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4.アンソワとレイフォード(※レイフォードside)


 図書室の扉を閉めたアンソワは、にこやかな表情を浮かべてその場を後にした。

 週に一度、自分に許している時間。このことを知っているのは、護衛を兼ねた学友と、あとは……


「――バレていないとお思いですか?」


 後ろからかけられた声にアンソワは僅かに目を見開くと、困ったように笑いながらレイフォードに向かい合った。


「うーん、気付いてるかなぁとは思っていたよ。レイは優秀だから」

「ッ! 一体なんで!」


 いつもと変わらない様子に焦れてレイフォードが声を荒らげると、アンソワがしぃーっと口元に人差し指をあてた。


「……っっ」


 ムスッとした顔でアンソワの隣に立ったレイフォードは、一緒に歩きながら声を落として話しかける。


「貴方ともあろうお方が、なんであんな女を気にかけるんですかっ」

「あんなって……彼女に失礼だろう?」

「礼儀も可愛げもない女、あんな女で十分ですよ」


 レイフォードはエリザベスと初めて会った時のことを思い出す。

 勝気な顔で自分に力強い眼差しを向けてきたあの女は、立ち去る際、レイフォードに向かって勝ち誇った顔で笑った。

 あの笑顔を思い出すと、三ヵ月経った今でもレイフォードはイライラした気持ちになる。王太子殿下の側近として相応しい存在になりたいと、最近では誰に対しても親切で優しいレイフォードが定着しつつあるのに、彼女が関わると本来の短気な自分が顔を出すようだった。


「可愛いのになぁ」


 ふふっと笑うアンソワを、レイフォードは信じられないものを見るかのように凝視する。


「正気ですか?」

「それ、酷くない?」

「彼女は平民として育った庶子ですよ?」

「……ああ、レイも調べたんだね」


 目を細めたアンソワを見つめながら、レイフォードは先日報告を受けた内容を思い出す。

 エリザベス・ハートレイは、ハートレイ男爵が平民の女性を孕ませてできた子供である。

 エリザベスが十五歳の時にハートレイ家に引き取られるまでは、生まれてからずっと平民として暮らしてきた……と。


 アンソワの様子を見ると、どうやら彼もエリザベスの素性を調べさせたようだった。その上でエリザベスに接近している。


「遊び相手ならもっと相応しい者がおります」

「やだなぁ、そういうつもりはないよ」

「……なら、妾にでもするつもりですか?」


 レイフォードの問いかけに、アンソワは笑みを浮かべたまま何も言わない。

 遊び相手ではないと即答した時のように、即座に否定してくれればいいのに……と、レイフォードは歯がゆい気持ちでいっぱいになった。

 

 アンソワに恩があり絶対の忠誠を誓っているレイフォードは、彼の望むことならどんなことでも叶えて差し上げたいと思っている。

 もし……アンソワがエリザベスを妾に望むなら……

 それがアンソワの望みなら、レイフォードはそれを叶えて差し上げたい。

 相手があの気に食わない女であっても、アンソワがそれでいいというのなら……本当に、本当に癪だけれども、望み通りになるよう環境を整えて差し上げたい。


 けれど、今まで平民として育ってきたエリザベスには貴族としての基礎がない。

 今はなんとか取り繕っているようだけれど、ちょっと突けばすぐにボロが出るだろう。

 それに……


 ――そもそもあんな派手な見た目なら、体の経験の一つや二つあるんじゃないのか?


 レイフォードはエリザベスの容姿を思い出す。

 気性の荒さを表しているかのような赤い髪、気の強そうな顔立ち、制服の上からでも分かる豊かな胸元に、スラッと伸びた長い足。

 あの見た目なら、今まで幾度となく体目当ての男どもから言い寄られてきたことだろう。

 エリザベスがレイフォードに向かって言ったように、ナンパの一つや二つ経験しているのかもしれない。平民として育っていたのなら、純潔を守らなければならないという意識はなかったはずだ。

 いくらレイフォードがアンソワの望みを叶えてやりたいとしても、純潔でない女性をいずれ国王となるアンソワの妾にするわけにはいかない。

 仮にアンソワがそれでもいいと言ったとしても、それだけは絶対に阻止しなければ。


 レイフォードはグッと右手を握った。


 ……レイフォード・ユナイドルは、アンソワを崇拝するあまり、少々……いやかなり盲目的な男だった。


「……ねぇ、レイ。もしかしてハートレイ男爵令嬢と接点を持とうとしてない?」

「思っています」

「だからレイには教えてなかったんだけどなぁ……」


 アンソワは溜息をつくと、レイフォードに向かって真剣な顔で言った。


「ハートレイ男爵令嬢は、僕とこうして会っていることを誰にも知られたくないと思ってる。だから僕もバレないよう細心の注意を払ってる」


 じっとレイフォードの瞳を見つめたアンソワは、もう一度溜息をついた。


「でもキミ、関わるなって言っても絶対何か仕掛けてくるもんね……だから、三つ約束して。ハートレイ男爵令嬢に話しかけるのは学校の図書室内だけ。そしてそのことは誰にも気付かれないよう気を付けること」

「もう一つは?」


 レイフォードの問いかけに、アンソワは笑いながら言った。


「あとは、ハートレイ男爵令嬢に落とされないよう気を付けてね」

「……なんだって?」


 レイフォードが眉を寄せる。


 落とされる?

 それは、恋に落ちるいうこと?

 誰が? 誰に?


 ……


「まさか!」


 ハッと一笑したレイフォードを見て、アンソワは困ったように笑う。

 そんな王太子殿下の様子には気付かず、レイフォードはこれからどうするべきか考え始めていた。






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