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1.王太子殿下の接近と、入学初日の嫌な出会い


 エリザベス・ハートレイは学校の授業が終わると、毎日の日課である図書室に向かった。


 玉の輿に乗るぞ!と意気込んで入学したものの、まだ男子生徒へのアピールは一切していない。エリザベスは自分の立場が弱いことをよく理解していたため、まずは地盤を固めることに力を注いでいた。


 そのためにエリザベスが考えたのが、この二つ。

 一.女子生徒の派閥を把握し、どこかに入ること。

 二.貴族令嬢としての完璧な知識やマナーを身に付けること。


 入学してから三ヵ月かけて、とりあえず派閥に関してはクリアした。

 エリザベスからしてみれば、これは派閥か?と思うようなものだけれど、有難いことに仲良くさせていただいている。

 あとは貴族令嬢としての完璧な知識やマナーを身に付けること。

 男爵家で教えられた内容は、彼らがお金をケチって安い教師を雇ったせいか、ちっともあてにならない。そのためエリザベスは毎日図書室に通い、独学で勉強していた。


 今はまだ地盤固めに集中している段階だけれど、エリザベスは良くも悪くも目立つ存在だった。

 背中まである赤毛の豊かな髪は緩やかに波打ち、つり目がちの大きな瞳は赤茶色。

 特徴的な髪と瞳の色だけでも目立つのに、女性らしい丸みを帯びた体は出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるという、まさに男受け抜群の体つきで……


(……分かってる……分かってるわ……自分が愛人キャラだってことは……!)


 地位も低くて華やかな見た目をしているエリザベスは、男性からしてみれば遊ぶにはぴったりの女性だった。

 エリザベスにとっては不本意極まりないけれど、自分が周りからどう思われているのかよく分かっている。玉の輿に乗りたいだけなら、高位貴族の側室あたりを狙えばいいのだろう。


 でも、そう割り切れるほどエリザベスはまだ大人ではなかったし、結婚に夢を見ていた。

 それに、複数の女性と関係を持てる男なんて、ロクなものじゃない。

 自分のいる今の環境から抜け出すためには結婚しかないけれど、それでも少しでも希望にかなう相手を見つけたい。


 ――愛人キャラから脱却するために、もっともっと頑張らないと。

 目指せ! 愛されキャラ!


 そう意気込んで今日もエリザベスは意気揚々と図書室に向かった。

 エリザベスが図書室に入ると、いつものようにガランとしていて人はちっとも見当たらない。

 一階から二階まで吹き抜けになっている図書室は、清潔感に溢れ備品も高そうなものばかり。それなのに、ほとんどいつも人がいない。

 入学した当初はそれでもまばらに人の姿があったけれど、どういうわけか今ではすっかり見かけなくなった。貴族の皆さんは自分の家に書庫でもあるのか、学校の図書室は使わないようだ。


 エリザベスは定位置となった二階の席に座り、国の成り立ちと貴族の家系図が載った本を照らし合わせて読み始めた。


 読み始めて十五分程しただろうか。静かな空間にガラッと扉が開く音が響いた。

 珍しいこともあるものだとエリザベスが他人事のように思っていると、コツ……コツ……と階段をのぼる音がする。

 気にしないよう努めながら本を読み進めていると、頭上から声がかかった。


「ここ、いいかな?」


 恐る恐るといった様子の男性の声。


(ヨクナイデス……)


 一体なんなんだ……と思いながらエリザベスが顔を上げると、思いもよらない人物が立っていた。



『アンソワ・フランブルク』


 フランブルク王国の王太子であらせられるこの御方は、エリザベスと同じ年に貴族学校に入学した同級生でもある。

 妹と弟が一人ずついて、妹は二歳差だけれど弟は六つ年が離れているため、実質次代の王と見なされていた。


 黒髪黒目のこの王太子は、サラサラとした柔らかそうな髪と少し下がった眉のせいで優しい印象を与える。

 悪く言えば舐められそうな見た目だけれど、人徳があるのかいずれ側近を担うであろう彼のご学友には優秀な人材が揃っているらしい。そして、人一倍高貴な雰囲気が彼にはあった。


