最強の目覚ましライフハック
ある日、ある朝、ある宿でのこと。
「ウィザ、起きなよ。もうお昼前だよ?」
「……はじけろ……」
「え?」
派手な爆発が天井を貫いた。
安宿と言うわけではないが、建てる際に屋根代をケチったようだ。穴の淵から薄い板が一枚、また一枚と剥がれていく。
「いい加減にしてくれよ! 朝起こす度にこれじゃ、毎朝命がけじゃないか!!」
「っせぇな、謝ってんだろ!」
ソルは歯磨きを終えて口をゆすいだ。
特に語るところのない宿の大部屋である。
寝起きの悪い魔導師が起き抜けに呪文を打つのも、それに神官が巻き込まれるのも、見慣れた光景になりつつある。
爆発の中心にいた神官――イストが無事なのは、とっさに結界呪文を唱えたからだ。
それはそれで大した技術ではある。
「大体起こせなんて頼んでねえだろ! 宿に泊まったときくらい好きに寝かせろ!」
「チェックアウトぎりぎりまで寝てるなんて不健康だよ! 朝ごはんを食べ損ねるだろ!」
ソルは二人の横を通って着替えを取った。
燃えかすの混じった風が天井から吹き込んでくる。
脱いだシャツを早々に物入れに避難させ、新しいシャツのボタンを留める。
かたや睡眠時間が変則的になりがちな旅人暮らし、かたや規則正しい集団生活が基本の聖職者だ。意見が食い違うのは自然なこととも言える。
魔導師を……ウィザを起こすにはコツがあるのだが、イストはまだその辺りを掴んでいないらしい。
「もういい! キミがその気ならオレにだって考えがあるよ!!」
イストはそう言い捨てて部屋を出ていった。
珍しく雑な足音が遠ざかっていく。
「どーすんだよ」
「知るかよ」
ウィザが舌打ち混じりに呻いた。
ソルは閉まったドアを眺めた。
「(まあまあキレてたな)」
会話の弾みで多少鼻息が荒くなったのだろうが、『考えがある』とは不穏な言い方だ。
まさかあいつの性格で、と言えるほど、腹の底まで知りあっているわけではない。
「(二、三日、気を付けるか)」
ソルは宿の主人に二人の部屋を分けるよう頼んだ。
さて、それから日が暮れて、いくらかの時間が経った頃。
微かな異臭がソルの意識を引き上げた。
まぶたの裏の薄闇がちらちらと光り、濃い油の臭いと熱気が頬に当たる。
遠くでぱちぱちと油のはぜる音がした。
やや遅れて肉の焦げる独特のにおいが漂ってくる。
牛か。鳥か。いや、これは――――
「なんでベーコン?」
「あ、おはようソル」
イストが振り向いた。二つあるベッドの間にしゃがみ、油の染み込んだフライパンを持っている。よく焼けたベーコンが香ばしい匂いを漂わせていた。
昨晩は隣の部屋に泊まっていたはずだが、なぜここにいるのか。
いや、その前に、
「……なんでベーコン……?」
「起きた!?」
向かいのベッドで、ウィザがぼんやりと目を開けている。
イストが誇らしげに胸を張った。
「朝寝坊にはこれが一番効くんだよ」
「どっから持ってきたんだよ」
「厨房で借りたんだ」
宿の主人がドアの外で手を振っていた。持っているのはスペアキーだろう。
「宿巻き込むのは反則だろ」
ソルは額を押さえて起き上がった。カーテンの隙間から日差しが差し込んでいる。朝日が上って数時間というところだろう。
ウィザが呻きながらベッドの上に丸くなる。
イストがその前にしゃがみ、片手でフライパンを扇いだ。
「サラダに乗せる? ベーコンエッグにする? ほーらおいしいよー」
「分かった分かった起きる」
ウィザがたまらずに手を振った。気の抜けた苦笑が洩れる。
「ソル、キミは?」
「俺のもあんの?」
「三人分だよ。嫌いだった?」
「食うよ。ありがと」




