81. アダムとイブ ④
巨体化した僕とイブは、元の体に戻ることに成功した。
僕の体は前と同じようにイブに魂を引っ張ってもらい、再生した体に魂を戻した。
僕の魂はイブの『運命共同体』で繋がっているのだが、これを利用して、僕の方からもイブの魂を引っ張ることが出来た。
そうして意外にもあっさりと、僕とイブは元の体に戻った。
イブの能力のおかげで、元の大きさに戻れないという巨体化のデメリットはなくなった。
その後は、ミキリを殺すべく、強い生物の開発を続けていた。
「やっぱり、『魔力』だけで作った生物は強さに限界があるような気がする」
「またやってるの? もういいじゃない。
アイツら攻めこないんだし」
僕とイブがミキリを殺すのに失敗してから、かなりの時間が経った。
けれども、アイツらが攻めてくることはなかった。
『情報を集める』という意思を持った生物を送り込むと、ミキリ達が仲間割れを起こしていることが分かった。
僕とイブの攻撃が仲間割れのきっかけだったようで、あの攻撃は無駄じゃなかったようだ。
あれ以降も生物に襲わせ続けて、結果として僕の生物が大陸の半分を支配した。
今ではこちらが『魔界』、残った人やミキリ達がいる方を『人界』と呼んでいるらしい。
色々と面白そうな情報を生物が取ってくるため、人界の様子を知ることが日々の楽しみになっていた。
こうやって、あちらの世界を覗きつつ、のんびりと暮らしていけたら。
そんな事を僕だけじゃなくて、イブも考えていた。
でも、僕だけは危機感を持っていた。
人界が繁栄すれば、いずれ生物(アイツらは魔獣と呼んでいた)が押し返され、僕とイブも殺されてしまうのでは、と。
だから、先にやらなくちゃいけない。
アイツらが油断している隙にミキリを殺さないと。
「最近、アダムが怖い顔してる。
何考えてるの?」
危機感を持っていないイブはきっと反対するだろう。
それでも、言うことにした。
「アイツらが油断している今がチャンスだと思うんだ。
今、ミキリを殺そう」
「………………うん、いいと思うよ。
アダムがそう思うなら、それが一番良い選択だと思う」
イブは悲しそうな顔でそう言った。
心の中では反対なのだろう。
でも、僕の考えていることの重要性はイブにも伝わっているはず。
これは、僕とイブにとって大切な事なんだ。
イブの了承が得られたことで、僕は準備していた生物をイブに見せた。
「何これ? 風船? 気球?」
「大体そんな物。これを王都まで飛んで行かせる」
作ったのは、丸くて大きな生物。
地面に固定するための縄を外せば、指定した場所に飛んでいく。
そして、その体内には凝縮された魔力が詰まっている。
「凄い魔力の量!! この魔力、どうやったの!?」
驚くイブに僕は種明かしをした。
「簡単な話だよ。
魔力を植物に作らせたんだ」
「『魔力を作る』生物を作ったのね」
「そう!! しかも、出来上がった魔力が特別でさ。
この特別な魔力の塊を放っておくと、謎の生物が出来るんだ!!」
「謎?」
「なんか炎の塊みたいな奴とか、土の塊みたいな奴とかが人の形で動くんだ。
しかも、普通に作った生物よりも強い!!
しばらくすると魔力が切れて消滅するけど、これを王都に送り込んだら、消滅するまで暴れてくれるはず」
「…………ミキリを殺すんじゃなかったっけ?」
イブは気付いたようだ。
そう、今回の標的はミキリじゃない。
ミキリもついでに殺せたらいいけど。
「今回の標的はね。普通の人」
イブが更に嫌そうな顔をした。
「ミキリを殺せたらいいけど、アイツらの中に未来を見る人がいるらしい。
中途半端な攻撃じゃ、前みたいに上手く対処されて終わる。
だから、対処出来ないぐらい多くの人を狙うんだ。
発展が収まれば、また人界が発展するまでの時間稼ぎになる。
これを繰り返せば、アイツらが強くなるのを防げる」
「分かった。でも、約束して?
