恐怖体験
待たせちゃってごめんね、お客さん。もうすぐ部屋の清掃が終わるからさ。
どこの宿屋もいっぱいで困ってた?
あはは、お疲れさま。
お茶飲む? うちの宿特製のハーブティー。
実は昨日泊まったお客が部屋で暴れて、派手に散らかっちゃったんだよね。
うん。巻き添えは食わなかったから大丈夫。
ありがと、お客さんみたいにスレてない旅人さん珍しいよ。
どうしてこの町に……あ、待って! 当てたげる。
今の時期だと……巡礼の旅かな?
違う?
じゃあ聖職者とか、神官さま?
……なーるほど、教会所属の歴史学者さんか。いいなー頭よさそー。
教会の人かなとは思ってたの。だってほら、上着の襟にマークがあるでしょ。ただの旅人にしちゃ身綺麗だし、生地も上等だよね。
まさかここまで一人で?
……ああ、護衛を雇ってたんだ。
契約が終わったから、新しい護衛を頼みたい?
オッケーオッケー、じゃあ明日の朝までに手配しておくね。
お茶のおかわり?
もちろんいいよ! お菓子もつけちゃう。ふふ。
宿屋の受付ってね、ヒマな日はほんとヒマなんだよ。色んな人と話す分、話のネタは多いけどね。
そうだ、こないだ旅の神官さまから聞いた話をしよっか。
二十歳そこそこの若い人だったよ。
神官の旅って職場単位の団体行動だと思ってたけど、意外と個人行動オッケーなのかな?
ま、詳しくは聞かなかったけど、その神官さまは割と最近旅を始めたみたいだった。
確か、戦士、魔導師、神官の三人パーティだったかな?
オーソドックスっていうか、オールドスタイルだよね。
ああうん、覚えてないのはわけがあるんだ。
その日魔導師は用事があって、パーティを抜けてたんだって。
だからこの話に出てくるのは戦士と神官さまの二人だけね。
いつものように町について、いつものように宿を探した。
けど、その日はなかなか空きがなかったんだって。普通の宿はもちろん、裏路地の素泊まり宿も全滅。
手分けして探した結果、神官さまはようやく一部屋だけ空いてる宿を見つけたんだって。
ふふ、今日のお客さんみたいだね。
それで神官さまはその宿に泊まることにしたのね。
戦士を連れてきて、この部屋だよ、ってドアを開けた。
途端、戦士がUターンした。
『どこ行くの!?』
『この部屋イヤだ』
『どうして!?』
『……とにかくヤだって』
宿の案内係もびっくりだよね。
神官さまは部屋の中を見回した。
なんてことない角部屋のツインルーム。
ただ、はめ殺しの小窓から墓地が見えてたんだって。
あーなるほどね、って神官さまは思った。だから戦士を説得したんだ。
『大丈夫だよ』『怖くないよ』『キミが寝るまでオレも起きてるから』
って。
戦士はしぶしぶだったけど、他に部屋がないんだもん、結局そこに泊まることになった。
あっという間に夜は更ける。
シャワーがないけど仕方ないね、なんて言って蝋燭を消した。
……んだけど、戦士が寝ないのよ。
うずくまって長剣を持ったまま、瞳孔かっ開いて動かない。
『ね、ねえキミ、寝ないの』
『しっ』
かたんっ、て、小さな音がした。
寝てたら確実に、ううん、起きてても聞き逃しそうなカギの回る音。
細くドアが開いて、暗い部屋の中で衣擦れの音がする。
小窓から入る星明かりに大刃のナイフがぼんやり光る。
えっ、と思う間もなく、ナイフが勢いよくベッドに突き立てられた。
瞬間、戦士はクロゼットから飛び出して、振り向いた人影の顔面を一撃した。
え? うん。
ベッドには詰め物がわりに荷物を入れて、二人はクロゼットに隠れてたんだよ。
なんでそんなことをって?
ふふふ、なんでかな?
……うん、そう、いわゆる追い剥ぎ宿だったんだねー。宿の人が客を襲って身ぐるみ剥いじゃうやつ。
山奥にはたまにあるけど、街中なんて警戒しないでしょ?
しかもそこは特別治安の悪いエリアでもなかった。
表向きは普通の宿屋をしながら、カモになりそうな客を特定の部屋に泊めて、ザクッ! ……ってね。
旅人なら捜索願いを出す人もいないし、なきがらは墓場に埋めちゃえば証拠隠滅もカンペキ。
あとね、その部屋の壁は他の部屋より厚くなってたらしいよ。
小窓からじゃ外にも逃げられない。
パニックの中で唯一のドアを塞がれてしまえばそれっきり、だったろうね。
獣捕り用の罠みたい?
あっはは、戦士にもそう見えてたのかもね。
『先に教えてよ!?』
『怖くないって言ってたじゃねーか』
『そういう意味じゃないし恐怖のジャンルが違う!』
とか言い合いながら町を出ていってたよ。
やだな、うちじゃないよ、三件向こうのはす向かいの宿だってば。
…………。
やっぱり怖くなっちゃう?
この話をしてくれた神官さまもね、最初はうちの宿に乗り替えようって話だったのよ。
そしたら戦士が言ったわけ。
『こーゆーとこは隣近所も同業なんだよ。町ごと移んなきゃ意味ねーだろ』
って! ほんっっと営業妨害だよね!
……ん?
お客さん、顔色悪いよ?
手足がしびれる?
なんでだろうね、すぐ部屋で休まなきゃ!
はい、一名さまごあんなーい。




