4話
僕は耳を疑った。
狼の魔物20匹が出た、と聞いてセリは少し考えただけで、自分が行くと言い出した。そんな芸当ができるのは、稀代の戦闘狂ライ様しか知らない。ちなみに、彼は父ディドロの友人だ。最も、僕から見れば父が一方的に友人だと言い張っているように見えなくもないのだけれど、まあ、それも友情の形のひとつなのかもしれない。
閑話休題。
とにかく。セリはその小さな体でてきぱきと準備を進めてしまう。
「セリ様、ちょっと待ってください!セリ様一人でどうにかできることじゃあないでしょう!」
すると、セリはアルザスを睨み付けた。
「貴方はなにもわかっていない。ここで私がやらなくちゃ、誰がやるの?大方、ライさんを呼んでとか言うんでしょ?そんなことしてたら、あっという間に犠牲が出てしまうの。わかる?」
「だからって、貴女がやる必要はないはずだ!」
そう言うと、セリの目はより冷たくなった。
「貴方は、もし目の前で子供が死にかけていても同じことを言えるの?」
僕は何も答えられなかった。
セリはアルザスを振り切って森へ向かった。彼がセリを心配してくれていることなど百も承知だった。しかし、それに甘えてしまうのはセリ自身が許せないことだったのだ。
まず、一匹。セリは狼を見つけた。
「あ」
そこで気がついた。
「花雫忘れた…」
そう、先程作っていた花雫のジェル。あれは配布用だが、もうひとつブリキのバケツに作っていたものがあったのだ。
花雫のジェルはシャクナゲの花とその朝露で作る。古来より、シャクナゲは魔よけとして使われている。セリはその性質を利用して魔物よけを作っていた。毎年作っては、町の人々に配る。小さな瓶に入れていたのはそれだ。
「まあ、花雫はあとで撒いてもいいか…」
普段なら、ある程度撒き、魔物が入らないセーフゾーンを作ってから挑むのだが…
「できなくはないしね」
セリは単身、狼の魔物の群れへと突っ込んでいった。
セリが行ってしまった店のなかに、僕は大きなバケツを見つけた。そこにはシャクナゲだと教えてもらったあの香りのする、透明な液体があった。
「そういえば、花雫ってなんだ…?」
ふと気になって、セリが丁寧にラベルを貼った瓶を見た。
『花雫のジェル
スプーン一匙分のジェルをバケツ一杯分の水で割り、家の周囲に散布してください。一月に一度散布することをおすすめします。魔物よけにはなりますが、完全に防ぐものではありません。ご留意ください。
ドロップウォルト』
「魔よけ…」
アルザスははっとした。
僕がセリに話しかけたとき、彼女はこのバケツを持ってはいなかったか。そして、彼女はバケツを一度おいて…
「届けないと…!」
アルザスはバケツをもち、走り出した。
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