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15.レイフォードの変化(※レイフォードside)


 レイフォードからワルツの練習をしようと言い出したものの、練習するためには音楽が必要になる。

 お茶会のマナー講座のときのように、音楽は用意して図書室に持っていくということができない。

 そうすると最低限の設備が整えられた場所で行う必要があるが、アンソワとの約束でエリザベスに話しかけられるのは図書室だけと決められていた。


 どうしたものかと思いながら、レイフォードは王宮内にあるアンソワの執務室に向かう。

 許可を得て部屋に入ると、アンソワが一人机に向かっていた。


「ダンケルは?」

「彼なら今はいないよ。学校でずっと一緒にいさせているから、放課後くらい自分の時間が欲しいだろうと思ってね」

「そうでしたか」


 書類から顔を上げたアンソワが柔和な笑みを浮かべる。

 自分なら敬愛する主とずっと一緒でも構わないけれど、とレイフォードは思いながらアンソワに書類を差し出した。


「アンソワが気にしていた例の貴族、やっぱり黒だったよ。どうやら自領の商家と手を組んで、悪い薬を王都に流しているみたいだ」

「そう……」


 レイフォードが作った報告書に目を通したアンソワがふうっと溜息をついた。


「怪しいとは思っていたけど、まさか本当にそうだったとはね」

「不審に気付けるなんて素晴らしい才能です! アンソワは悪事を見抜く天才ですね!」

「うーん、素直に喜べないなぁ……」


 尊敬の眼差しを向けるレイフォードに、アンソワは苦笑する。

 今回、レイフォードはアンソワから指示を受け、とある貴族の動きを追っていた。

 このような調査はこれが初めてではなく、レイフォードがアンソワに忠誠を誓ってから既に数人程内々で処理している。


「それで、コイツはどうするんです?」

「僕たちだけでは決められない。父上に報告して指示を仰ぐよ」


 目を伏せ首を横に振ったアンソワは、すぐに表情を変え柔和な笑みを浮かべると、成果を上げた部下を労わった。


「レイ、ありがとう。おかげで懸念材料が一つ無くなったよ」


 労いの言葉を頂きレイフォードは頭を下げる。

 今回の調査にあたって、商家の主の愛人と懇意になり悪事に繋がる情報を得た。

 レイフォードが偶然を装って出会った愛人は、レイフォードの見た目と甘い言葉に騙されてすっかり骨抜きになっている。


 一方で、レイフォードの『かりそめの恋人』は一向に落ちる様子がない。

 しかも最近では『恋人』は新しい遊びを覚えたようで、レイフォードは少し困っている。

 なぜか彼女の方から誘惑じみたことをしてレイフォードの反応を窺うようになった。


「そういえば……」

「うん?」

「図書室の彼女から、何かおかしなことはされていませんか?」

「おかしなこと?」


 アンソワは「いつも通り、おしゃべりするだけだけど?」と首を傾げる。

 その反応を見て、エリザベスがアンソワにはあの変な行動を取っていないことを知り、レイフォードはホッとした。


「それならいいんです」

「そう?」


 アンソワは、目の前に立つ学友の顔を見る。

 自身の魅力をよく知っている友人は、エリザベスと接触するにあたり何事か息巻いていたけれど、いまだ上手くいっていないようだった。


「ねぇ、彼女はレイが思うような女性じゃなかったでしょう」

「それは……」


 レイフォードは言葉を詰まらせる。

 確かに、当初思い描いていた人物像とは大きくかけ離れていた。

 当初、レイフォードはエリザベスのことを、男慣れした打算的な女だと思っていた。

 じゃあ今はどうかというと、やはりエリザベスのことは男慣れした打算的な女だと思っている。


 ただ、男慣れというのがレイフォードの思う奔放な女性とは少し違うこと。

 打算的というのがレイフォードの思う自己中心的で異性の前では態度が変わる女性とは異なることは分かった。


 目を伏せて考え込む友人の顔を見ながら、アンソワは続ける。


「彼女のことを疑っていたみたいだけど、もう必要ないんじゃない?」


 アンソワから重ねるように言われて、レイフォードはとうとう黙ってしまった。

 もしアンソワが彼女を妾にするつもりならばとエリザベスの貞操を疑い、反応を見るためにモーションを仕掛けてきた。

 その結果、あまりにも素っ気なさすぎて、逆にレイフォードの方が過剰に反応してしまったような気もする。

 今までは全く情報を得られなかったが、最近になってエリザベスが始めた、『自分のことを好きになってもらうための行動』。

 あれがあまりにも拙すぎて、レイフォードの考えは変わっていった。


 エリザベスがその行動を取っているときの、あの顔。

 ちっとも誘惑できていなくて笑ってしまう。

 勝気な顔を真っ赤に染めて、恥ずかしいと思っていることを隠すためにちょっと怖い顔になる。

 顎を引いて口を結んだエリザベスは、猫のような大きな目でじっと見つめて相手の反応を窺うのだ。


 これで誘惑できていると思っているのなら笑える。

 そんな誘惑じゃあ誰にも効かないだろうから、そんな顔、僕以外の誰にも見せない方がいい。


「……まだ分かりませんので引き続き注視していきます」

「そう?」

「ええ。アンソワのため、もし間違いがあってはなりませんので!」

「……いらないんだけどなぁ……」


 手を強く握り締めて改めて決意した様子のレイフォードに、苦笑したアンソワが頬をかく。

 そんな主に気付かず、レイフォードは思い出したように口を開いた。


「そういえば、彼女の件で最初に約束した三つのことなのですが、一部内容を変更していただけませんか?」

「……どういうことかな?」


 本当に僅かではあるものの、ピクリとアンソワの眉が動く。

 こちらを真っ直ぐに見つめる黒い瞳を見つめ返しながらレイフォードは続けて言った。


「マナー講義の一環で彼女とワルツの練習をしようと思っているのですが、図書室だと難しいので条件を緩和していただきたいんです」

「ああ、そういうこと」


 レイフォードの言葉に安心したように微笑んだアンソワは、穏やかな顔でとんでもないことを言い放った。


「てっきりレイが彼女に惚れてしまったから、約束を変えてほしいのかと思ったよ」

「……はい?」


 一瞬何を言われているのかわからなかったレイフォードは、言葉を理解するとみるみるうちに顔を赤く染めた。


「そっ! そんなわけないでしょう!?」


 ……ほ、惚れる!?

 この僕が、エリザベスに!? 馬鹿な!!


「勘違いにも程がありますっ!」

「そうかな? だったらいいんだけど」


 ――そうだったら、いいんだけど……


 アンソワは笑みを浮かべながら、以前とは明らかに反応が違う友人の顔を見つめていた。






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