表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よくあるこぼれ話  作者: 鈴乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/32

コンプライアンス

 ある日ある町ある酒場で。住民のほとんどが寝静まった時刻のこと。

「た、助けてくれ、かくまってくれぇ!!」

 若い男が跳ね扉を割るように店内へ駆け込んできた。客たちが一斉にそちらを見る。服装からしてこの町の住民だろう。

「どうしたのさお兄さん、魔物でも出たかい?」

 全身鎧を着た女戦士が席を立った。

 男は床に手をつき、ぜいぜいと肩を上下させている。

「ち、ちがうんだ、……っあの、あの……!」

「ヘイ色男。水だぜ、飲みな」

 優男の吟遊詩人がグラスを差し出した。周りを囲む美女たちから歓声が上がる。

 路銀を稼いだ帰りに一杯、とやるにはちょうどいい立地だからか、ひしめく客のほとんどは旅人だ。

「なんだ、面倒ごとか?」

「盗賊かな」

「やれやれ……」

 めいめいに囁きあい、誰からともなく自分の武器に手をかける。彼らの目に怯えの色はない。日々魔物行き交う街道を歩く旅人たちは、町の人間よりもずっと戦闘に慣れている。

 男が飲み干したグラスを床に叩きつけた。

「ユ、ユニコーンに追われてるんだ!」

 と同時に、一体の馬影が窓を突き破った。

 店内は悲鳴のるつぼと化した。


「おお……我が主よ……」

 ソルはか細い嘆きの出どころに顔を向けた。

 仲間の神官――イストは両手で目を覆っている。背中を掴んでいなければその場に突っ伏していたかもしれない。

 同じく連れの魔導師――ウィザがローブの袖を見て顔を歪めた。

「ホコリがひでぇな」

「こんなとこ掃除しねーからな」

 ソルは汚れを避けるように片足を組んだ。

 パニックが起こった瞬間、ソルとウィザはイストの背を掴み、頭上のシャンデリアの上へと避難していた。

 眼下では額に角の生えた馬がいななきを上げ、片っ端からテーブルに突っ込んでいる。

 巡礼者の数名があたふたと棚の上に逃れた。その向かいで、あけすけな“武勇伝”を語っていた一団が死に物狂いで窓から転がり出る。

 ソルとウィザは半眼で騒ぎを見下ろした。

「ユニコーンにケガさせた罰金っていくらだっけ」

「全員の慰謝料請求で相殺できるんじゃねえか?」

「アレが保護動物なんて間違ってる!!」

 イストが両手のひらで膝を叩いた。


 ユニコーン。

 多くの物語に名を残す、額に一本角を生やした馬である。

 古くは『幻獣』に分類されていたが、人里での目撃例が増えた事により、近年『保護動物』扱いとなった。伝説の生物ほど珍しくはないが、現実に生きる動物としては数が少ない。

 しかし分類がどうであれ、彼らの神秘的な習性は有名だ。

“汚れなき未婚の者”にはすり寄って甘え、そうでない者は額の角で突き殺そうとする。


 つまりユニコーンに関わった者は、物理的な大ケガを負うか、プライバシーを暴露されて精神に傷を受けるか、の二択にさらされる。


 イストが頭を抱えた。

「下手なタブロイドよりタチが悪いよ! もっと繊細な存在だと思ってたのに!」

「聖職者が全員聖人なワケねーだろ」

「なんでこっち見るんだい」

「付き合ってみりゃ話せる奴だな、ってこともあるがな……」

「だからなんでこっち見るんだい」

「あーっと、ちょっといいか?」

 ソルたちは声のした方向に顔を向けた。

 壁の燭台をボルダリングのように掴み、細身で小柄な男が登ってくる。装備の軽さからして剣士や武闘家ではないだろう。

「下で話し合ったんだが、ひとまずユニコーンをここに閉じ込める作戦になった。出入り口に近いやつから外へ出て、窓やドアを押さえてる」

「りょーかい」

「ああ、待った待った!」

 男は両手の指を広げた。

「……あんまり壁が丈夫じゃないそうでな。誰かが残って取り押さえなきゃいけないんだが、下手にさわるとケガじゃすまない。ってことで、足の早い奴らはシスターか赤ん坊を探しに行ってる」

「寝てるに決まってんだろ」

 ウィザがため息と共にローブの飾り紐をほどいた。胴を二巻きしてなお余る編み込みの紐を結び、簡易的な手綱を作る。

「全員出たら教えろ」

「お、蹴られねえ自信があんのかい?」

「馬の扱いは慣れてんだよ」

 ウィザが手応えを確かめるように手綱を引っ張る。

 ソルは肩をすくめてイストを示した。

「んじゃ、コイツ外までよろしく」

「ソル、キミは!?」

「付き合い」

「なんの!?」

「まあまあ神官さま。着崩した連れは他人に見せたくねえってことだろ」

「そーそー」

「冗談言ってる場合じゃないよ!」

 さらに言い募ろうとするイストをなだめ、男が肩越しにウィンクをよこす。ソルはひらひらと手を降って見送った。

 一人、また一人と旅人たちが外へ逃れ、無人の酒場にテーブルの砕かれる音がむなしく響く。ユニコーン自身も破片でいくつかの傷を負っている。これならば多少傷が増えてもごまかせるだろう。

 ウィザが身を乗り出して下をのぞいた。

「一通り走らせて戻ってくる。普通の馬ならそれで気が済むだろうが、どうしても聞き分けねえなら気絶させるぞ」

「おう」

「ッおい待て」

 長剣にかかった手をウィザが掴んだ。

「抜くなよ。金の話じゃねえ、余計暴れて面倒になる」

「お前あいつに振り落とされねー自信あんの?」

「あの程度じゃガキも落とせねえよ」

「……マジで?」

 ウィザが得意気に口元を吊り上げた。

「見てろよ」

 ウィザがシャンデリアから飛び降りた。ローブの片足側をさばき、ユニコーンの背中へ着地する。

 いなないた口が手綱を噛んだ。

 ユニコーンが体を左右へ振り、鼻息荒く床を蹴る。

「っはは!」

 ウィザが声を上げて笑った。

 後足で伸び上がったユニコーンのたてがみを掴み、逆の手のひらで軽く首筋を叩く。

 どすんっ! と、ユニコーンの前足が床を打った。反動で浮いたローブの裾が空気をはらむ。

 ソルは天井へ視線を反らした。

 なおも続く蹄の音には耳を向けつつ、こっそりと片目を覆う。

「(見てろ、……ってなあ)」

 ソルはため息を吐いて頭を振った。

 縦横無尽に床を駆ける蹄の音は少しずつ軽やかになりながらも、確実にシャンデリアの真下に近づいている。

 ソルは長剣を鞘ごと引き抜き、ユニコーンめがけて飛び降りた。



end.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