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11.恋愛アドバイザーの誕生


 家に帰ってきたエリザベスは、鞄から取り出した用紙に視線を落とす。

 男爵家のエリザベスでも攻略できそうな、現在貴族学校に在籍している伯爵位までの子息をリストアップした。

 レイフォードからの情報やその他見聞きした内容をもとに、既に婚約者がいる者は除外してある。

 一概に子息といっても家を継ぐ嫡男は攻略の難易度が上がりそうなので、自分基準で勝手に順位付けまでする徹底ぶり。


 あとはこのリストをもとに相手を落とすだけ。

 言葉だけなら簡単だが、上手くいくかどうか不安はある。

 平民として育ってきた庶子のエリザベスを受け入れてくれる人が果たしているのだろうか。

 しかも、妹と義父を養うために金銭面での条件をのんでくれる人でなければならない。


 ……でも、私が動かなければ、何も始まらない。


 今は静観しているハートレイ男爵だって、いつ手のひらを翻すか分からない。

 待っていても状況は悪化していくだけ。それなら、自分から行動しなければ。


 大丈夫! 出来る!

 私の魅力で貴族様をメロメロにしてみせる!!


 決意を胸に拳を強く握ったエリザベスは、ふと、『あること』に気が付いた。

 すっかり忘れていたけれど、それは、エリザベスにとって致命的とも言えること。


 ――男性を落とすって、どうすればいいの……?


 どうしたものかと頭を抱えたエリザベスは、今週末に控えたリリーシアのお茶会を思い出した。




 お茶会当日、エスターラ侯爵家に着いたエリザベスは、同じ貴族と言えども男爵家と侯爵家とではどれほど差があるのかを思い知った。

 もちろん男爵家でも裕福な家はあるのだろうけれど、王都内にこれほど広い敷地を有し、気品溢れる立派な屋敷を持つ者はいないだろう。

 この日のために用意された上等なティーガウンを身に着けたエリザベスだが、それでもこの家には相応しくないのではないかと気後れするほどだった。


 あっけにとられているエリザベスをエスターラ侯爵家の執事が出迎える。

 よく躾けられた執事はエリザベスに対しても物腰柔らかで、お茶会の場所まで案内してくれた。


「本日は庭園でアフタヌーンティーをお楽しみください。一年中薔薇が楽しめる当庭園はローズガーデンと呼ばれ、お嬢様ご自慢の庭園なのですよ」


 そう言って微笑む執事に、エリザベスは微笑み返す。

 今日のお茶会は親しい友人だけを呼んだ内々のものだから安心して来てほしい、とリリーシアから事前に言われていた。

 建物を出て庭を歩くと、薔薇と緑が美しい大きなアーチが現れた。

 薔薇に覆われたアーチの中を歩く。道を曲がると視界が開けたその先に、お茶会の舞台が用意されていた。


「わぁ……」


 思わず声が出てしまうほど美しい薔薇が庭一面に広がっている。

 エリザベスは入学初日に見た、王族専用のガゼボを思い出した。


「エルザ! どうぞこちらにいらっしゃい。今日は来てくれてありがとう」

「こちらこそお招きいただきありがとうございます」


 リリーシアに案内されて席に座る。

 六席用意されたテーブルには、既にミーシャともう一人席に着いていた。


「あと二人来る予定だから、もう少し待ってちょうだいね」


 今日の参加者は皆エリザベスと同じ学年の貴族令嬢で、初めて会う三人は貴族学校では別のクラスにいるのだという。

 全員が揃うと、ホストであるリリーシアが紅茶を注ぎ、お茶会がスタートした。

 今日は初めて参加する人がいるからとリリーシアが一人一人紹介していく。

 リリーシアは優秀なホストで、誰もが参加できるような話題を提供し会話の流れをリードしている。話が途中で止まって気まずい空気になることもない。

 それに、リリーシアの友人は皆、穏やかで可愛らしいご令嬢方だった。


 リリーシアの友人たちは初めて参加するエリザベスのことが気になるようで、自然と会話はエリザベスの話になる。

 にこやかに会話をしながら当たり障りのない話を続けていると、ご令嬢の一人が優しく話しかけてきた。


「エリザベス様は学校生活に慣れましたか? 何か心配事などございませんか?」


 リリーシアの友人からそう声をかけられて、エリザベスは今、一番困っている『あること』を思い出した。


 ――心配事は、ある。けれど、初めて会った人もいる中でこんなことを聞いてしまって良いのだろうか……?


 無難に返事をするか、話を切り出すか、選択肢に迷う。

 でも、学校から離れて女性だけで話をする機会が次もあるかは分からない。


 それなら……と、エリザベスは覚悟を決めて『あること』を口にした。


「あの……実は私、家の都合により在学中に結婚相手を見つけなければならないのです」


 エリザベスは貴族子息を落として、結婚まで漕ぎ着けなければならない。

 けれど、エリザベスにはある問題があった。


「ただ、私……今まで殿方にアプローチをしたことがなくて……」


 いざ実行に移そうとして、エリザベスは何をすればいいのか分からず途方に暮れてしまった。

 考えてみると、エリザベスは自分から好きになってもらおうと男性相手に行動したことがない。

 酒場で働いていた時は、話しかけてくる男たちをあしらうことはあっても、自分から何かすることなんてなかった。

 世間話以外で自分から積極的に話しかけるなんて、せいぜい「おかわりはどうしますか?」と売上目的で聞くくらいだ。


 だから、男性からのアプローチをかわす技術に長けているエリザベスは、男性へのアプローチに関しては初心者に等しかった。


「皆様には素敵な婚約者がいらっしゃると伺いました。どうすれば殿方と仲良くなれるのか、私に教えていただきたいのです……!」


 人目を引く豊かな赤毛の髪に大人びた顔立ち、男性受けしそうな魅惑的な体つきのエリザベスが、どうやったら男性と親しくなれるのか教えてほしいと懇願している。


「まあ……!」


 まさかエリザベスからそんなことを言われるとは思っておらず、皆驚いて口元に手を当てた。


「殿方に、アプローチ……」


 どこかで聞いたことのあるフレーズに、エリザベス以外の全員が記憶を辿る。

 そう、それは平民出身の女の子が、貴族の子息に恋をして、好きになってもらおうと必死で頑張る話……


 ――そうよ! まさに恋愛小説だわ!!


 彼女たちは瞳を輝かせた。貴族令嬢の数少ない娯楽の一つ。それが恋愛小説だった。

 令嬢として抑制された生活の中で、現実を忘れさせてくれる、キラキラと輝く夢の世界。


 実際のところ、ここにいるご令嬢方は高位貴族ばかり。

 幼い頃から決められた婚約者がおり、今まで男を落とそうとしたことがある者など一人もいない。

 けれど、読み漁った恋愛小説のおかげで知識だけは豊富にあった。


 ……ちなみにエリザベスは誰かに恋をしたわけではないし、その人がダメなら次を狙うという打算的な考えを持っているけれど、そこは見て見ぬフリをしたようだ。


 皆、顔を見合わせ目と目で会話をすると一様に頷き合う。代表して顔を高揚させたリリーシアがエリザベスに告げた。


「エルザ、任せてちょうだい! 私たちが貴方に恋愛指南をして差し上げるわ!!」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 リリーシアの力強い言葉に、エリザベスは顔を輝かせる。

 こうして、エリザベスは偏った知識の恋愛アドバイザーを手に入れたのだった。






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