12.エリザベスの誘惑
お茶会から三日後、エリザベスは授業が終わり人気のない教室で男子生徒に声をかけていた。
お相手は、エリザベスが作成したアプローチリスト第三位の人物。
子爵家の次男で、もちろん婚約者はいない。エリザベスとは違うクラスの同い年。
リリーシアの友人令嬢からの情報で、今日は委員会に参加するため一人きりになる可能性が高いと教えてもらっていた。
放課後の教室で意中の男子生徒に声をかけるというのは、恋愛では欠かすことのできないシチュエーションなのだという。
お茶会に参加した全員がエリザベスの行動を見守りたいと申し出たものの、大人数でいると相手にバレる可能性が高くなる。
そのため皆を代表してリリーシアとミーシャの二人が、教室からは見えないところでこっそりとエリザベスの様子を窺っていた。
エリザベスは皆から教わった通り、もじもじと恥ずかしそうに、そして頬を赤らめながら男子生徒に話しかけた。
「あの……ちょっとお話よろしいでしょうか……?」
言いながら首を傾げることも忘れない。
完璧な第一声にエリザベスは幸先よく感じていると、男子生徒はニヤリと嫌な笑みを浮かべて言った。
「何? もしかして、ヤラせてくれるの?」
――エリザベスのアプローチは失敗に終わった。
……困った。
ものすごおおおく、困った。
エリザベスは図書室に向かいながら、自分の愛人キャラに絶望していた。
男子生徒の反応を見る限り、もしかしたら愛人どころか一夜限りの女感が滲み出ているのかもしれない。
……あの後は大変だった。
男子生徒の言葉に固まって何も言えなくなったエリザベスの代わりに、憤ったリリーシアが教室に乗り込んできたのだ。
「貴方、エルザになんてことを言うの!?」
そう言って男子生徒に詰め寄るリリーシアは見たことのない顔をしていた。
急に現れた侯爵家のリリーシアに子爵家の男子生徒はたじたじになり、エリザベスとミーシャはリリーシアを止めるのに必死だった。
男子生徒には「このことはくれぐれも他言するな」と脅し、涙目になりながらコクコクと必死に頷く彼を置いて、エリザベスたちはその場を離れたのだった。
エリザベスは、アプローチリストから早くも一人消えたことに肩を落とす。
アプローチリスト第三位の彼は、あまり目立たない……どちらかというと冴えない見た目をしていて、だからこそ目を付けたのに。
そんな男子生徒から見てもエリザベスは都合の良い女要員なのか……
アプローチする間もなく惨敗に終わり、エリザベスは内心頭を抱えた。
(これからどうしよう……)
こんな調子でやっていたら、数少ない候補者たちは全滅してしまう。
それに、折角教えてくれているリリーシアたちにも申し訳ない。
どうしたものかと思いながら図書室の扉を開く。
奥に進んだ先にある階段を上る。顔を上げて前を見ると、彼はすでに席に着いていた。
ただ本を読んでいるだけなのに、その姿に思わず目を奪われる。
サラサラとした銀色の髪が頬にかかり、伏せられた目元はどこか色っぽい。
今は隠れている彼の瞳は、感情が表れやすくて実はとても分かりやすいことをエリザベスは知っている。
エリザベスの『仮の恋人』……
「……ん? なにボケッと突っ立ってるんだ?」
レイフォードが本から顔を上げてエリザベスに声をかける。
その場に立ち尽くすエリザベスを不思議そうに見つめた。
「……もしかして、僕に見惚れた?」
頬杖をついてフッと笑うレイフォードは、とても魅力的だ。
魅力的で、爵位が高くて、エリザベスではどうにもならない人。
だからこそ、エリザベスが男性と親しくする方法を身に付けるにはちょうどいい練習相手かもしれない。
「……本当に、大丈夫か?」
眉根を寄せて心配するレイフォードに、エリザベスは勢い良く駆け寄った。
