80. アダムとイブ ③
僕とイブは数年、平和な時を過ごした。
誰もいない山、川、海、平原での生活は二人だけの楽しい時間だった。
日常生活をする上で大変なことも多かったが、大体は僕の能力でどうにかなる。
この不思議な能力をちゃんと認識したのは、二人で逃げてからしばらく後。
山で食料としてウサギを狩ったとき、『ステータス』という不思議な画面が現れ、一時的に時間が停止したときだった。
僕の画面には『成人』という文字が、イブの画面には『運命共同体』という文字が表示されていた。
何か特別な能力があると分かったが、説明文が複雑で分からなかった。
それ以降、何故か『ステータス』が表示されることもなくなり、文字で能力の説明を見ることは出来なくなったが、能力の詳細は使えばわかる。
僕の能力は『自分の体を成長させること』。
しかし、単純に体を大きく成長させるだけでなく、千切れた体を別の生物や無機物に混ぜて、変化させることも出来た。
これが、出来るようになったのは、ミキリのおかげだ。
もちろん、感謝はしていない。
生物や無機物に"力"を注ぎ込むことでも、それらを変化させることも出来る。
別に体の一部、例えば血肉を引っ付けなくても、"力"を込めればいい訳だ。
この能力を使って、僕とイブの仲間を増やした。
最初に拠点にした山では、周囲の岩や木々に力を込めて、『周囲を警戒する』という意思を持った木々を作った。
狩りも途中からは能力を使い、『捕まえる』という意思を持った落とし穴を作って、楽が出来た。
僕とイブは拠点でのんびりと過ごし、『食料を取ってくる』という意思を持った熊が食料を運んでくれる。
不満はなかったのだが、一年、二年経つと、ある事に気が付いた。
体が成長していない。
二人の身長は一切変わらず、二人とも子供のままだった。
僕の能力『成人』を使えば、体は大きくなる。
ただし、あの姿は、醜く、膨れ上がっただけだ。
決して成長したとは言えない。
僕とイブの体は成長しない。
僕とイブは一生『大人』にはなれないんだ。
「でも、成長しなくても別に困る訳じゃないし、大人になれなくても、今のままでいいよ。
また、ミキリが襲ってきたら、前みたいにアダムが大きくなって守ってくれるでしょ?
能力があれば、大人になれなくても問題ないよね」
イブは簡単そうに、そう言う。
でも、僕はミキリに勝った訳じゃない。
生き残っただけだ。
生き残ったのも、イブが僕の魂を引っ張ってくれたからだ。
また、イブが引っ張れるかはわからないし、僕の体が同じ大きさに戻るかも分からない。
ミキリに巨体を解体されたとき、体内には元の大きさの僕がいた。
そっちも殺されたけど。
だが、次はどうだろう?
いつの間にか、巨体が僕の体になっていて、イブに救ってもらっても巨体が治らないかもしれない。
巨体から戻れず、イブに恐怖され続ける日々なんて嫌だ。
それに問題は僕だけじゃない。
もし次にミキリに会えば、ミキリはイブが成長していないことに気付くはず。
イブが狙われたら、ひとたまりもない。
それを知ってか知らずか、イブは心地よさそうに風に吹かれていた。
この平和を守る為に、いつかミキリと決着をつけなければ。
それは当然、ミキリの死という形で。
ビクビクとしながらも平穏な日々を続けていたある日。
遂にミキリの居場所が分かった。
僕の能力で、『ミキリを見つける』という意思を持ったリスを作っておいたのが役立った。
ミキリは仲間を増やし、僕が能力で作った生物を片っ端から殺しているようだった。
ミキリはあの頃から変わらず、僕の命を狙っている。
でも、今回はこっちだって狙っている。
能力を使い、『ミキリを殺す』という意思を持った生物を作り続けた。
数百、数千、数万。
途中からは、『ミキリを殺す生物を増やす』という意思を持った生物も作った。
これで放っておいても、ミキリを殺す軍団が増え続ける。
数ヶ月後、それらの生物を引き連れて、ミキリとその仲間が滞在している街を近くの山から見下ろしていた。
「本当にやるの?
アダムは大きくならなくても、いいんじゃない?」
イブは不安そうに言う。
僕だって、体が元の大きさに戻らないかもしれないと思うと、能力で巨体化するのは怖い。
でも、ミキリが反撃してきたら、巨体じゃないと戦えない。
直前で巨体化に失敗なんてしたら、二人とも死ぬ。
「ここで終わらせないとダメなんだ。
ミキリとその仲間を殺さないと、僕とイブは平和に生きられない」
事前の調査で僕たち同様、ミキリも歳を取っていないことが分かった。
一生逃げて暮らす生活も考えたが、『一生』なんて終わりはない。
僕たちにもミキリにもないなら、僕たちがミキリを殺さないと終らない。
僕は覚悟を決めて、『成人』を使い、巨体化した。
体が張り裂け、中から巨大な体が出てくる。
僕はいざと言うときに、イブを守らないといけない。
イブも『運命共同体』を使って、僕に魔法をかけた。
僕が強く、俊敏に、頑丈になる魔法を。
『運命共同体』の効果で、イブが僕に魔法をかけるときは効果が数百倍になる。
僕が合図を送ると、周囲でジッと待っていた生物が動き出す。
地鳴りとともに土埃を舞い上げ、殺意のこもった生物は街を襲い始めた。
突然の襲撃にも関わらず、ミキリとその仲間は淡々と対処していった。
陣形を組み、ウジャウジャと押し寄せる生物を効率良く殺していく。
想像以上に、ミキリとその仲間は優秀だった。
でも、こっちには数万の軍団。
わずか数人のミキリの仲間ぐらい押し切れるはずだ。
それから一時間、ニ時間と時間が経過したが、イマイチ攻めきれていなかった。
少しずつ押しているものの、ミキリの仲間を誰一人殺せていない。
普通に作っただけの雑魚じゃ、ミキリ達の相手にならないのか。
もっと能力を工夫する必要が――――
「テキッ!! テキッ!!」
周囲の警戒をしていた生物が声を発した。
「あそこに誰かいる」
イブが指差した方向に全力で飛んだ。
一撃で仕留める!!
