79. アダムとイブ ②
水面に写る、僕の姿は醜かった。
膨れ上がった顔は不気味で、腕や胴体は皮膚が張り裂けて、そこからピンク色の肉が飛び出している。
醜く、大きく、強くなった。
「…………あーちゃん………?」
イブが恐る恐る様子を伺ってくる。
この姿になってから、イブは僕を怖がってしまい、二人の間に距離が出来ていた。
僕が近づけばイブが怖がって逃げてしまうため、僕が先を歩き、イブがトボトボとついてくるのを確認しながら、村を散策する。
村には、色々な食料が備蓄してあり、しばらくは生活できそうだった。
村人はあれから帰ってこない。
「イブ、ショクジ……」
僕がそう言うと、イブは自分の分の食べ物を取って、食べ始めた。
僕はお腹が空いてないので、食事は控える。
それにしても、僕はどうなったんだろう。
この体、人間じゃない……。
僕は生まれたときから化け物だったのか?
お父さんが殴ったり蹴ったりしたのも、僕がお父さんの子どもじゃなかったから?
変な考えが頭に浮かぶ。
頭の働きは良いのに、それが全て嫌な事を考える為に使われている。
ダメだ。今日は寝よう。
イブを村人のいなくなった家で休ませ、僕は家の外で寝転がって目を閉じた。
翌朝、イブが朝食を終えると、イブを村に残し、アダムは何処かへ行ってしまった。
イブはアダムの『すぐに帰ってくるから、待ってて』という言葉を信じて、村で退屈に過ごしていた。
村にはやはり誰もおらず、困った様子の家畜を観察して暇を潰す。
「あーちゃん、おっきくなった。
いーちゃんのこと、………じゃま?」
アダムに置いていかれる恐怖が心に巣食う。
イブは自分も変わらないといけないと思った。
アダムはイブを守る為に大きくなったのだから、イブもアダムを守る為に――――――
「ねぇ、君、ここの子?」
突如、誰もいないはずの村で少年に声をかけられた。
「えぇぇ? …………」
イブは緊張で上手く答えられない。
「ま、いいや。それよりもさ、『バケモノ』知らない?」
「バ、バケモノ?」
「そう。おっきくて、怖そうなやつ」
「えっ!! ……………えっ、えぇぇっと………」
アダムの事だとすぐに分かった。
でも、教えたくない。
教えない方がいい気がする。
イブの返答を求めて、『それで? 知ってるの?』と、少年は聞いてくる。
気まずい沈黙がしばらく続いた。
「ん? 何の音?」
少年は耳を澄ませているようだった。
イブも真似して耳を澄ますと、ドスンッドスンッと重たい足音が聞こえる。
アダムが帰ってきたんだ!!
オロオロするイブを放置して、少年は音の方に向かった。
そこでアダムと少年は対面した。
大きく醜いアダムを見ても、少年は怖がらない。
それどころか、意気揚々と、
「お前が村の人を襲ったバケモノかッ!!
勇者『ミキリ』が、お前を倒しに来たぞッ!!」
と、名乗りを上げた。
アダムはその少年を見下ろして、『幼い子どもの戯言』と判断した。
コイツを殺すのは簡単だけど、イブの友達だったら殺すのはマズイ。
イブの目を見ると、心配そうにこちらを見返してくる。
友達なのかな?
別に言ってくれれば、傷つけたりしないよ。
こんな見た目だけど、この少年と仲良くなれるかな?
そう考え、アダムは屈んで目線を下げながら挨拶した。
「ミキリ、イブト仲良クシテクレタンダ。アリガ――――」
突然、ミキリと名乗った少年は背中から二対の剣を引き抜いた。
そして、アダムが手を引っ込めるよりも早く斬りつける。
若干の痛みに、後退ったときには、
「キエタ…?」
姿は消えていた。
押し寄せてくる悪寒に立ち上がった瞬間、体中から血が吹き出した。
「ゥワァァァァッッッ!?ナニガッッッオコッタ!?」
視界の端で、影が飛び交う。
その直後に体が切り刻まれていった。
凄い速さで切られてる!?
コイツ何なんだッ!!
驚いて飛び退くと、ようやく攻撃は止んだ。
ミキリはフワリと着地すると、迷わずアダムへと接近する。
殺される!!
