13.恋愛アドバイザーの指南
――痴女だ。
確かにこれじゃあただの痴女だ、とエリザベスは我に返った。
『誘惑』という言葉から連想してアプローチしてみた結果、レイフォードを怒らせてしまった。
それに、こんな落とし方では愛人キャラや都合の良い女キャラからは脱却できない。ますます自分を貶めるだけだ。
「お前は馬鹿か!」
怒鳴るレイフォードに必死で謝って、「次はもうちょっと健全なアプローチをするから!」となんとか宥めすかした。
「健全ってなんだ、健全って!」
お互い真っ赤な顔で言い合う様は見られたものではない。
レイフォードだって手を握ってきたり肩に触れたりしたじゃないかと思いつつ、自分の行動を反省していたエリザベスはとにかく下手に出ていた。
「悪かったと思ってるわ。レイフォード様相手にやりすぎたと思っております!」
「いいか。同じようなことをアンソワにしたら許さないぞ!? 他の男にもこんなことするんじゃない!」
頭を下げながら、エリザベスは次こそ清純なアプローチをしてみせると決意する。
ただ、経験に乏しいエリザベスにはそんな方法思いつかない。酒場で得た知識をもとにしては駄目だと気付いたばかりだ。
そこで、エリザベスは信頼を寄せている恋愛アドバイザーたちに知恵を借りることにした。
リリーシアに相談したいことがあると伝えると、彼女はすぐに場を設けてくれた。
学校内にあるサロンを貸し切ったリリーシアは、放課後、先日のお茶会のメンバーを招待した。
初めて足を踏み入れた学校のサロンは、ここが学校であることを忘れさせるほど高級感のある一室だった。
男爵家の応接室なんて比較にもならない。
広々とした部屋にはソファーとローテーブルのセットが複数並び、その奥は一段高くなっていてローテーブルを囲うようにして長いソファーが置かれていた。
貸し切りにしているため、部屋にいるのはエリザベスたち六人だけ。そんなことが出来るリリーシアに、エリザベスは改めて彼女の凄さを感じた。
「この前は残念でしたわね」
先日アプローチを仕掛けて見事玉砕した子爵家次男のことを話題に出され、エリザベスは申し訳ない気持ちと居た堪れない気持ちでいっぱいになる。
皆に手伝ってもらったのに思うような成果が上げられなかった。
「折角教えてくださいましたのに、上手くできず申し訳ございません」
「あんな男、エルザが気にする必要なくってよ。次よ、次!」
息巻くリリーシアに、エリザベスは慌てて待ったをかける。
「実践する前に、まずはアプローチの練習をしようと思っております。皆様は殿方が喜びそうなアピール方法をご存じでいらっしゃいますか?」
レイフォードとの取引については伏せてご令嬢方に尋ねる。
すると皆、頬に手を当ててうーんと考え出した。
「そうですわね……(恋愛小説でヒーローは、ヒロインの)小動物や花を愛する心優しさに惹かれていますわね」
「ああ! それに、元気で明るくて誰に対しても親切なところとかね」
「そして可愛い笑顔も欠かせないわ!」
何を思い出したのかキャッキャと楽しそうに会話を弾ませるご令嬢方に対し、エリザベスは難易度の高さに頭を抱える。
教えてもらった方法の一つ一つはすぐに実践できることだが、なんというか相手を落とすまでに時間がかかりそうだ。
それに……愛人キャラは小動物を愛でている程度では払拭されない気がする。
……いや、ギャップを感じて素敵だなと思ってくれる人がいるのだろうか……?
「私の見た目がいけないのでしょうか……。自分で言うのもおこがましいのですが、私は比較的、派手な見た目をしているので……教えていただいたアピール方法をするのなら、もう少し地味な装いの方が良いと思いますか?」
エリザベスの言葉に、リリーシアの友人たちは顔を見合わせると「それなら……」と顔を輝かせた。
「私たちでエリザベス様の格好を変えてみませんか?」
「まあ! それはいいわね! エルザ、少しやってみてもいいかしら?」
「え、ええ」
エリザベスから了承を得た彼女たちは、嬉々としてエリザベスを取り囲む。
令嬢の一人が持っていた眼鏡とヘアゴムを手に、どうしようかと考え出した。
「地味な装いということでしたら、やはり髪は後ろで一つ結びでしょうか」
「そうね。スカートもギリギリまで下げましょう!」
エリザベスを囲みながらウキウキと楽しそうに手を動かしていく。
普段侍女たちがすべての用意をしてくれる貴族令嬢方は髪を結ぶことさえぎこちなかったけれど、それでも最後に眼鏡をかけさせてなんとか完成した。
「……」
「……」
「あの……どうですか?」
緩やかに波打つ赤毛の髪は一つにまとめられ、銀色のフレームの眼鏡はつり上がった大きな瞳を隠している。
もともとひざ下までのスカートを腰で履いて丈を長く見せたものの、肉感的な体躯は隠せていない。
地味な装いのはずなのに、どういうわけか……
「なんか、エロいですねぇー」
ミーシャの言葉に全員が大きく頷く。
そして残念なものを見るかのような眼差しでエリザベスを見た。
「……とりあえず、見た目をどうにかしようとするのは考え直した方がよさそうでしてよ」
リリーシアが同情するように優しく告げた。