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8.エリザベスの事情


 ――月に一度の約束の日……


 エリザベスは、ハートレイ男爵家に引き取られるまでずっと住んでいた町に戻ってきていた。

 フードを被り、急いで目的の場所に向かう。

 古びた建物の二階。歩くたびにギシギシとなる階段を上り、一番奥の扉の前に立つとエリザベスはドアをノックした。


「ルナー! いるー?」


 声をかけると、扉の向こうでバタバタと走る音がする。

 エリザベスが一歩後ろに下がると、勢いよく扉が開かれた。


「お姉ちゃん! おかえりなさいっ!」

「……ただいま、ルナ」


 そう言って、エリザベスは可愛い妹をぎゅっと抱き締めた。

 ルナに手を引かれて部屋の中に入る。


「ルナ! 危ないから扉を開ける前にチェーンをかけなさいっていつも言っているでしょう?」

「いつもはちゃんとやってるんだよ? お姉ちゃんの声だって分かってるからやらないだけだもん」

「だからって、何があるか分からないんだからチェーンをかけなきゃダメ!」


 叱られているのにルナはニコニコと嬉しそうに笑う。

 一ヵ月ぶりに会う妹に、エリザベスも仕方ないなぁと困ったように笑った。


「ルナね、おかみさんに教えてもらって、料理のレパートリーいっぱい増えたんだよ!」

「そうなの? 偉いわね。女将さんは来てくれているの?」

「うん! 一昨日も、おすそ分けだってお野菜持って来てくれたよ!」


 ルナの頭を撫でながら、後でお礼を言わなければとエリザベスは思う。

 ハートレイ男爵の血を引いているエリザベスが男爵家に連れて行かれて、この家には十二歳のルナと義父しかいない。

 エリザベスがルナくらいの年に母が亡くなり、それからずっと義父が男手ひとつでエリザベスとルナを育ててくれた。

 けれど、三年程前に冒険者であった義父が病気で倒れてからは、エリザベスが年齢を偽って働いて、なんとか生計を立てていた。


「お義父さんはどう?」

「ん……あんまり元気じゃない。でもお父さん、ルナの作ったご飯食べてくれてるよ」

「そう……」


 ルナと話しながら、奥の部屋に進む。薄い扉を開けると、簡素なベッドに横になる義父の姿があった。


「エリザベスか……」


 体を起こそうとする義父を支えてやりながら、エリザベスは義父の顔を見る。

 かつて冒険者として活躍していた義父の顔色は悪い。


「お義父さん、具合はどう?」

「ああ。お前が手配してくれた薬がだいぶ効いているようだ」

「それなら良かった!」


 ニコッと笑うエリザベスに、義父は心苦しそうな顔をする。


「……すまないな。俺がこんなばっかりに……」

「大丈夫! 私、こう見えて結構やり手なのよ? この前も貴族学校でね……」


 そう言ってエリザベスは、義父とルナに貴族学校でのことを面白おかしく話した。

 多少の嘘と、事実を少し隠しながら。


 エリザベスがルナと義父との大切な時間を過ごし、ルナに今月分のお金を渡すと家を後にした。

 その足で町の中心部にある酒場に向かう。

 エリザベスが住んでいた町には冒険者用のギルドがあり、冒険者に向けた宿や店が立ち並ぶ、それなりに大きな町だった。

 酒場の前には『準備中』と書かれた看板が立て掛けてあったが、エリザベスは気にせず扉を開ける。


「こんにちはー! エルザですー!」


 大きな声で挨拶をしながら知り尽くした店内を進み、カウンターから身を乗り出して奥を覗く。

 すると恰幅の良い年配の女性が出てくるところだった。


「あらやだッ、エルザじゃないかい!」

「女将さんお久しぶりです!」

「ああ、今日が月に一度の日だったのか」


 訳知り顔で頷くと、エリザベスをカウンターの席に座らせて麦茶を出した。


「ありがとうございます。それに、家族がいつもお世話になっているようで、どうもすみません」

「なあに、私はちょっと顔を出しているだけさ。……それより、どうしたんだい。随分しっかりしちゃって。酒場で男ども相手にギャーギャー言ってたアンタはどこ行っちまったんだい?」

「そ、それは……あの時はまだ若かったというか……」


 女将の言葉にエリザベスは苦笑する。

 義父が病気で倒れ、生活のためにエリザベスが働いていたのがこの酒場だった。

 年齢を偽って十四歳から働き始めたエリザベスだったけれど、酒場に来る荒くれ者の冒険者を相手に随分とまあ好き勝手にやっていたものだと、今となっては遠い目をしてしまう。


「懐かしいねぇ。そういえばアンタ、御貴族様を落としてやるんだー! って息巻いてたけど、あれから一体どうなんだい?」

「ええっと……」

「アンタのことだから、どうせ変なヤツでも引き寄せてるんだろ」

「あはは……」


 まさか、王太子殿下や侯爵様に変な絡み方をされているとは言えない。

 エリザベスが伯爵家くらいの爵位でもあれば、婚約者がいる王太子殿下はさておき、侯爵家のレイフォードに猛アタックしていたかもしれないが、エリザベスは男爵家。 

 あまりにも無謀すぎて頑張る気にもならない。


 つまり、貴族を落とすどころかまだ誰にも関われていないのと同じだった。

 エリザベスの様子でそれが分かったのだろう。女将は溜息をつくと、エリザベスを不憫そうに見た。


「あの家に引き取られたばっかりにねぇ……」

「大丈夫よ。家族が生活できるくらいお金をくれて、生理的に受け入れられる貴族の男をゲットしてみせるわ!」

「一丁前に意気込みだけは良いんだから」


 やれやれと首を振る女将に、エリザベスは用意していた封筒を差し出す。

 それを見た女将は再び大きな溜息をついた。


「……受け取れないって言ってもアンタは無理矢理渡してくるからねぇ」

「お世話になってるんだもの」


 そう言ってエリザベスは微笑む。

 このお金は、男爵家から毎月いただいているもの。

 男爵家に引き取られる時にエリザベスが説得と脅しを駆使して必死で交渉して、家族を養えるくらいのお金と、貴族学校出身という箔を付けるための猶予期間を手に入れた。


 ハートレイ男爵としては、エリザベスへ投資しているつもりなのだろう。

 投資の見返りに、大きなリターンがあることを期待して。


「焦る気持ちはあるだろうが、くれぐれも変な男に引っかかるんじゃないよ。貴族様は何を考えているか、分かったもんじゃないからね!」

「ありがとう。気を付けるわ」


 女将の話を聞いて、エリザベスの頭に一人の男性の顔が浮かぶ。


 ――大丈夫。勘違いなんかしない。


 エリザベスは浮かんだ顔を振り払うように大きく笑った。





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