そうゆう『殺す』とかは、もうこれっきりにして欲しいの」
「なんでさ? 僕とイブが安全に生きるには、アイツらを殺さないと」
「ハッキリ言うけどね?
………………怖いの。
アダムの中にある悪意が『運命共同体』で私に伝わってくる。
私は、…………強くて私を守ってくれるアダムのことが好き。
でも、人を殺そうとしているアダムは嫌………」
ずっと前から、イブは何かを言おうとしては黙ることが多かった。
今回は勇気を出して、今まで黙ってた事を言ってくれたんだ。
「……うん、約束する。
今回の攻撃が成功したら、二人でのんびり過ごそう」
アイツらが再び力を付けるまでは、という言葉は言わなかった。
植物由来の魔力の塊をお腹にパンパンに詰めた生物は、王都までゆっくりと飛んでいき、王都上空から急降下した後、王都を吹き飛ばした。
本体の爆発が想像以上の火力を出し、その後予定通り大量の謎の生物が発生して、生き残った人々も大量に殺した。
結果は最高だった。
関係ない人をたくさん殺したが、それは仕方のなかったことだ。
そして、後の情報でミキリが大怪我をしたことが分かった。
これで目的はほとんど達成した。
僕は満足したが、イブをやはり悲しそうだった。
それでも、二人で心配事のない日々を送ると、イブにも自然と笑顔が増えていった。
魔界での生活に飽きた僕とイブは、能力を使って人界に遊びに行った。
海の巨大生物を釣るお祭りは毎年のお楽しみで、うっかり見つかったこともあったが、僕たちを見つけた子供は海に引きずりこんで始末した。
そうして、ゆったりとした日々を過ごしていた僕の元に、驚きの情報が伝わってきた。
元帥と名乗り始めたミキリの仲間は、ミキリの大怪我を治し、僕を殺しに来るつもりらしい。
様々な生物を差し向けるも、元帥は強く、効果はなかった。
僕たちは遺跡の生物を作り、そこに引きこもったが、元帥はその中に攻め入ってくる。
僕とイブは覚悟を決めた。
ミキリとその仲間を殺すか、ここで殺されて二人とも死ぬ、と。
普通に戦ったら勝てなさそうだが、戦闘を有利に進める秘策があった。
それは、ミキリとその仲間を『僕とイブに味方する』生物に変えてしまうという方法だ。
魔力を流し込んだ他の生物は僕の思い通りに変えることが出来た。
だったら、元帥と名乗る彼らにもこの方法は有効なはず。
実際に試してみると、魔力を流し込むことは出来なかった。
弾かれたんだ。
『僕とイブに味方する』生物に作り変えることは出来なかった訳だが、代わりに彼らの能力を無効化出来た。
僕の能力が弾かれて彼らに効かなかったように、彼らの能力も僕の能力と接触したときに無効になったようだ。
能力が無効化すれば、彼らを倒すのは簡単だった。
僕は魔力を流し込んでいるから無効化の原因が予想できたが、彼らには何が起こったのか分からなかったのだろう。
能力が無効化されていることに気付かず混乱する彼らを一人ずつ始末した。
結果、数名には逃げられたが、ミキリを殺すことに成功した。
僕とイブにとって最大の敵、ミキリを倒したことで僕は浮かれていた。
浮かれてしまった。
残った彼らを生物に監視させていたが、まさかミキリを失った状態で攻めてくるとは思わなかった。
そして、まさかそんな彼らに倒されるとも思わなかった。
接触したときに魔力を流し込む方法は見抜かれていたようで、巧みに攻撃を回避して、魔法で作った風の刃で反撃してくる。
接触していないから魔力を流し込めず、僕はあっさりと敗北した。
僕が前に倒された時と違い、『運命共同体』で強く繋がっていたイブにも、その分のダメージが入ったようで、二人の体は消滅した。
強くなったと勘違いしていた。
彼らが弱いと勘違いしていた。
そして、僕とイブは死んだ。
と、彼らは思っただろう。
死んだのはあくまで体だけだ。
ふわふわとあの世に向かう僕の魂をイブの魂が引っ張った。
僕も飛んでいきそうなイブの魂を引っ張った。
繋がっている二人の魂は互いに引き合うことで、あの世ではない場所へ向かうことが出来る。
そこには僕とイブが死んだときに備えて、予備の体が保存してある。
誰にもバレないような地中に、だ。
あそこで体を再生し、死んだことになった僕とイブはまた平和な時を過ごせる。
ゆっくりとその方向に向かっていたが、段々と流れされているような気がする。
何かがおかしい。
「イブ!! どうしたの!?」
僕の呼びかけにイブは応じない
イブの魂を引き寄せようとするも、糸は繋がっていなかった。
引っ張っても感触がない。
「イブッッ!? どうしたんだッッッ!!
