伝説の都市伝説
いつの時代も不確かな噂はあるものだ。
ソルは持ち物から聖水を取り出した。
手のひらに収まる程度のガラスビンを開け、たき火を中心に撒く。
弱い魔物を寄せ付けないための、野宿の必需品である。
と、ふと思いついて旅仲間の神官を見る。
「そう言や、教会の聖水は腐らねーってマジ?」
「まさかぁ。底のラベルに使用期限が書いてあるよ」
「ホントだ」
多くの知識人は知っている。
かつてガラスビンの製造法が確立されていなかった時代、もっとも高い気密性を誇っていたのが教会の聖水ビンだった。
他のビンに比べて中の水が傷みにくい。
そこから『主の祝福を受けているから腐らない』という噂が生まれた。
魔導師が胡乱な目で神官を見る。
「まさか中身は井戸水じゃねえだろうな」
「教会が管理してる湧き水だよ。普通の人は立ち入り禁止の山奥にあるんだ。毎日祈祷と水質検査をしてるから、質は保証するよ」
「へえ」
一部の聖職者は知っている。
かつて教会のトップシークレットに『ガラスビンの製造方法』があったことを。
気密性の高い聖水ビンを買い求める人々によって、教会の資金は大いに潤った。
道具屋界隈からは製造法の公開を求める声が寄せられたが、時の僧正たちはこれを拒み続けた。
『主の祝福を受けているから腐らない』
という世間の噂は、教会にとって最高の宣伝文句だったのである。
とはいえ、当時は毎日のように改良品が生まれる工業の全盛期。教会独自の技術は数年のうちに追い抜かれ、世間には噂だけが残った。
そして教会内部では、『資金のために製造法を秘密にしていたこと』自体が秘密となっている。
「『ジャック&スミス工房謹製』?」
「有名なガラス職人さんだね」
「よそに頼んでんのかよ!?」
現在、教会はガラス製品を一般の工房から購入しており、年間の経費は街を一つ運営出来るほどにもなると言われている。




