焼きそばパン
俺は今大量の焼きそばパンと格闘している。隣のぶっちょう面も一緒にこのテーブルを埋め尽くしても余る焼きそばパンとしのぎを削っている最中だ。
「なんつう量なの……これは」
隣の可愛くない奴は二世帯住宅の引っ越し時の段ボール量を見た派遣アルバイトのような声を上げた。
「仕方がないじゃないか。腐ったらもったいない」
「それにしても限度ってやつがあると思わない?二人で食べきれる量じゃないわ。このままだと全部食べきる前に賞味期限が来るわよ」
ちなみに冷蔵庫の中も焼きそばパンで埋まっている。
「あーもう胸焼けしてきた。もっと誰かに配ってきなさいよ」
「配れるやつにはもう全員配ってきた。カレーとピザがトレードマークの知り合いがいれば良かったんだが、残念なことにそんな知り合いは俺にはいない」
「もう無理……とりあえず今日はこれぐらいにするわ。あとがんばって」
「ちょっと待て! まだお前のノルマが残ってるぞ。せめてあと三つは食え」
いやだね、と言って猫かぶりは出かけて行ってしまった。くそ、俺だってきついのに。
さて、この明らかに異常な量の焼きそばパンがうちにあるのには複雑な理由があったりなかったりする。昨日の午後のことだ。俺は自称やまとなでしこのショッピングのために一緒に繁華街にいた。あの女は俺のことを便利な財布と勘違いしており自分で買い物をほとんどしない。昨日もそろそろ衣替えの時期で新しい服が欲しいと言い出して無理やり連れ出されていた。この街は食べ物と服には事欠かないという変な街で町のどこかにいれば必ず飲食店と衣服店がある。隣にいる第二の胃袋を持つ女は食後にも関わらず店を見つけるたびにスイーツを食べ歩くという常人には真似を出来ない芸当を実行していた。勘定はもちろん俺もちだったが。この前も駅から家に帰る間に一万もスイーツに使うということを事も無げにやってのけたのだ。その前に通常の食事をとっていたのにも関わらずだ。それ以来は駅と家の間の経路は俺が決めている。話を戻そう。そのあと四千円ほど使ったあたりで繁華街についた。ブレーキが壊れた車は目的の店を見つけたのかアクセル全開で走り出した。その時ちょうど段ボールの壁が脇道から現れたのだ。もちろんブレーキが壊れているので急には止まれずその段ボールの壁に追突した。心配して駆け寄ってみるとどうやらその段ボールの中身は店の商品だったらしく、段ボールの持ち主は事故車に因縁をつけていた。そいつも結構な女で事態を収拾するにはその段ボールの中身を買い取るしかなかったわけで。
その免罪符がこの暴力的なまでに自己主張する食物の山なわけだ。
正直もう見たくもない。だが世界が自分中心で回っていると思っているあの女が自分のノルマを放棄したのでその分も食わないといけない。夢に出そうだ。
「見つけた!」
そう言っていきなり民主主義の敵が玄関のドアを開けた。
「何を見つけたんだよ。それとそう乱暴にドアを開けるな。壊れる」
「この大量の焼きそばパンを貰ってくれる人がいたのよ」
「本当か! 誰だ!」
この状況を打開する救世主がいたとは。もう焼きそばパンを見ないで済むのか。本当に助かった。
「この人よ」
どうも、と言ってその男はドアの陰から出てきた。スーツを着ていて、普通の社会人に見える。
「私S高校の購買部の者です」
そう言って名刺を渡してきた。
「いや、本当に助かります。この焼きそばパン全部貰ってかまわないんですか?」
そう言ってその男は部屋の中の焼きそばパンを見据えた。
「かまいませんよ。全部持っていって下さい」
「ありがとうございます。明日の仕入れが急にキャンセルになって困っていたんです」
じゃあさっそく車を手配しますね、と言ってその男は電話のために表に出て行った。
「一体どうやってあんな人を見つけたんだ? あまりに都合がよすぎる」
「説明がめんどくさいから聞かないで。パス」
部屋に残っていた歩くわがままは手をひらひらさせながら説明を拒否した。まあこの炭水化物の塊の山が処分できるなら文句はない。そんなやり取りをしていると男が戻ってきた。
「あの、一応車が来る前に状態を確認したいのですがよろしいですか?」
「いいですよ。冷蔵庫にもありますのでそちらもどうぞ」
おじゃまします、と言って男は部屋にあがり焼きそばパンを確認し始めた。するとすぐに何かに気づいたようだ。
「あれ? これWパンの焼きそばパンですね。ここのパン好きなんですか?」
「いえ、そこのパンが好きなわけではないのですが……」
「そうなんですか。あ、いえ余計な事を聞きました」
そこに偉そうにしている女の恥をむやみにさらすのもあれだと思って言葉を濁したらみごと別な意味にとられたようだ。だが、まあ二度も会う相手でもないので誤解されたままでもいいだろう。男もパンの確認に集中していることだし放っておいてやろう。
そうこうしているうちに男が手配した車が到着したようだ。やっとこの食の暴力からもおさらばだ。バイバイ、焼きそばパン。もう帰ってくるなよ。
「ありがとうございました。このお礼は近いうちに」
例のブツを積み終えた男はそう言って頭を下げた
「いえ、礼には及びませんよ。気にしないでください」
本当にありがとうございました、と言って男はダブル炭水化物軍団と共に去っていた。われらの危機は去ったのだ。
「ほんと私のおかげね。盛大に感謝なさい」
「元の原因はお前だ。出費と精神的苦痛を考えると完全にマイナスだよ」
「ふぅん、まだ食べたかったの? ねぇ」
「そんなことはないです、すみません。助かりました」
「それでよろしい。さて、焼きそばパンが無くなったことだし口直しに何か食べに行くわよ」
「へ?」
「へ? じゃないわよ、いいからさっさと準備をしなさい」
こんなことをのたまっている胃袋女に唖然としていると、俺は反論する術無く連れ出されることになった。
――――
「いやほんと普通の食事っていいものね。失って初めて気づくのね、大切なものって」
次の日、目の前のトラブルメーカーは朝食に似合わぬ台詞を吐きだした。
「そんなにおおげさなことでもないだろう。でもたしかにあれは地獄だった」
そんなことを話しているとチャイムが鳴った。誰か来たようだ。
「出なさいよ。私はご飯食べてるから」
「言われなくても出るよ」
そう言って俺は玄関のドアを開けると、そこには最近見た顔があった。
「どうも、おはようございます。お礼に伺いました」と言って男が合図をすると大量の段ボール箱が運び込まれていく。
「ちょっと! 何やってるんですか!」
「いえ、先日のお礼を。大好きですよね」
朝食を食べている女も唖然として止めようともしない。そんなこんなで段ボールがすべて運びこまれてしまった。
「それではこれで」
ありがとうございました、と言って男は嵐のように去っていた。
「とりあえず開けてみるか?」
「いや! ちょっと待って! 怖い!」
「しかしこのままにもしておけんだろう。開けるぞ」
待って、と言われたが無視して開けてみるとそこには炭水化物の悪魔が鎮座していた。
「何それ」
「焼きそばパン」
「何それ」
「うん、焼きそばパン」
「ちょっと待ってよ! 何でまた焼きそばパンなの!」
「俺に聞くな……で、どうするよ」
「どうするも何もあんたが食べなさいよ!」
「どちらにせよまた焼きそばパン地獄なわけだ」
「う……」
――――
三日後、二人の精神を犠牲にして焼きそばパンは綺麗になくなった。




