、笑いながら話した。

 「『邪魔したか?』ですって! まったく、最低だわ」

 「とにかく、ご無事で何よりです。アイザック=シーラはどうなりまして?」

 「さあ。多分、生きているんじゃないかしら」

 ダナは笑いすぎて浮かんだ涙を、細い手でぬぐった。

 ソフィアはふと、あの傭兵が垣間見せた恐るべき覇気を思い出した。背筋を寒気が這い上がる。戦を知らぬ中年男は、どんなにか不様に逃げ出したことだろう。しかし、悪知恵ばかりの腰抜けかと思いきや、意外と行動力もあるようだ。やり方がお上品な文官の域を出ないところは、予想通りだが。

 「王女。私が扉を護ります。今日はどうか、部屋でお休みください」

 明日はいよいよ、日曜である。王女には、若々しく、力強い演説で、民衆に即位を伝えてもらわねばならない。

 「いいえ」

 王女は、やんわりと拒否した。

 「最後に詰めておきたいことが、山ほどあるのよ。大丈夫、むしろいつもより、よく眠れたわ」

 言った後で、彼女の頬がほんのりと赤く染まる。しびれで動けぬ彼女の体を、誰がベッドまで抱いて運んだか、考えるまでもなかった。

 ソフィアは壊れた扉の修理の手配をし、外で王女の支度を待ちながら、しかめっ面で考えた。

 英雄と誉れ高き貴公子には全く揺れず、あんな薄汚い傭兵がいいだなんて。

 女として、さっぱり理解できない。

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