返事をしてくれッッッ!!」
その時、視線を感じた。
魂だけになった僕には、イブの『運命共同体』でしか干渉出来ないはず。
振り向くとそこには、少女がいた。
干渉出来るはずのない"魂"を、直視する少女。
何故この少女が戦闘に参加していたのか、これまで分からなかったが、今やっと分かった。
僕とイブの体が消滅しても死なないことが何故かバレていたんだ。
だから、魂に干渉出来る能力を持った少女が選ばれたのか。
現実世界にいる少女の姿はあやふやだが、その手に剣が握られているのは見えた。
その剣に、僕とイブの繋がりは絶たれたんだ。
絶望とともに上昇していく僕の魂を、更に"風"が襲う。
万が一にも生き残ることが無いように、その少女は魂すらも殺そうとしていた。
魂だけではどうやっても抵抗できず、バラバラに引き裂かれ、ねじれていく。
そんな僕の魂に、別の魂が混ざった。
これは、刻まれたイブの魂だ。
イブの優しい感情が、僕の魂に入ってくる。
いつだってイブは、大人ぶる僕に付いてきてくれた。
頼りなくて、結局ダメダメだった兄を慕ってくれた。
残されたイブの魂が語りかけてくる。
「私はアダムと居られて嬉しかったし、楽しかったし、幸せだった。
だから、後悔はないよ。
アダムは………どう?」
イブは不安そうに聞いてくる。
どうだったか?
もちろん、幸せだったさ。
イブと一緒に居られたんだから。
「…………………………そう。
アダムがそう言ってくれて良かった」
嘘をついた。
本の少しの嘘を。
伝わってしまったかもしれない。
僕は幸せだった。
それは間違いない。
イブと一緒に居られただけでも奇跡だ。
でも、わがままを言うなら、イブと一緒に成長して、家で楽しく過す。
そんな"未来"が見たかった。
僕とイブが暮らしていたような"昔"は、どれだけ探してもこの"世界"には存在しなかった。
あの頃が輝いて見えるのはどうしてだろう。
あんな酷い親がいたのに、やっぱりあそこが家だと思ってしまう。
それなのに、家には帰りたくないとも思う。
こんな感情矛盾している。
どちらがおかしいだろう?
親のいる家。
僕とイブが殺された家。
この"世界"に来たときから、僕の感情は歪んでいた。
大人になろうとしても、歪んでしまう。
体がどうしても受け付けない。
自分が大人であることに、些細な恐怖を感じてしまう。
そんな僕にイブは、「大人にならなくてもいいよ」と言ってくれた。
イブはいつだって気持ちの良い方に僕を連れて行く。
今回もまた、僕の手を握ったイブが上へ上へと僕を連れて行く。
今度こそは大人しく、イブについて行こうと思った。
けれども、風が吹いている。
風に乱された僕とイブの魂は薄れ消えていく。
剣を納めた少女は僕とイブが消えるまで、こちらを見つめていた。




