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よくあるこぼれ話  作者: 鈴乃


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27/32

彼らは2なのか、1+1なのか

 ある日ある街ある夜のこと。

 イストは(よい)の街を歩いていた。

 鼻歌まじりにふらつく者、アルコールの気配だけを(まと)って歩く者、それらに目もくれずにどこかへ行く者。

 夜の闇から高揚がにじみ出すような空気の中を歩くのは、祭りの前後のようでとても楽しい。

 イストは目についたバーのドアを開けた。

 最初の一杯を頼んで息をつく。

 窓際のカウンター席に客は少ない。視界の端に一人二人がぽつぽつと座っている程度だ。

 不意にドアベルが鳴り、見覚えのあるローブが(ひるがえ)る。

「(ウィザ!?)」

 イストは反射的にドアに背中を向けた。

 窓ガラスに映る魔導師はざっと店内を見回し、奥のバーカウンターへ足を進める。

 イストは指先で目元を押さえた。

「(うわぁ、こんなおしゃれな天井撃ち抜かないでよ? よりによってソルは一緒じゃないみたいだし。……いても止めないけど)」

 と、窓ガラスの光景に長身の男が映る。


「よう、一人かい?」


 ほら来た!! とイストは内心で叫んだ。

 口の中で結界呪文を唱えつつ様子をうかがう。

 ベルトから数本のサバイバルナイフを下げた男が、ウィザを見下ろすようにカウンターに片手をついている。

 と、ウィザが視線を上げた。

「……だいぶキてんな。水飲んでから話せよ」

「んぇ?」

 男が面食らったように肩をこけさせた。数度瞬きをして、逆の手で耳のあたりを掻く。

「悪ぃ悪ぃ。初めて見る顔だったからよ」

「あんたも街の人間には見えねえな?」

「仕事でふた月くれえいるんだ」

 男はウィザの一つ隣に腰を下ろした。

「スクリュードライバーがうまいぜ」

「レディキラーじゃねえか」

 ウィザがくつくつと笑う。

 イストは目を丸くして肩越しに二人を見た。

 グラスの形から察するに、スクリュードライバーは頼まなかったらしい。

 新しく置かれた足の長いグラスをそれぞれ手元にやり、ウィザと男が雑談をかわす。

「魔力薬を買うなら西側の道具屋に行きなよ。10Rほど高いが質が違うぜ」

「ああ、あっちの通りか。そういや武器屋も良さそうだったな」

「隠しナイフでも使うのかい?」

「連れのついでだよ」

「そうかい。そういや最近……」

 イストは内心で懺悔(ざんげ)を唱えて聖印を切った。

 魔物の倒し方から平和な安宿の選び方まで、街の住民とは別の視点からの会話が続く。

 ややあって、男が酔いの混じったため息をついた。

「……しかし、薬草の値上がりだけはまいるせ。薬湯代がバカになりゃしねえ」

「持病か?」

「いや、栄養補給さ」

 そう聞いて、ウィザはしばらく考えるそぶりを見せた。

「……なら『味はこっちでつける』って言え。風味付けの手間が省けるなら交渉のとっかかりにはなる」

「ほお! 安くなるかい」

「それよりあんたに合った調合を頼め。うまくいきゃ薬湯の回数も減らせるだろ」

「へえ……!」

 男は膝を叩いた。

「なら俺からも一つ教えるか。もしお前さんが東に行くつもりなら二日待ちな」

「あ゛ぁ? なんでだよ」

「理由はいいんだ。二日だぜ」

 男はゆらりと席を立ち、ウィザの伝票を手に取った。

 ウィザがふっと笑って男の伝票を取る。

 そして目を見開いた。

「テッメエ……!」

「へへっ、ごちそうさん!」

 上機嫌で去る男とは対照的に、ウィザは今にも呪文を撃ちそうな形相(ぎょうそう)で袖口から紙幣を引き抜いていた。


 そして一夜が明けた。

 ウィザが朝食のベーコンエッグにナイフを入れる。

「ソル。ここはいつ出る?」

 イストはぎくりとした。

「今日の昼には研ぎ終わってんじゃねえ?」

 ソルが椅子に立て掛けたサーベルを示す。(つか)の刻印は鍛冶屋から貸し出された印だ。

 ウィザが卵の白身を折りたたんでフォークを刺す。 

「昨日、東に行くのは二、三日待てって話を聞いてな。酔っ払いの寝言かもしれねえが」

「崖崩れとか?」

 ソルが咀嚼(そしゃく)の合間に壁の地図を見やる。

 街の東は森の混じった山だ。

「オレは急がないよ。キミたちのほうが旅に慣れてるだろうし、判断はお願いしていいかな」

 イストは平静を装って相づちを打った。盗み聞きというほどではないが、いたたまれなさはある。

 折よく宿の主人がコーヒーを運んでくる。 

「今日も泊まりてーんだけど、空いてる?」

「一人部屋三つかい?」

 ソルがウィザを示した。

「俺とこいつが二人部屋に移る」

「ああ、なら空きがあるよ」

