7.ルイーゼの奇襲
あれからレイフォードは週に二日ほど図書室に通うようになった。
お茶会でのマナー講座の後は、貴族間の繋がりや王家との関係性など、雑談しながら本では分からない貴族の話を聞かせてもらっている。
そして……『かりそめの恋人』と言った通り、レイフォードはエリザベスに色々と仕掛けてくるようになった。
手を握ったり、肩に触れたり、顔を覗きこまれたり……
レイフォードにも何か意図があるのだろうけれど、思わせぶりな態度に辟易してしまう。
でも、貴族としての知識を教えてもらうためには、これが条件なのだから仕方がない。
エリザベスは甘んじて受け入れているのだが、どうもそれがレイフォードのプライドを傷付けているらしい。
「この僕を前にしてよくもそんなに平然としていられるな!」
……と、理不尽に怒られることもしばしばだった。
◇
貴族学校のカフェテリアでお昼を食べている際、エリザベスが新しいティーガウンを用意してもらった話をすると、リリーシアはとても嬉しそうに手を合わせた。
「まあ! それなら早速お茶会を開かないとね! 決まり次第、招待状を届けさせるわ」
「ありがとうございます」
エリザベスは笑みを浮かべる。
何も言わないけれど、リリーシアもミーシャもエリザベスの家の事情は噂で知っているのだろう。
無理に尋ねようとはせず、そのうえで親しくしてくれている二人がエリザベスには有り難かった。
「リリーシア様のお茶会はすごいですよぉー。扱っているティーセットは高級品ですし、ローズガーデンなんてこの世のものとは思えないくらいキレーなんです」
「ミーシャ。貴方、エルザを緊張させるようなこと言わないでちょうだい」
「ふふっ、楽しみにしておりますね」
三人で和やかなランチをしていると、入口から女性特有の騒がしい声が聞こえてくる。
エリザベスが顔を上げると、アンソワ王太子殿下の婚約者であるルイーゼが、お供を引き連れてカフェテリアに入ってくるところだった。
こちらにやって来たルイーゼはチラッとエリザベスを見た後、隣に座るリリーシアに声をかけた。
「リリーシア様、ごきげんよう」
「まあ! ルイーゼ様、ごきげんよう」
リリーシアが立ち上がる。
エリザベスは自分も立ち上がるべきか悩んで、ミーシャの様子を窺う。エリザベスの視線を受けて、ミーシャは座ったまま小さく首を横に振った。
「先日は我が家の夜会にお越しいただきありがとうございました。リリーシア様がいらっしゃって、とても華やかな夜会になりましたわ」
「こちらこそ素敵な夜会に参加できて嬉しかったですわ」
お互いに微笑みながら、上辺だけの会話を続けている。エリザベスはその様子を傍観しながら、(貴族令嬢って大変だわ……)と他人事のように思っていた。
すると、会話の流れが思わぬ方向に向かっていく。
「リリーシア様は本当にお優しいのね。貴族になりきれていない、身分の低い者にも平等に接していらっしゃるんだから」
そう言ってルイーゼは、エリザベスを見ると扇で口元を隠した。
恐らく嫌な笑みを浮かべているのだろう。ルイーゼの取り巻きたちが後ろでクスクスと笑っているのが聞こえてくる。
まさか、エリザベスのことに触れてくるとは思わなかった。
身分が低いのも平民として育ってきたのも本当のことなので、嫌味を言われてカッとなったりはしないけれど……ムカつくものはムカつく。
(……一体誰よ、この女のことを才女だと言ったのは)
ただの性格の悪い女じゃないか。
才女であれば侯爵令嬢のリリーシアにこんな嫌味を言ったりしない。
どうしたものかと思っていると、リリーシアがニッコリと笑って言った。
「エルザは私の大切なお友達なの。……ルイーゼ様ったら、こんなに人が多いところでお話しなさるから、たくさんの殿方が興味深そうに私たちを見ていらっしゃいますわよ。将来の王子妃がそんなことを言ってよろしいのですか?」
そう言って頬に手を当てて首を傾げたリリーシアに、ルイーゼはカッと頬を赤らめる。
周囲を見回して自分たちに視線が集まっていることに気付くと、わざとらしく咳払いをした。
「そ、そうね。随分と長居をしてしまったわ。では、ごきげんよう」
早口でそう言って、ルイーゼは御令嬢方を連れてそそくさと去って行った。
席に着いたリリーシアに、エリザベスは頭を下げる。
「私のせいでご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」
「あら、貴方のせいじゃないわ。ルイーゼ様が勝手に絡んできたのでしょう」
「どーせ、殿下が相手をしてくれないからってピリピリしてるんじゃないですかねー」
ふふっと笑ったミーシャに、心当たりのあるエリザベスは曖昧に微笑んだ。
庶子であり、つい最近まで平民として育ってきたエリザベスが、貴族学校で浮いていることは自分でも分かっている。
そのせいで、一緒にいるリリーシアが色々と言われる可能性があることも。
でも、どんなに馬鹿にされたって、エリザベスは絶対にこの場所を離れるわけには行かなかった。
……目的のために、結婚相手を見つけるまでは。