イストの日記
◯月✕日
宿に請求書が届くのは珍しくない。
誰かさんが壊した天井の修理代とか、別の誰かさんが魔物の血を落とした床のクリーニング代とか。
今朝はひどい二日酔いで目が覚めた。
ベッドから這い出したオレに、旅仲間が一枚の紙を差し出す。
オレは酒場にいた全員に花を贈ったみたいだ。
■□■□
△月◯日
宿の廊下で旅仲間の声が聞こえた。
壁越しだからはっきりとは聞き取れないけど、あまりなごやかな雰囲気じゃない。言い争いか、単に雑談が盛り上がっているのか、微妙なラインだ。
オレは声をかけておこうとドアを開けた。
ちょうどウィザがソルを指差して叫んだところだった。
「てめえのベッドにえんどう豆を仕込んでやっからな!!」
……なに? 真のプリンセスを見分ける方法?
△月□日
朝ごはんの席で、ウィザに昨日の件について聞いた。
ウィザはベーコン豆を食べながら答えた。
「『妙なところで神経質だな』ってからかっただけだ」
「彼、神経質かな?」
「……お前の見てねえところでな」
ウィザがため息を洩らした。
そのタイミングでソルがテーブルにやってきた。
「はよ」
「おはよう。キミが寝坊なんて珍しいね」
ソルは半眼でウィザを示した。
「ヘンだと思ったらマジで仕込んでんだもん」
「気づいたんだ」
■□■□
◯月◎日
ソルと買い出しに出かけた。
何日か滞在していると、どこに何のお店があるかは大体わかってくる。武器屋に研ぎに出していた長剣と調理用ナイフを受け取って、ソルは市場で、オレは教会で買い物を済ませる。
「そろそろ帰ろうか」
と、宿へ向かっていたら、ソルがいきなり脇道へ曲がった。
宿は通りをまっすぐ行った先だ。
なのに、彼はわざわざ遠回りをして直進を避けた。
『どうかしたのかい?』
と、少し前なら聞いていただろう。
これも最近わかったことだけど、ソルが避けたがる場所にはそれなりの理由がある。
オレを気遣って安全な方を選んでくれているのか、単に旅慣れてないオレがいるとトラブルに対処しにくいのか、そのあたりは半々なんだろう。
オレは荷物を抱え直してソルのあとへ続いた。
◎月◎日
散歩の帰りにウィザとはち合わせた。
「キミも今帰りかい?」
「おう」
そんな会話をしながら昼下がりの街を歩く。
通りの先に見慣れた宿が見えた。
そう言えば、この先はソルが避けた道だ。
オレがそれを思い出す前に、ウィザは通りをまっすぐ進んでいった。
「えっ」
オレは思わず彼に手を伸ばしかけた。
「おやぁ!? 知ってる顔が通ったよぉ!」
道に面した雑貨屋から声が張り上げられた。
グレイヘアのマダムが椅子から飛び降りてウィザの腕を掴む。と同時に、キャンディの盛られた店先のカゴを掴みどった。
ざざぁあーー、と予想通りの音がして、ローブの袖口に大量のキャンディが流し込まれる。
ウィザが悲鳴を上げた。笑いながら。
「やめろよ! 右だけ重てぇだろ!」
「そりゃ左にもほしいって催促かい、あざといねこの子は!!」
ぎゃー、と危機感のない声が上がった。
呆気に取られて見ていたオレに、エプロン姿のマダムが振り向く。
「おや、ハンサムを連れてきたじゃないか!」
マダムはエプロンを翻してチョコレートのカゴを取った。きらめくような銀紙の個包装は、多分通りがけの子供たちが買うんだろう。それを手袋をした手でわしづかむ。
「甘いの好きかい。紅茶に合うよ」
「あ、ありがとうございます。おいくらですか?」
「いいよ、神様によろしく言っといておくれ! クッキーもあるよ!」
「ええ、はい、あっ、お菓子はもうそのあたりで……………!」
やられたなこいつ。
ソルはオレをひと目見てそんな顔をした。
やられたよ。
オレは神妙に頷いた。
シルエットの概念を大胆に崩して、ポケットというポケットがリスのほっぺみたいに膨らんでいる。神官の制服にこんなに物が入るなんて知らなかった。
無言の宿の客室内で、ウィザが皿にお菓子をあける音だけが響いていた。
チョコレートはとてもおいしかった。