 宿の主人が延長分の代金を受け取る。

 イストはテーブルに置かれた領収書を見た。

「二人部屋だと安くなるんだね」

「まあな」

 ウィザが片手で領収書を折りたたんだ。


 ごぉん、という振動が通りに響く。


 面食らう旅人たちをよそに、宿の主人がちらりと視線を上げた。

「東の門が開く音だな」

「えっ?」

「近くの村で武装盗賊の被害が多発しててな。安全のためにしばらく門を閉めてたはずだが」

「見に行くか」

 三人は外へ出た。

 が、すでに大通りはやじ馬で埋め尽くされつつあった。

 イストの耳にも雑踏のざわめきが届く。

「聞いたか!? 東の山道でゲリラ戦だってよ! なんでも領主(りょうしゅ)さまが雇った傭兵らしいぜ!」

「賊を確実に取り押さえるために、決行の日時は極秘だったんですって!」

 と、人混みの頭上に天を向いた槍が見えた。苛立ちを含んだ声が響く。

「道を開けろ! 馬車が通ると言っているんだ、横へどきなさい!!」

 槍を持った兵士がやじ馬たちを左右へ追い払う。

 装備からして門付近の見張り役だろう。

 横幅数メートルの通り道の両端に兵士が控え、その中央を馬車が進んでくる。

 御者台には銀の甲冑を身につけた騎士が腕組みしていた。

 おそらく王都所属の騎士だろう。 

 各地の盗賊騒ぎに騎士隊そのものが派遣されることはまれだ。が、捕縛(ほばく)が法の元に行われたことを示すため、立会人としてごく数名が呼ばれることはある。

 肝心の馬車はほろの部分がオリになっており、厳重に鎖をかけられた十数名が顔を伏せている。

 ざわ、と、野次馬たちの間にどよめきが走った。

 注目を集めているのはオリ馬車の盗賊たちではない。その後ろを歩く傭兵たちだった。

 人数にして十五人前後か。

 ほとんどが耐刃ジャケットに部分鎧を組み合わせた重装備だが、何名かは赤いインクで書きなぐったような傷を負っている。

 にもかかわらず、彼らは雑談をしながら自分達の足で歩いていた。

 鉄球、大刃のナイフ、欠けた鉄爪など、くせのある武器が金気(かなけ)の音を立てる。

 と、そのうちの一人がウィザに片手を上げた。


「よ。待たしたな」


 ソルが隣を見る。

「知り合い?」

「酒場でちょっとな」

 ウィザが目を細める。

 傭兵の男が歯を見せて笑う。

 それきり彼らの視線が交わることはなかった。ウィザはソルと、男は傭兵仲間と、それぞれの行く道へ足を向ける。

「イスト。やじ馬が引く前に戻るぞ」

「ああ、うん。今行くよ」

 イストは名前も知らない男の背を振り返った。すでに彼らの姿は人混みの向こうに隠れつつある。おそらく二度と会うことはないだろう。

 運命が少し違えば、ソルとウィザもそういった存在として目の前を通りすぎていったのかもしれない。

 ソルが指を折る。

「安全確認に二時間、手続き受付開始まで一時間、一人目の申請が通るまでざっと二時間待ち。宿押さえてなきゃやばかったな」

「晩飯は一品おごってもらおうか」

「肉?」

「やたら味付けしてねえやつな」

 こうしたやり取りを見るのも何度目だろう。

 イストは故郷での友人たちを思い浮かべた。自分は彼らに何をいくつ借りて、返しただろうか。

 羊皮紙、インク、掃除の当番、閉門時間に間に合わなかったときの助け船。

 きっと全部は返していないし、返ってきてもいないだろう。貸しも借りも一緒にいる限りは生まれ続けるものだから。

「昨日の薬草代」

「おう」

 数枚の硬貨が手から手へ渡る。

 わずかな貸し借りを曖昧にしないのは、ソルとウィザが律儀(りちぎ)だからか。

 あるいはいつか道が分かれることを前提にした線引きなのか。

 この薄い壁を隔てたような感覚に慣れることが『旅人』の条件なら、自分は旅に向いていないだろう。


「おお! お客さんたち、ちょうどよかった!」

 宿の主人がカウンターから身を乗り出す。

「こちらのご夫婦が二人部屋を使いたいらしくてな。悪いが別の部屋に変わってくれんか」

 イストは示された方へ目をやった。

 身なりのいい老夫婦が帽子をとる。

 ソルとウィザが間取り図をのぞき込んだ。

「……空いてる部屋は?」

「ここと、ここと、ここだ」

「あー……床に寝りゃ二人でもいけるか」

「大部屋じゃダメかい?」

 イストは料金表を指した。

「この値段なら、三人で割れば昨日より安いくらいじゃないかな」

 ソルは拍子抜けしたように目を丸くする。

「……お前はいーのか?」

「ベッドが三つあればね」

 イストは片目をつぶって笑った。


 運命がどうだとしても、いつかは道が分かれるとしても。

 一緒にいるなら『仲間』のはずだ。





end.

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