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5.義母と兄、そしてレイフォードからの提案


 エリザベスが図書室での勉強を終えてハートレイ男爵家に帰ると、待ち構えていたように年配の執事が声をかけた。


「奥様がお呼びです」


 その言葉にエリザベスの動きが止まる。

 ……めんどくさい。

 でも行かなければもっと面倒なことになるのは目に見えていた。


「すぐに参ります」


 エリザベスはにこやかに返事をし、執事と共に部屋に向かった。



「奥様。エリザベス様をお連れしました」

「ありがとう。エリザベス、貴方だけ入りなさい」


 ハートレイ男爵夫人から許可を得て、エリザベスは夫人の私室に入る。

 男爵夫人の部屋は全体的にピンク色で構成されていて、エリザベスはこの部屋に入るといつも目が痛くなる。夫人本人も、痩せた体に不似合いな、たっぷりとフリルをあしらったピンク色のドレスを着ていた。

 エリザベスは夫人のことを、心の中で『鶏ガラピンク』と呼んでいる。

 鶏ガラピンクこと男爵夫人はエリザベスを上から下までジロジロ見ると、フンッと鼻で笑った。


「元平民が随分と頑張っていることね! さっさとその体で男を落としてくればいいのに!」

「……男爵家のためになる相手を見定めているところなんです。それが『お約束』ですから」


 口元に笑みを浮かべたまま男爵夫人を見つめる。

 ここでエリザベスが気弱な態度を見せれば、男爵夫人の嫌味が長引くことをエリザベスは経験から学んでいた。

 それに、エリザベスが使えない人間だとみなされれば、学校なんてすぐに辞めさせられてどこぞの男と結婚させられてしまう。

 エリザベスの交渉の余地のない結婚――それだけはなんとしてでも避けなければならなかった。


 従順にならないエリザベスに、男爵夫人はイライラと足を鳴らしだす。


「……本当に可愛げのない女。貴方の母親とおんなじね!」


 男爵夫人の眉がどんどん吊り上がっていく。その様子を見ながら、エリザベスは心の中で呟いた。


 ――そんなに嫌なら、呼ばなきゃいいのに……


 呼び出しさえなければ、今頃与えられた部屋で一人食事を取っていたはずだった。

 そもそも、平民として生きてきたエリザベスを無理矢理連れてきたのは彼らの方だ。

 エリザベスが金になると踏んで、男爵がかつて無理矢理関係を迫り、そして捨てた女の子供を引き取ったのは。


「旦那様と同じ髪色に、同じ瞳の色……それがなければお前なんか……」


 男爵夫人の声が震える。

 憎悪に満ちた鋭い眼差しを向けた男爵夫人は、エリザベスに詰め寄ると右手を大きく振り上げた。


(――あ、叩かれる……)


 一瞬、避けるかどうか悩んだエリザベスは、夫人がそれで満足するならと諦めて目をつぶった。



 ――トン、トン、トン……



 扉をノックする音が聞こえ、ビクッと体を跳ねさせた男爵夫人の動きが止まる。


「……ああもう! 誰ッ!?」

「……私です。ショーンです」


 扉が開き、男爵夫人が産んだ唯一の子供である一人息子のショーンが現れた。

 エリザベスより二つ年上の彼は、母とエリザベスの様子を見て眉をひそめる。母が何をしようとしていたのか察したのだろう。

 眼鏡をかけた長身のショーンは、母と同じ神経質そうな顔で言った。


「私の友人宅で今度夜会を開くそうなんです。その件で母上に相談したいことがありまして」

「あら、何かしら。ぜひ話を聞きたいわ」


 夜会と聞いた途端、男爵夫人の顔色が変わる。

 ウキウキとし始めた夫人は、エリザベスに気付くと顔をしかめて言った。


「……貴方はもういいわ。下がってちょうだい」

「失礼いたします」


 エリザベスは礼をして部屋を出る。腹違いの兄ショーンとすれ違った時、エリザベスはショーンから強い視線を感じた。

 けれど、エリザベスはそれに気付いていないフリをしてその場を立ち去った。


 扉を閉めて、廊下に誰もいないことを確認したエリザベスは大きく溜息をつく。

 結果的に、ショーンに助けられた。

 鶏ガラピンクの張り手くらい諦めて受けてしまおうかと思っていたけれど、もし頬が赤く腫れてしまったら明日学校に行けなかったかもしれない。

 ショーンがエリザベスを助けてくれたことは一度や二度ではなかったけれど、エリザベスは素直に感謝の気持ちを持てないでいる。


 ――あの、目……


 ショーンがエリザベスに向ける、粘着質っぽいあの視線がどうしても受け入れられない。

 まるで獲物を狙う蛇のようだとエリザベスは思う。


(……ああ、もうっ! 毎月お小遣いをくれるお金持ちの人と一緒になって、こんな家早く出たい!!)


