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14.意外なレイフォードと、エリザベスの父


「……何? その顔?」


 うさん臭そうに顔をしかめたレイフォードに対し、エリザベスは口元に浮かべた笑みを絶やさない。

 二人の間にはダンスの種類や曲名が書かれた本が置かれていた。


「レイフォード様の前で、誰にでも心優しい貴族令嬢を練習中ですの」

「それがどうしてその顔に繋がるわけ?」

「そういう女性は常に『慈愛に満ちた笑み』を浮かべていると教えていただきまして」

「魔女のような笑みの間違いじゃないのか」


 エリザベスは真顔になった。


「……レイフォード様はご令嬢方から人気が高いと伺っておりましたが、本当にそうなのか疑問ですね」

「なんだって?」

「女性に人気がある方なら、女心というものが分かっているはずですもの!」


 そう言ってニコッと笑ったエリザベスは、内心ものすごく憤っていた。

 リリーシアたち恋愛アドバイザーから色々な話を教えてもらったけれど、どれもエリザベスがしようとすると違和感を覚えてしまうものばかり。

 恋愛アドバイザーの情報は恋愛小説から得た偏った知識をもとにしている。そのため、ヒロインキャラではないエリザベスが真似しようとしても上手くいかないのは当然のこと。

 けれど、それを知らないエリザベスは自分が悪いせいだと思い、落ち込んでいた。


 そんなところに、レイフォードからの心無い言葉。

 エリザベスからしたら傷口に塩を塗られたようなものだ。


「なんだ、怒ってるのか?」


 意外そうな顔をするレイフォードに、エリザベスはばつが悪くなる。

 レイフォードの言葉はいつもの軽口。それに過剰に反応するのは、ただの八つ当たりであると分かっている。

 エリザベスが男性に上手くアプローチできないのはレイフォードのせいではない。

 だけど、少しでも目標に近付けるよう努力しているエリザベスに向かって、馬鹿にするようなことを言わなくてもいいじゃないか。


「……」


 男爵家に引き取られてから、エリザベスはずっと目標に向かって突き進んできた。

 義父と妹のために金銭面で援助してくれる結婚相手を見つめること。

 ただそれだけのために必死で勉強して、今こうして学校に通うことができた。

 それなのに、自分が上手くできないせいで、今までの努力が全て無駄になりそうになっている。

 心が弱くなっていたエリザベスは、涙が溢れてしまわないようにグッと堪えた。


 黙り込むエリザベスに、レイフォードは席を立つ。

 怒らせてしまったかとエリザベスが顔を上げて目で追いかけると、レイフォードは机を回りエリザベスの隣の椅子を引いて腰かけた。

 レイフォードの手がエリザベスに向かってのびる。


 以前手を握られたり顔を覗き込まれたりしたときのように、また『アレ』が始まったのかとエリザベスは警戒した。

 けれど、予想に反してレイフォードの顔はいつも通りだった。


「悪かったよ。僕が悪かった」


 頭をポンポンと叩かれて、エリザベスはきょとんとレイフォードを見る。


「怒らせてごめんな?」


 頭に手を乗せながら、レイフォードはそう言ってエリザベスに優しい眼差しを向ける。

 思いがけない彼の行動に、エリザベスは混乱した。

 今日のレイフォードは予想の斜め上を行く行動を取ってくる。


「……これは……一体どういう心境ですか?」

「ん?」

「なんだか、今までと扱いが違うような気がするような……」

「あー……」


 体を離し、首の後ろに手を当てたレイフォードは、気まずげに目を反らすと困ったように笑った。


「妹も、よくこんな感じで勝手に怒って一人で落ち込んでるからさ。なんか似てたから、つい……」

「妹、ですか」


 つまり妹を宥めるように、エリザベスにも接したということだろうか。


「ああ、嫌だったか?」


 頭を触られるのが嫌だったのかと問うレイフォードに、エリザベスは首を横に振る。

 嫌ではない。

 むしろ、あの誘惑めいたやり取りより、よっぽど良い。


「大丈夫です。恋人、ですから」


 そう言ってエリザベスは顔を背ける。

 どうしてなのか分からないけれど、叫び出したくなるような、ムズムズとした気持ちが胸の中でいっぱいになる。

 本当に何故だか分からないけれど、油断すると口元が緩んでしまいそうで、そんな顔レイフォードには絶対に見せたくなかった。




 ◇




 エリザベスが屋敷に着くと、帰宅早々、執事から声がかかった。


「エリザベス様、旦那様がお呼びでございます」


 旦那様と呼ばれる人物は、この屋敷に一人しかいない。


(ハートレイ男爵が何の用かしら?)


