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3.王太子殿下の婚約者は才女だそうです


『ルイーゼ・アクロイス』


 アンソワ王太子殿下の婚約者。

 殿下と同い年で公爵家の彼女は、王妃となるべく幼少期から英才教育を受けてきた才女だという。


 貴族学校のカフェテリアでルイーゼの姿を見つけたエリザベスは、思わず目で追ってしまった。


 腰まである艶やかで癖のない黒髪に、グリーンの瞳。

 凛としたその姿は高貴なオーラを纏っている。

 多くの生徒が集まるカフェテリアでも、堂々とした佇まいのルイーゼは人目を引く。後ろに取り巻きの御令嬢方を引き連れて歩くルイーゼは、まさに上位貴族といった風格だった。


「――何を見ていらっしゃるの?」


 にゅっと目の前に顔が現れて、エリザベスはもう少しで悲鳴を上げそうになった。


「リ……ッ、リリーシア様……!」


 エリザベスがのけぞると、腰を浮かせてエリザベスの顔を覗き込んだリリーシアが隣の席に戻る。


「びっくりしました……!」

「だって貴方、さっきからボーッとしてるんだもの」


 そう言ってリリーシアが楽しげに笑みを浮かべる。

 それだけで絵になってしまうから美人は得だとエリザベスは思う。


 侯爵令嬢のリリーシアとは教室の席が隣だったことがきっかけで親しくさせてもらっている。

 銀髪でスラッとした体型の彼女は、見た目だけでいえば儚げな美人なのだけれど、リリーシアはだいぶクセの強い性格をしていた。


「さっき見ていたのはルイーゼ様かしら?」


 おっとりと首を傾げながらリリーシアが言う。

 バレてしまったのならいっそのこと……と、エリザベスはずっと気になっていたことを尋ねた。


「ルイーゼ様は王太子殿下の婚約者であらせられますよね? あまりお二人でいらっしゃる姿を見かけないものですから、気になって目で追ってしまいました」

「うーん、そうねぇ。でも婚約者なんてそんなものではなくて?」


 リリーシアの言葉を聞いて、今まで黙っていたもう1人の学友、伯爵令嬢のミーシャがニヤニヤと笑いながら話に入る。


「リリーシア様と婚約者サマは、いつも一緒にいなくても心で繋がっているからいいんですよねー」

「……ミーシャ、怒るわよ?」


 リリーシアの凄みにもミーシャは動じない。

 二人は入学前から知り合いだったようで、エリザベスには恐れ多くて言えないことも簡単に言ってのける気安さがあった。


 実は、エリザベスが属する派閥は、このリリーシアが中心になって構成されている。

 リリーシアの父が現王妃の兄にあたり、アンソワ殿下のいとこでもあるリリーシアは学校内でも一目置かれる存在だった。

 そして、同じ学年には王太子殿下の婚約者であるルイーゼを筆頭にした派閥も存在している。


「ルイーゼ様はもっとベタベタしたいんでしょーけど、アンソワ殿下はどうなんですかね?」

「ミーシャ、聞こえますよ」


 シッ! とリリーシアが諫めると、ミーシャは肩をすくめた。

 二人の話を聞きながらエリザベスはぼんやりと考える。


(婚約者かぁ……)


 将来結婚することを誓った相手。

 いまだ愛人キャラから抜け出せないでいるエリザベスには遠い存在だ。

 高位貴族なら、すでに婚約者がいるというのは普通のことなのだという。王太子であるアンソワであれば、婚約者のルイーゼとは幼い頃からずっと一緒にいたはずだ。

 それなのに……


「……婚約者がいるのにお近付きになりたいなんて、どういう心境なんでしょうね……」


 エリザベスの呟きに、二人は勢いよく顔を向けた。


「まぁまぁまぁ! 私の可愛いエルザにそんなことを言う輩がおりまして!?」

「すごいっ! リリーシア様の圧力に屈しないなんてっ! 一体どこのどいつですか!?」


 二人の食いつきにエリザベスは再び体をのけぞらせることとなった。


 ――まさか、先ほど話題にした王太子殿下だとは言えない……


 エリザベスは口元をひくつかせた。

 

 自分の失言のせいで、エリザベスが婚約者のいる男性からアプローチを受けたと思っている二人――実際よく分からないアプローチを受けてはいるけれど――に、それは誤解だと思ってもらわなければならない。

