5話
五話です!
セリは単身突撃を決断したことを多少後悔していた。やりづらくて仕方ない。
「ったく、もう!」
飛びかかってきた狼の魔物を踵落としで沈める。
まだ、半数にもなっていない。先程からかなりの数を沈めてはいるのだが、後から着実にわいて来ているのだ。
「いまさら後には引けないし…」
ここは、応援がくるまで持ちこたえるしか無さそうだ。
ふと、そんなことを考えたせいか、少し気が緩んだ。
「わっ」
狼の爪が腕をかすめた。見てみると、血が流れ出ていた。これは…
「ウウウー」
ああ、神様。セリは天を仰いだ。面倒なことになった。狼は血の匂いで興奮してしまった。しかし、いつもなら待避できるセーフゾーンは、花雫を忘れたためにない。何としても、持ちこたえなければいけなかった。
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僕はひた走っていた。
母の家系から受け継いだ風の魔法を駆使し、セリの行方をたどる。ふと、風のなかに血の香りが混じった。
「セリっ…!」
もはや、様付けをしている余裕なんてなかった。
僕は恐らく、セリに武術でも魔術でも劣るのだろう。それは、身のこなしを見ていれば容易に想像がついた。そんな僕に一体何が出来よう。だけれど、走らずにはいられなかった。自分よりも強いと言えども、彼女は女の子だ。フードを脱いでみせたときの、あのひどく寂しい瞳を僕は忘れられないのだ。あの瞳にめいいっぱいの幸せを映した姿を、僕は見たかった。
「頼むから、どうか無事で…!」
僕は疲労を訴える足を鞭打って走るスピードを早めた。
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セリは狼と睨み合っていた。おそらく、まだ睨み合ってから数分も経っていないのだろう。永遠にも感じられるこの時間がどうにか早く終わってほしかったし、まだ続いてほしくもあった。
(誰か…)
何かにすがろうとするセリの思考は、セリが普段嫌うものだった。
(私は、魔術狂のエミリーと、戦闘狂のライの娘、悪魔の子のセリ。だから、他人にすがるなんて許されないのに)
それでも、どこかですがり付きたかった。
甘えられる場所が、欲しかった。
(…助けて)
ようやく、素直にそう思えたのに、固く閉ざした心はそれを言葉にすることを許してはくれない。
きっと、このまま狼に食い殺されるのだろう。
ぎゅっと目を瞑ったその時。
ふわりと優しい風が、シャクナゲの甘い香りを振り撒いた。
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アルザスがそこに着いたとき、セリは小さく蹲っていた。心臓が大きく跳ねる。どうか、どうか…!
アルザスは風の魔法でバケツの花雫をふわりと運ぶ。
あわてて駆け寄ると、セリは顔をあげた。その顔はとてもびっくりしたような、それでいて安堵したような感情が溢れていた。
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顔を上げればそこに、心配そうな顔をしたアルザスがいた。彼が、セリを助けてくれた。
「…っ」
とどめたいのに、勝手に涙腺は水分を溢れさせる。
セリは、泣いていた。
けれど、見られまいと必死に涙を拭い、顔を背けようとした。しかし、それは、叶わなかった。
「無事でいてくれてよかった…っ」
アルザスは壊れ物でも扱うようにセリを優しく抱き寄せた。
セリは、声をあげて泣いた。
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それから間もなく、世紀の戦闘狂ライと世紀の魔術狂エミリー夫妻がやってきた。
「セリっ!」
アルザスの腕のなかに収まっていたセリをひったくった。そして、頬に涙の趾を見つけると、髪を逆立てる勢いでアルザスに詰め寄った。
「おま、ディドロの息子だな!?、さすが、親子揃って…!セリに何かしたのかっ?!」
怖かった。けれど、セリの前でそんな醜態を晒す訳にいかない。
「いえ」
「そうなのか?!セリ!」
「アルザスは何もしてないから…」
そう言っても、ライの怒りは収まらない。娘は誰にもやらんっというアレである。まったく、愛の重たい父親だ。
「おい、アルザス。僕の娘に手ぇ出すなよ…?」
流石戦闘狂と言うべきか、迫力がちがった。
かといって、頷くこともできず、アルザスはフリーズしたのだった。
次話完結します!