 エリザベスは密かに眉をひそめた。

 ハートレイ男爵の書斎に行くと、正面の机で男爵が書き物をしているところだった。


「ああ、よく来たね。待っていたよ」


 柔和な笑みを浮かべてエリザベスを招き入れる。

 エリザベスと同じ赤毛の髪に、赤茶色の瞳。紳士的な雰囲気のある男爵は、年の割に若々しい見た目をしていた。


「お呼びと伺いましたが、どのような用件でしょうか」

「そんなに硬くならないでくれ。私たちは実の親子なのだから」


 男爵の言葉に、エリザベスは顔が歪みそうになるのを必死で抑える。


 この男の血を引いていると言われることが一番嫌だった。

 だから顔も見たくない。

 男爵の髪の色も目の色もエリザベスにそっくりで、顔を合わせると嫌でもその血を感じさせた。


「……ありがとうございます、『お父様』」


 にっこりと笑ってエリザベスがそう言うと、男爵は満足そうな顔をする。


「君がエスターラ侯爵のご令嬢からお茶会に誘われたと聞いたときは驚いたが、その後も仲良くしているのかね?」

「はい。リリーシア様とは同じクラスで、光栄なことに親しくしていただいております」


 エリザベスの回答に男爵はウンウンと頷いた。


「彼女は王太子殿下のいとこにあたる。君のためにもそのコネクションは大切にした方がいいだろう」

「分かりました」


 真面目な顔で返事をしながら、エリザベスは内心、(それは貴方のためでしょう?)と苛立たしく思っていた。

 ハートレイ男爵がどれくらいエスターラ侯爵との繋がりを有効活用できるのかは分からないけれど、このタヌキ親父は色々と皮算用をしているのだろう。


「ところで、結婚相手を探すという話は進んでいるのかな?」


 ちょうど行き詰っている話題に触れられて、エリザベスは胸の内の苛立ちを笑顔で隠す。


「そうですね、学校内での情報収集は終わりましたので、そろそろ動き出そうと思っているところです」

「そうか。まあ、あまり気負わず頑張りなさい」

「お心遣いに感謝いたします」

「ほら、また硬くなっている」


 フフッと人当たりの良い笑みを浮かべた男爵は、「そういえば……」と思い出したように手を叩いた。


「狙いを定めるとしたら、アドヴィス家の三男なんてどうだね? お父上と交流があるんだが、とても素晴らしいご子息のようだよ」

「そうなんですね」


 男爵の言葉に頷いて見せながら、エリザベスは心の中ではもう許しがたいほどに激怒していた。

 顔に出さずに済んでいるのが不思議なくらいの荒れようである。


 ――こういうところが嫌なのよ……!!


 アドヴィス家の三男といえば、元々エリザベスが作ったアプローチリストの第四位にいた男子生徒だった。

 けれど、そのリストを見たリリーシアたちから「この男は絶対に止めた方がいい!」と教えてもらい、リストから除いたのだ。


 裕福な家柄ではあるものの、色事に弱く、家の侍女を孕ませて内々で処理したという噂が立っているのだという。

 それも、かなり信憑性の高い噂。

 男爵がその噂を知らないはずがない。

 エリザベスが幸せになれないと分かっていながら、人の良さそうな顔をしてエリザベスに事故物件を勧めてくる、その性根が嫌だった。


(……こっっんのタヌキ親父……!!)


 こんな男と血が繋がっているなんて、考えたくもない。

 保身のために『お父様』と言った自分が許せなくなる。


 それでもこんな男に良い顔をしなければならない自分の立場が、エリザベスは煩わしくて仕方なかった。





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