 納得してもらうためには、どう言うべきか……エリザベスは頭をフル回転させながら口を開いた。


「……いえ、誰かに何か言われたわけではないのです」

「まあ! 誤魔化すつもりね」

「そんなこといたしませんわ。ただ、そういう話はよく聞きますから。……私は、甘い言葉に惑わされないようにしなければと自分を戒めておりましたの」


 エリザベスの立場は弱い。

 自分でしっかりとその身を守らなければ、泣き寝入りするだけでなく下手したらエリザベスのせいにされてしまう。

 それを暗に示すとリリーシアは渋々折れてくれた。


「……いいわ。そういうことにしておきましょう」

「でもー、さっきの話ですけど婚約者がいるのに声をかけてくるなんて、遊びたいだけか妾まっしぐらですよぉ。絶対危ないですからね!」

「そうよ。くれぐれも気を付けなさい」

「……ありがとうございます。リリーシア様、ミーシャ様」


 自分を案じてくれている二人の言葉が嬉しくて、エリザベスから自然と笑みが溢れる。

 柔らかなその表情に、リリーシアは目を輝かせてエリザベスの手を握った。


「エルザ! 貴方とっても可愛いわっ! でもそこは『リリー』と愛称で呼んで欲しいのだけど」

「そ、それは恐れ多いです」


 リリーシアから『エルザ』と愛称で呼んでいただくことにはすぐに同意したけれど、リリーシアを愛称で呼ぶのは抵抗があった。

 それに……と、エリザベスはミーシャを見る。

 エリザベスより付き合いの長いミーシャを差し置いて、自分だけ愛称で呼ぶのは気が引けた。


 エリザベスの視線の意図に気付いたミーシャがニヤッと笑う。

 ウェーブのかかった肩までの茶色の髪を揺らしながら、ミーシャはリリーシアの顔を覗き込んだ。


「エリザベス様は、私がリリーシア様を愛称で呼んでいないのにと躊躇われているようですよ。私にも愛称でお呼びする許可を与えてくださいます?」

「貴方に? 冗談でしょう」


 ミーシャの言葉を鼻で笑ったリリーシアは、「それじゃあ」と話題を変えた。


「それじゃあ、今度我が家で開くお茶会には来てくださる? 貴方に他のお友達も紹介したいわ」

「! とても、嬉しいです。……嬉しいのですが、私のような者が参加してよいのかと不安でして」


 そう言ってエリザベスは困ったように微笑んだ。


 リリーシアには断りの返事をしたが、エリザベスだって出来ることならお茶会に参加したい。

 参加して自分のマナーが通用するのか確かめたいし、より有益な情報を得るために知り合いの輪を広げたい。

 なにより……リリーシアともっと仲良くなりたい。


 申し訳なさそうな顔をしつつ、内心では転げ回って葛藤する。

 行けるものならものすごく行きたい。

 けれど、今までお茶会に参加したことのないエリザベスは、自分のスキルに自信がなかった。


 礼儀作法の本は読んでいるけれど、実際にやってみるとなると話は別だろう。

 そもそも、男爵家で与えられたドレスがお茶会に着ていけるものなのかどうかも怪しい。でも、怪しいと思っていても、良し悪しを教えてくれる指南役がいない。


 ここにきて図書室で本を読むだけでは解決しない壁にエリザベスはぶつかっていた。


 それに……


「まあ! そんなこと誰も気にしませんのに!」


 そうやって優しい言葉をかけてくれるリリーシアを、エリザベスは失望させたくなかった。


 貴族というものは、表面上にこやかに笑っていても内心では何を考えているのか分からない。少なくともエリザベスはそう思っている。

 だから、エリザベスにとってリリーシアは頼りになる姉のような存在だけれど、どんなことがきっかけで関係が変わってしまうか分からない。

 甘えてばかりいてはいけないのだと自分を戒めた。



 ――貴族というものは、内心何を考えているのか分からない。


 それは、彼に関してもそう。


「最近、少しずつ暑くなってきたね」


 王太子殿下から話す機会がほしいと言われ、エリザベスが一番に考えたのは、円満に断る方法だった。

 どうやったら上手くお断りできるだろうか。『婚約者に申し訳ない』と言えば納得してくれるだろうかと考えて、その後エリザベスの頭をよぎったのは『不敬罪』の文字。

 お近付きになりたいとは言われたけれど、単純に友達として付き合いたいということならそれを断るのは不敬にあたるだろうか?

 どうしたものかと悩んでいる間に、殿下の人当たりの良い笑みに押し切られて、今に至る。


「王宮の庭園では夏の花が楽しめる頃なんだ」

「そうなのですね」


 図書室で会って以来、アンソワ殿下は週に一度決まって図書室を訪れて、エリザベスと顔を合わせるようになった。

 エリザベスの前の席に座って、一時間程たわいもない話をして去っていく。

 今はただそれだけ。


「ハートレイ男爵令嬢にも是非見てもらいたいな」

「身に余るお言葉ですわ」


 表面上は穏やかに会話をしながらも、エリザベスは知恵熱を出すのではないかと思うくらい本人なりに頭を働かせていた。

 王太子殿下を相手に、そっけない態度を取るのも失礼だし、かと言って話に食いついて「じゃあ連れて行ってあげるよ」と言われてしまうのも困る。

 そんなエリザベスの思惑に気付いているのか、アンソワ殿下は思わせぶりなことを口にしても強引に話を進めるようなことはしてこない。


 ……でも、今後何を言われるか分かったものではない。


 何か……何か良い手はないだろうか……

 エリザベスは笑顔の裏で、考えを巡らせていた。






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