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9.レイフォード振り回される(※レイフォードside)


 その夜、王妃主催の夜会に出席していたレイフォードは、早速女性たちに囲まれていた。

 タキシードをスマートに着こなし、甘いマスクのレイフォードは人目を引きやすい。見た目の良さだけでなく、侯爵家の次期当主と噂され、いまだ婚約者のいない彼は貴族令嬢の憧れの的だった。

 ご令嬢方からの熱を帯びた眼差し。表向きはにこやかな笑みを浮かべながら、レイフォードは内心悪態をつく。


(――なんであの女は僕のアプローチを受け流せるんだ!?)


 あの女……『エリザベス・ハートレイ』のことを考えると、レイフォードの胸の中はモヤモヤとした気持ちでいっぱいになる。

 アンソワがエリザベスを妾にする可能性を考慮して、彼女に貴族令嬢としての知識を教える一方で、レイフォードはエリザベスの貞操観念を確認しようとしていた。

 レイフォードがちょっと甘い顔すれば、今周りにいる令嬢たちのようにコロッと落ちて何かしらの反応が見られると思っていたのだ。


 それなのに……


「レイフォード様の瞳は、まるでタンザナイトのように綺麗な色をしていらっしゃるのね」


 ぽうっと頬を染めて称賛する令嬢に、レイフォードは首を傾げて銀色の髪を揺らし、優しく微笑む。


「そうかな? キミの瞳の色の方が素敵だと思うけど」


 きゃあきゃあと色めき立つ集団を見ながら、レイフォードは先日のことを思い出して苛立ちを募らせていた。




 ◇




「そろそろワルツの練習でもしようか」


 図書室でいつものように講義をしていたレイフォードは、エリザベスに提案した。


「ワルツですか?」

「そう。男爵家で学んだことは?」

「屋敷に教師の方がいらっしゃって教わりました。ただ、その時は他のマナーを含めて二日間で教え込まれたので、ワルツだけではないのですが……」

「その程度ではダンスを習得したとは言えないだろう」


 思案するように目を伏せるエリザベスに、畳み掛けるようにレイフォードは言葉を重ねる。

 図書室内では仮にも『恋人』同士であるはずなのに、一向にエリザベスの過去を暴くことができず、レイフォードは次なる手を考えていた。


 それもこれも、レイフォードからのモーションをエリザベスが全て軽く受け流してしまうせいだった。

 会話をしながら膝に置かれたエリザベスの手を握っても、同じ本を見ながら肩を触れ合わせても、意味ありげに顔を覗き込んでも、この女は何事もなかったかのようにサラリと受け流してしまう。

 女性からキャアキャア言われることに慣れていたレイフォードには、エリザベスのつれない態度は屈辱的だった。


 あまりにも流されすぎて、過去に男性経験があるからこうも平然としていられるのかと勘繰ってしまう。ただ、そんな疑いレベルでアンソワに提言するわけにもいかない。

 こうなったらワルツ……ダンスの時の身体的接触でどんな反応をするのか見てみようとレイフォードは考えていた。


「ダンス、ですか……」


 積極的に貴族令嬢としての知識を学んでいた今までと異なり、エリザベスは躊躇うようなそぶりを見せる。

 いつもと違う彼女に、レイフォードはここぞとばかりに仕掛けてみた。


「何か心配事でも? ……ああ、体を密着させることが不安ですか? 大丈夫。変なことはしませんよ。……もちろん、キミがそれを望むなら別ですけどね?」


 悪戯めいた笑みを浮かべたレイフォードに対し、エリザベスは「それはどうでもいいです」と真顔で返した。


「ど、どうでもいい!?」

「私に必要なスキルの優先順位を考えておりました。でも……確かに貴族として生きていくのならダンスは必要ですよね」


 「どうぞよろしくお願いします」と頭を下げたエリザベスに対し、自分の誘惑をあっさりと払い除けられてレイフォードは恥辱に震えた。


「~~ッ! お前はどこまで僕をバカにしているんだ!」


 憤るレイフォードに対して、きょとんと目を見開いたエリザベスは、次の瞬間思わせぶりにニヤリと笑う。

 貴族令嬢にあるまじき笑みにギョッとしたレイフォードに向かって、エリザベスはニヤニヤと笑いながら言った。


「あら? そう言うレイフォード様こそ、私と密着するのが不安なのではないですか?」

「はあっ!?」

「フフッ、大丈夫。取って食うようなことはいたしませんわ。……もちろん、貴方がそれを望むなら……どうでしょうね?」


 エリザベスはそう言って、魅惑的に目を細める。

 自分の台詞をそのまま返されて、レイフォードの頬はカッと赤く染まった。


 ――明らかに馬鹿にされている!