 エリザベスは内心呆気にとられたことなどおくびにも出さず、ニコリと笑って応えた。


「もちろんでございます」


 エリザベスが笑いかけた途端、殿下の頬が赤く染まる。

 エリザベスは嫌な予感がした。


「ありがとう。――ハートレイ男爵令嬢とは入学初日以来だね。あの時は大丈夫だった?」


 アンソワ殿下の言葉を受けて、思い出したくもない記憶が蘇ってくる。エリザベスは笑みを保ちながらも、顔が強張りそうになるのを抑えるのに必死だった。




 ◇




 入学初日――


 エリザベスはその日のことを思い返す。

 あの時の自分は初めて見る豪華な建物や美術品の数々に浮かれていたのだろう。入学式やプレ授業が無事に終わって、気が緩んでいたのも原因かもしれない。

 外に出たときにふと目に付いた学校の庭園があまりにも素敵で、エリザベスは引き寄せられるように足を踏み入れていた。


 さすがお金をかけているだけのことはある。

 大輪の薔薇が咲き誇る庭園は庭師によって美しく整えられていて、エリザベスは甘い香りを楽しみながら歩いていく。その庭園は思っていた以上に広いようで、入り口近くには噴水とベンチがあり、憩いの場として使われているようだった。


 奥に進んでいくと、エリザベスの身長よりもさらに高さのある生垣にぶつかった。

 これ以上先には進めないらしい。

 行き止まりかと諦めて踵を返そうとしたエリザベスは、視界の片隅で何かを捕らえた。

 エリザベスがそちらを見ると、視線の先に、生垣の奥に続く木製の扉があった。


 ……今思えば、あの時なんで扉を開けてしまったのかと思わずにいられない。

 けれど、その時のエリザベスは好奇心に駆られて扉を開けてしまった。


 ゆっくりとドアノブを回すと鍵はかかっておらず、音もなく扉が開く。

 エリザベスが顔を覗かせると、そこには見たこともない美しい光景が広がっていた。


「うわぁ……素敵……!」


 円形の敷地にはぐるっと一面薔薇が咲き、薔薇園の中央には真っ白なガゼボが建っていた。ガゼボの中には同じく真っ白なベンチとテーブルが置かれている。

 貴族感溢れる優雅な世界に、エリザベスは興奮した。


 ――まるで、物語の舞台みたい……!


 ここでお茶を飲んだり本を読んだりして過ごせたら、どれほど素敵だろう。

 瞳を輝かせていたエリザベスは、この学校には本物の王子様が在籍していることをすっかり忘れていた。


「キミ! そこで何をしているんだ!」


 後ろから大きな声がして、次の瞬間、肩を掴まれた。

 振り向くと、男子生徒が厳しい顔でエリザベスを見下ろしている。咎めるような眼差しを向けたまま、彼は口を開いた。


「ここは王族専用の場所だよ」

「えっ?」


 王族専用……?

 目を丸くするエリザベスに、目の前の男はますます険しい顔になる。


「も、申し訳ございません! 知らずに入ってしまいました」

「知らなかった、ねぇ……」


 エリザベスから一歩離れたその男は、まるで品定めするかのように上から下までエリザベスを見ると、フンと鼻で笑って言った。


「そんなことを言って、どうせ殿下とお近付きになりたいとでも思ったんだろう。でも、残念だね。キミみたいな女、殿下は相手にしないよ」

「……は?」


 思いもよらない発言にポカンと口を開いたエリザベスは、言葉の意味を理解すると屈辱で顔を真っ赤に染めた。


(な、なんだこの男は……!)


 信じられないことに、エリザベスを王太子殿下に媚を売る女だと勘違いしている。

 特に腹立たしいのはエリザベスの見た目だけでそれを判断したということだ。


 愚かな女だと言わんばかりにエリザベスを見下すこの男に、一言文句を言ってやろうとエリザベスは目を吊り上げる。

 けれど相手が誰だか思い当たって、すんでのところで踏みとどまった。悔しいけれど、エリザベスのいる男爵家では到底太刀打ちできない。


「――どうしたの?」


 凛とした声が耳に届く。

 二人揃ってそちらを向くと、今まさに話題にあがっていた王太子殿下が大柄な男子生徒を連れてこちらにやってくるところだった。


「アンソワ……」


 男の意識がそちらに向いた隙に、エリザベスは一歩離れた。

 玉の輿は狙っているけれど、身の丈に合わない人に興味はない。


「なんでもな――……いえ、実はこの方に下手なナンパをされて、困っていたところですの」

「……なんだって!?」


 男の驚いた様子に溜飲を下げて、エリザベスはニコッと笑った。


「では、ごきげんよう」


 三人に向かい礼をして、その場を後にする。

 後ろから何やら騒がしい声が聞こえてくるような気がしたけれど、エリザベスは聞こえないフリをした。






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