 エリザベスは改めて決意を固くしてその場を後にした。




 ◇




 いつものように図書室で勉強していたエリザベスは、目の前に現れた男を見て眉をひそめた。


 ――なんか、増えた……


 突然やってきて勉強の邪魔をするのはアンソワ殿下だけだったはずなのに……なんで彼まで……


 エリザベスは、自信に満ち溢れた様子のレイフォード・ユナイドルを見て内心溜息をついた。

 ……と思っていたら、内心だけでなく実際に出てしまっていたらしい。


 ハァ……と溜息をついたエリザベスに、レイフォードは誰からも称賛される魅力的な顔を強張らせた。


「……僕の顔を見てあからさまに溜息をつく奴は初めてだよ」

「申し訳ございません。止めようと思ったのですが、我慢できずに出てしまいました」

「そっちの方がムカつく」


 女性受けしそうな甘いマスクを歪ませたレイフォードは、気を取り直してエリザベスに向かって言った。


「今日は、キミと取引をしたくて来たんだ」

「取引、ですか?」

「そう。キミが王太子殿下と懇意になりたがっていることは知っている。そして、王太子殿下と週に一度会話をする機会を与えられていることも」

「……ちょっと待ってください。そもそも前提が違います!」


 ペラペラと話し始めたレイフォードに思わず待ったをかける。


 ――なんで私が殿下とお近付きになりたい前提なんだ!!


 しかもなぜか、殿下の優しさでエリザベスに時間を与えられているような口ぶりだ。


「貴方が私のことをどう思っているのか知りませんが、私は自分の身の丈をよく分かっています! 殿下と釣り合わないことくらい分かります!」

「お前なんかがアンソワと釣り合うわけないだろ。なんて恐れ多い」


 ――だぁかぁらぁぁぁ!!


 心の中でぎゃああと叫んだエリザベスは、会話が噛み合わないことに諦めてとりあえず話を聞くことにした。


「……なんだソレは」


 突然ハンカチで口を押さえだしたエリザベスに、レイフォードが訝しげに尋ねる。


「自分を必死で押さえておりますの。気になさらず話を続けてください」


 ハンカチで口を覆ったままモゴモゴと話す。

 そんなエリザベスを怪しいものでも見るような目で見たレイフォードは、気を取り直して話を続けた。


「キミの生い立ちは調べたから知っている。平民として暮らしてきたキミには貴族としての素養がない」


 嫌なところを突いてくるレイフォードに、エリザベスは文句を言いたくなるが口元のハンカチがそれを止めてくれている。

 ハンカチが意外と役に立っている。


「そんな女が王太子殿下の側にいるのはこちらにとっても都合が悪い。だから、僕がキミに、貴族としての完璧なマナーを叩きこんであげるよ」

「!」


 思いがけない提案に、エリザベスは目を見開く。

 エリザベスが玉の輿に乗るために、ずっと抱えていた問題を解決するチャンス。それが本当なら、ぜひともお願いしたい。


 でも――


 貴族の提案には、きっと何か裏がある。

 レイフォードの目的はなんだろうか?

 エリザベスの視線に気付いたレイフォードが、目を細め魅惑的な笑みを浮かべて言った。


「その代わり、条件がある。ここにいる間だけ、僕の恋人になってほしい」

「恋人……?」


 不可解な言葉に、エリザベスは思わずハンカチを離して尋ねてしまう。


「そう。図書室にいる間だけの、かりそめの恋人。もちろん図書室から出たら僕たちは何の関係もない。ただの他人だ」


 レイフォードの言葉にエリザベスは少し考えて、そして口を開いた。


「二つ質問してもいいかしら」

「どうぞ?」

「貴方に婚約者は?」

「いないよ」

「そうですか……。あと、恋人というのは身体的接触も含まれますか?」

「含むかもしれないね。でもそれは一般的な恋人同様、お互いに同意すれば、だけど」

「……」


 エリザベスはレイフォードを見つめる。

 レイフォードは『恋人』と言ったけれど、彼がエリザベスに恋心を抱いているようには到底見えない。

 それに、偽りの恋人を求めるほど女性に困っているようにも見えなかった。

 甘いマスクに侯爵家という地位、どこを取っても魅力的な彼ならば、例え性格に難があったとしてもいくらでも女性が寄ってくるはずだ。


 でも、言い出すからには何か意図があるのだろう。

 それが何なのか今はまだ分からない。


 単純に「抱かせろ」と言われていたら即座にお断りしていたけれど、接触があるかもしれない程度ならエリザベスに選択の余地はありそうだ。

 エリザベスは得られるものとリスクとを天秤にかけて、得られるものを選んだ。


「いいわ。貴方との取引に応じます」


 エリザベスは今の状況を打開しないといけない。

 そのためには歩みを止めるわけにはいかなかった。


「私のことはエリザベスとお呼びください」


 ニコリと笑ったエリザベスに、レイフォードも不敵に笑う。


「僕のことはレイフォード、と。よろしく、エリザベス」

「よろしくお願いします。レイフォード様」


 お互い真っ直ぐに見つめ合う。

 挨拶をしながら二人は自然と握手を交わしていた。


 ……それは、『恋人』と言いながら『ビジネス』にしか見えないやり取りだったけれど、達成感でいっぱいになっていた二人は残念ながら気付いていなかった……






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