 そう思い声を荒らげようとしたレイフォードに、エリザベスは屈託なく笑った。


「あははっ! いつものお返しをしただけなのに、そんな怖い顔なさらないで!」


 口元に手を当てて、おかしそうに笑っている。

 いつもの警戒した顔や挑発する時の顔とは違う、エリザベスの楽しげな笑みに、レイフォードは思わず固まった。

 文句を言おうとしていたはずなのに、怒りの感情はどこかに消えてしまった。


 何故か『負けた』と思ってしまい、レイフォードはそんな自分に腹が立ったのだった。




 ◇




 レイフォードはこちらに近付いてくる友人の姿を見つけると、ご令嬢方に断りを入れてその場を離れた。


「ダンケル」

「よかったのか? 彼女たちにチヤホヤされていたんだろ?」

「……嫌なヤツだな」


 この友人は、レイフォードが笑顔の裏で女性たちを煩わしく思っていることも、その一方で女性たちからの熱い視線に優越感を抱いていることも全て知っている。


『ダンケル・シュルツ』

 騎士団団長を父にもつ彼は、彼自身もまた騎士団に入団すべく体を鍛えている。

 上背があり体格が良い彼は、アンソワ王太子殿下の護衛兼学友として学校ではいつも一緒にいた。


「お前こそ婚約者殿はいいのか?」

「ああ、女には女の付き合いがあるんだってさ。ずっと側にいられるのは迷惑なんだそうだ」

「そうか」


 その割には彼女はべったりだな……とレイフォードは人に囲まれているアンソワを見る。

 アンソワの隣には婚約者のルイーゼが常に寄り添っていた。


 物腰の柔らかなアンソワは、人を惹き付ける話術に長けていた。

 優しそうな見た目は、一見、こちらが強く出れば言うことを聞いてしまいそうにも見える。

 けれど、それこそアンソワの狙いなのだとレイフォードは知っている。よく人を見ている彼は、その人当りの良さで情報を得ることも、そして人を使うことも上手だった。

 自分にはない能力をもっているアンソワが、レイフォードには眩しく見えて仕方ない。


(アクロイス公爵令嬢、か……)


 王妃主催の夜会ということで気合が入っているのだろう。

 ルイーゼは公爵令嬢としての華やかさと、王太子殿下の婚約者としての上品さを兼ね備えた、美しい装いをしている。

 アンソワとルイーゼが寄り添う姿は、誰が見ても仲睦まじい様子が伝わってくるようだった。


 ダンケルもレイフォードの視線の先にいる二人に目を向ける。


「……ああ。彼女は、まあ……別なんだろうな」


 そう言って精悍な顔に苦笑を浮かべる。

 アンソワとルイーゼの様子を見ていたレイフォードは、ふと思い出したようにダンケルに尋ねた。


「そういえば、アンソワはまだ図書室に通っているんだろう?」

「そうなんだよなぁ……アンソワの意図は分からないが、週に一度必ず行っているよ」


 レイフォードの問いかけに答えたダンケルは、ニヤリと笑って友人の顔を覗き込んだ。


「そう言うレイはどうなんだ? 彼女と交流を深めているそうじゃないか」

「ああ、まあ……」


 つい先ほどまで思い返していたエリザベスとのやり取りが頭をよぎり、レイフォードはしかめ面になる。


「貞操を確かめてやるーなんて意気込んでたけど、なかなか上手くいっていないようだな」

「ほっとけ」


 苦い顔をするレイフォードを見て、ダンケルは声に出して笑った。


「お前にそんな顔をさせるとは! 随分と手強い相手なんだな!」

「……」


 レイフォードは何も言わない。

 ひとしきり笑った後、ダンケルは少し声を落とした。


「ああでも、アンソワが心配していたぞ。レイが本気になってしまうんじゃないかって」

「僕が? 何に?」

「何って、そりゃあ彼女にだろ」


 思いがけないダンケルの言葉に、目を丸くしてぽかんと口を開いたレイフォードは、叫び出しそうになるのを必死で抑えながらダンケルを睨んだ。


「そんなわけないだろ……!」

「そうかあ?」

「僕を馬鹿にしているのか!?」


 毛を逆立てる猫のように威嚇するレイフォードを宥めながら、ダンケルは内心、どうしたものかと考えていた。

 ダンケルの主であるアンソワも、同士であるレイフォードも、随分と彼女にご執心のようだ。


 ――そして、あの人も……


 何もないといいけどな……

 柔和な笑みを浮かべて人々の相手をするアンソワを見つめながら、厳めしい見た目の割に温厚な性格のダンケルは、ただただ平穏無事を祈っていた。





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