アダムの脳内で恐怖が沸き起こった。
逃げようと思ったが、イブがいる。
イブは油汗を流しており、普通の状態には見えないが、幸い怪我はない。
イブと僕は仲間だと思われてないんだ。
それが分かると同時に、ミキリの猛攻が再開された。
またもや、切られた瞬間に姿が消えて、高速で刻まれる。
しかし、イブが大丈夫と分かった今、僕は自分の心配をする必要があった。
この体になってから痛みに鈍くなったと思っていたが、切られれば切られる程に痛みが増している。
その痛みが"死"という本物の恐怖を呼び起こす。
堪らず、逃げ出した。
しかし、先程と違い、猛攻は止まない。
「逃がすと思った? もう、お前は逃げられないよ!!」
全力で山を駆け上がり、大地を踏みつけながら無我夢中で走った。
イブのいた村から離れたので、巻き込む心配はなくなった。
しかし、それだけの距離を移動したのに、ミキリの猛攻は続く。
段々と体の肉が削ぎ落とされていく。
切られた箇所はすぐに治るが、それ以上に切られるのが速い。
削ぎ落とされて、足の肉が薄くなったことで、足はアダムの巨体を支え切れずにボキリと折れてしまった。
「ゥッッッ!!ウガァァアアアアアアッッッ!!」
激痛が走り、派手に転んだ。
痛む足は修復を始めたが、修復した箇所から削ぎ落とされていく。
もう一度立ち上がることは叶わず、怯えてうずくまるアダムの体をミキリは淡々と解体していった。
手足が切り落とされ、手足が再生する間に胴体が切り開かれていく。
目も耳も聞こえなくなったと思ったら、くぐもった音がする。
「何の音?」
次の瞬間、光が差し込んだ。
巨体の心臓部分にあった、アダムの本当の体が日の光を浴びる。
ピタッとミキリの猛攻が止んだ。
「へー、本体はそんな感じなんだ」
興味なさそうにそう言うと、ミキリの剣がアダムの心臓を貫いた。
「うぐゥゥゥッッッッ!! ……ゴハッッ!!」
心臓を貫いた剣はそのまま体内を切り裂き、もう一方の剣は喉から肺にかけてを切り裂く。
声すら出せず、熱が体内から出ていくのを感じる。
………冷たい。
……………………。
「四天王ってところかな?」
剣に付いた血肉を拭いつつ、ミキリは殺した相手の事を考えていた。
中に人っぽいのいたけど………。
「そうゆう攻略方法なのかな?
レベルアップしなかったのも、本体は雑魚ってパターンか。
しょっぱい経験値だし、二度とやんない!!」
流石に疲労が溜まった為に足元がおぼつかないが、帰るだけだから、大丈夫!!
そう思った瞬間には、コテンッと転んでいた。
「あいたたた!! やっぱり『戦闘狂』は車酔いみたいになるなぁ。
ちょっと休んでいくか!!」
地面に腰掛けて休もうとするも、今度は座っていることすらままならない。
「さすがに、おかしいよね!?
なるほど地面が動いてるんだ!!納得!!」
座っていた地面から現れた謎のバケモノに剣を突き立て、弱点っぽい箇所を切り刻む。
バケモノはあっさりと息絶えた。
「もう何なんだよ!!連戦は疲れるっていうのにさ。
ドンドン敵、湧いてくるじゃん!!」
周りを見渡せば、モゾモゾと動く怪し気な生物が多数。
しかも、どれもこれも、向かってくる。
よく観察すると、それら全てが巨体のバケモノの肉片から生まれているようだった。
地面や草木に引っ付いた肉片が、それらを異形のバケモノに変えて、ミキリを襲う。
「仕留め損ねたかな? いや、そんな訳ないか……」
後ろを振り向けば、巨体のバケモノの死体がある。
中にいた本体も変化なし。どう見ても死体だ。
「これ放っといたら、村の女の子ヤバイよね?
全部倒さないとダメかぁ。
って、途中でけっこう肉を切り落としたから、全部がバケモノになってたら凄い数になっちゃう!! やっば!!」
納めたばかりの二対の剣を引き抜くと、ミキリは残党狩りに走った。
* * * * *
「…………………………」
そこには何もなかった。
死んだばかりのアダムは、まだ世界に存在していた。
魂が残っているのかもしれないが、何も感じられない。
真っ暗闇に吸い込まれて、自分という存在が消えそうになった瞬間、細い糸のような物に引っ張られた。
「何? 誰?」
グイグイと引っ張られて、数十分、ようやく落ち着いた。
しかし、今度は痛みが全身を襲う。
「痛いぃッッッッ!! もう死んだはずなのに、こんな痛み何処から……」
グチュグチュと気持ちの悪い音が続き、段々と視界を認識出来るようになった。
音も感触もある。
体の変化が終わると、そこは村だった。
いつもよりも大泣きしているイブが抱きついてくる。
「痛ッ!! 痛いッ痛いッ痛いッ!!
抱きつかないで!! イブッ!!」
僕の訴えを聞いて離れたイブは開口一番、
「馬鹿ッッ!!置いてかないでよッッ!!」
と、叫んだ。
僕の魂はイブに引っ張られて、村に戻ってきたようだった。
僕とイブは不思議な力で繋がっているのかもしれない。
「あれっ? イブ、なんか大人っぽくなった?」
「んんん? …………………そう?」
自覚は薄いようだが、明らかにイブは変わった。
見た目に変化はないけれど、前みたいな泣き方じゃなくなった。
誰かにあやされなくても、自分で泣き止むようになっている。
僕みたいに急激に変化している。
「アイツが戻ってくるから、その前に逃げよう」
「うん!!」
元通りに小さくなった僕とイブは手を繋いで、元気に駆け出した。