「レイフォード様! 私たちは図書室内では恋人同士なのですよね?」
突然動いたかと思えば、机に手を乗せ前のめりになって話しかけてくるエリザベスに、レイフォードは少し引く。
「あ、ああ……」
「恋人同士であっても、もっと好きになってもらおうと相手を誘惑するのはおかしくないですよね!?」
「ん? んー……まあ、そうか……?」
レイフォードの言葉にエリザベスは笑みを浮かべる。
レイフォードが条件に出した『恋人』という立場。
今までは貴族としての知識を得るための条件に過ぎなかったけれど、これからはエリザベスもその立場を利用させてもらおう。
レイフォードにアプローチを仕掛けて、反応を見ながら男の人を知っていく。
親しくなる方法を実践で身に付けるのだ。
……これなら上手くいくかもしれない。
エリザベスは希望を胸に、笑みを深めた。
「まあ座りなよ。……それで? キミはどうやって恋人を誘惑してくれるのかな?」
レイフォードが頬杖をつきながら面白そうにエリザベスを見る。
席に着きながらエリザベスはどうしたものかと頭を働かせていた。
……正直、そこまでは考えていなかった。
お茶会のときにリリーシアたちから聞いたのは、まずは話しかけて自己紹介をして、ちょっとした雑談のあとに次に会う約束を取り付けるということだけ。
――誘惑……誘惑……?
エリザベスは自分の胸を見る。
酒場で働いていたとき、酔っぱらった男どもは「もっと谷間が見える服を着てよー!」とエリザベスに絡んできていた。
男性にとって、女性の胸は好きな部位なのだろう。
(ただ、コレをどうすればいいの……?)
レイフォードの手を取って触らせる? ……いや、無理だわ……
制服を脱いでみる? ……いやいやいや!
真剣な面持ちで自分の胸を凝視するエリザベスに、レイフォードは呆れた顔になる。
「ねぇキミ、大丈夫?」
「ごめんなさい。もう少しお待ちいただけますか」
返事をしながらも視線は自分の体に向けたまま。
胸がダメならそれならお尻か、とエリザベスは顔を後ろに向ける。
触らせるのも見せるのも、胸以上にお尻の方が難易度が高そうだ。
あとは……男性が好きそうな場所は……
酒場でのことを思い出していたエリザベスは、ふと思い至った。
――そうよ、足よ!
スカート越しに太ももに触れてきた男、に問答無用で足を踏み付けた記憶を引っ張り出して、エリザベスはパァッと顔を上げた。
足だったら胸やお尻に比べてハードルは下がる気がする。
触らせるのはさすがに恥ずかしいけれど、見せるくらいなら……
……でも、見せるといったってストリップのようなことは出来ないし……
上げた顔を再び下にさげたエリザベスは、レイフォードとの間にある机に目を向けた。
エリザベスのおかしな行動を物珍しげに眺めていたレイフォードは、自分の靴に何かが当てられていることに気が付いた。
トントンと当てるように靴を蹴られて、前に座るエリザベスを見る。
顔を赤くしたエリザベスはぎゅっと口を結んで、挑むような、睨むような顔付きでレイフォードを見ている。
「どうした?」
レイフォードの問いかけに答える気がないのか、エリザベスは口を閉じたまま今度はトントンと地面を蹴った。
「なんだよ……」
下を見ろとでも言うようなエリザベスの態度に、レイフォードはブツブツと文句を言いながら机の下を覗く。
何か落としたのかと思いながら下を見ると、エリザベスの足がレイフォードに向かって真っ直ぐにのばされていた。
ピンとのびた右足。
それだけじゃない。
ひざ下丈の制服のスカートはエリザベスの手によってめくり上げられ、むっちりと柔らかそうな白い太ももが露わに……
ガバッと顔を上げたレイフォードはエリザベスに向かって叫ぶ。
「痴女か!? お前は痴女か!?」
大声で叫ぶレイフォードの顔は真っ赤に染まっていた。