相手は攻撃に気付いていない様子だった。
それなのに、踏みつける直前、そいつの体が横にズレた。
上の空みたいな顔をしたそいつに、あっさりと避けられたのだ。
続けて、そいつは流れるように剣で反撃をしてくる。
ミキリの攻撃が頭に浮かんだ。
イブの魔法で防御しているが、何処まで通用するか分からない。
もしコイツがミキリよりも強かったら、この剣の威力が想像を超えていたら。
嫌な予感が頭を駆け巡る。
完璧なタイミングの反撃で避けることは叶わず、こちらも反撃で繰り出した拳に剣が直撃した。
拳に当たった剣はあっさりと折れた。
そいつも僕も一瞬、呆けた顔をしていた。
分かったこと。
『僕の方が強い』
反撃は無視して攻撃のみで攻める。
そう思い、次の攻撃を仕掛けようとしたときには、そいつは走り出していた。
恐ろしく判断が早い。
しかも、そいつの走り出した方向にはイブが。
こいつ、今の一瞬で、イブを敵と認識したのか!?
そいつは人間とは思えない速さで山を駆け上がり、折れた剣でイブを攻撃する。
しかし、イブは微動だにしない。
僕が動きやすいように止まってるんだ。
僕はイブの所に直線的にジャンプして、抱え込むようにしてイブを守った。
折れた剣は僕の体に弾かれて意味をなさない。
しかし、か弱いイブを雑に扱えば、殺してしまう。
抱え込んだ状態で身動きが取りづらいことを見抜いたのか、そいつは猛然と走り出した。
しかし、今度は逃げる為のようだ。
あいつを殺したいところだが、イブが見つかった以上、置いていけば殺されるかもしれない。
「ねぇ、アダム。
私のお願い、覚えてる?」
イブの『運命共同体』の能力で、少し前から僕とイブは脳内で会話が出来るようになっていた。
突然話しかけられて驚いたが、それよりも、お願いというのはあの事か?
「それは無しだって、言ったよね?」
「私ね、アダムの足手まといになりたくないの。
でもね、置いていかれるのはもっと嫌。
だから、私をアダムみたいに大きくして」
「ダメだッ!! イブを僕みたいに醜くするなんて!!」
「じゃあ、美しく、大きくして。
これまでたくさん能力を使ってきたアダムなら、出来るでしょ?」
僕はいつかこうなる事を薄々分かっていた。
ミキリが殺しにきたら、僕だけが死ぬつもりだった。
でも、それをイブが嫌がることも知っていた。
だったら、二人一緒に生きるか、二人で死ぬか。
それを考えたときに、僕と同じようにイブも巨体化させるのは自然と頭に浮かぶ案だった。
それをしなかったのは、僕の気持ちだけで決められないから。
それをイブが望むなら。
「失敗しても、文句言わない?」
「言わない」
イブは急かすように即答した。
覚悟が決まっていなかったのは僕だけのようだ。
恐る恐る、僕は"力"を込めた。
慎重に、丁寧に、美しく、頑丈に。
ゆっくりとイブの体が内側から崩れ、新たな白い肌が現れた。
少しずつ体積を増やしていき、イブは僕と同じ大きさになった。
体の表面はつるりとして、白く硬い肌。
細い目が少し開かれ、イブの口元が緩む。
「ありがとう。アダム」
「イブ!! 成功したんだね!!」
「成功を祝うのは後。味方、やられちゃったみたい」
突然現れたあいつのせいで、軍団の指揮が取れなかった間に、味方の生物はあっさり全滅したようだった。
「逃げようよ」
イブの大人びた声が聞こえた。
僕と違い、発音がしっかりと出来ている。
いや、僕が出来ないのがおかしいのか?
自分で自分の体を作っているから、イブが出来るなら僕にも出来るはず。
なんで今まで出来なかったんだろう………。
「どうしたの? 早くしないと二人とも死んじゃうよ?」
イブの差し出す、美しく白い手を握った。
イブに力強く引っ張られ、敵から遠ざかっていく。
こうやって何処までも敵のいない場所へ逃げて、イブと過ごせたら………。
イブはいつもこうやって、僕を気持ちのいい方向に連れて行ってくれる。
イブはいつも甘やかしてくれる。
だからこそ、僕は自分を律する必要があるんだ。




