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元勇者の先生と勇者になりたい少女  作者: 小骨 武
第一の魔王討伐
78/82

78. アダムとイブ ①



 それは、日本のとある家庭で起きていた。



「親に向かってなんだ?その目はッッ」



 蹴りが飛んできて、つま先がお腹を抉る。

 息が止まり、蹴られた勢いで壁にぶつかった。

 ぶつけた頭が痛いし、蹴られたお腹が痛い。



「このッッッ!!クソガキッッッ」



 なんで怒られてるかは分からない。

 いつだって、そうだ。

 お父さんの視線が空中をさまよい、ピタッと僕に焦点が当てられる。

 次の瞬間に殴る蹴る。

 それがお父さんの機嫌次第で続くのが日常だった。



「だいじょうぶ?あーちゃん?」



 それが終わると、いつも通り『いーちゃん』が心配そうにかがんで見つめてくる。

 お腹は痛いし、頭もたんこぶが出来てると思う。

 でも、



「だいじょうぶだよ。いーちゃん!!」



 証拠にニコッと笑って見せると、いーちゃんも笑顔になった。

 大丈夫。大丈夫。

 いーちゃんが大丈夫なら、だいじょうぶ。


 いーちゃんは妹だ。

 年は同じだけど、ちょっとだけ僕が早かったから、僕が兄でいーちゃんが妹。

 ほとんど産まれたのはいっしょだけど、いーちゃんは弱々しくて、泣き出すと止まらない。

 いーちゃんがお父さんに蹴られて泣いてるのを見て、僕は決めた。


『兄として、いーちゃんを守る』


 その為に、お父さんが視線を動かすときは、わざと殴られるように動いた。

 痛くて、苦しくて、それでも大丈夫。

 だって、いーちゃんが大丈夫だから。


 ……………そう、確か、あの時。

 いーちゃんが大丈夫……じゃなかったから…………………



  *  *  *  *  *  



 冷たい。

 背中や足に触れる何かが冷たい。

 これは地面?



「あー………!!」



 名前を呼ばれている気がする。

 ゆっくり目を覚ますと、



「あーちゃん、起きて!!」



 いーちゃん……僕の妹のイブが泣きそうな顔で僕の名前を呼んでいた。



「起きた。大丈夫だよ。い、……いーちゃん」



 今、『いーちゃん』と呼ぶのに違和感があった。

 なんでこんな呼び方してるんだろ?

 普通にイブって呼べばいいような……。



「あれ?ここ何処?」



 冷たい地面から体を起こすと見覚えのない景色が広がっていた。

 身長よりも少し長い草が周囲を覆っていて、四方八方は山に囲まれている。

 本当に、ここ何処?



「わかんないッ」



 イブが怒った様子で言う。

 何で怒ってるんだろ?

 ………そうか。イブは不安なんだ。

 見覚えのない場所で、僕の意識がなかったから。

 僕が起きても、ここが何処か分からないのは同じだ。

 兄の僕がしっかりしてないと、妹のイブが不安になる。

 


「いー……イブ、散歩しようよ」


「何で『いーちゃん』じゃないの?」


「何となく」


「あーちゃん、変!!」



 イブは不思議そうにしながらも、了承してくれた。

 二人で手を繋いで、見晴らしの良い場所を目指す。

 丘のてっぺんに草の少ない乾いた砂地があったので、そこに腰を下ろし、イブを休憩させた。



「やっぱり、ここ何処だろ?」



 人は一切見当たらず、人工的な建物もない。

 ちょっと道を逸れただけだと思ったけど、家には帰れそうにない。

 今日はこの辺りで野宿するしかないのか。



「あーちゃん、お腹すいたぁ」


「食べ物は……」



 木の実が見えるけど、アレは食べてもいい木の実なのかな?

 まずは自分で食べて……。



「あっ!!」


「これ不味い」



 いーちゃんはモグモグしながら、木の実の感想を言う。



「ダメだよ。よく分からない物を食べちゃ」



 日は暮れかかっていた。

 太陽が落ちると異様な程に暗く、横にいるはずのイブの姿も見えない。



「あーちゃん、暗いよぉ」



 今にも泣きそうな声のイブ。

 手をしっかりと握ってやった。



「暗いし、ここで休もう。

 明日になったら、家に帰ろう」


「家、嫌い」



 顔は見えないが、イブは家に帰るのを嫌そうにしていた。

 確かに、帰っても嫌な事しかない。

 何で僕は帰ろうとしてたんだろ?

 あんな家に帰ってもしょうがないのに。

 でも、二人で生きていくのは難しい。

 今だって寝床も食料もない。

 イブはお腹が減ってるだろうし、明日はどうにか食べ物を見つけないと。


 暗い夜はとても長く感じたが、その分太陽が昇ると元気になれた。

 山を超えると、遠くに人の手が入ってそうな綺麗な土地が見えた。

 向かってみると、そこは等間隔で木々が生い茂り、赤い木の実が実っていた。

 一つ取って齧ると、甘い汁が溢れてくる。



「イブ、これ甘いよ」


「おいしいー」



 木の実を食べるイブの手を引いて、その場を後にしようとした。

 見つかれば、農家の人に怒られるからだ。

 しかし、タイミングが悪く、バッタリと出くわしてしまった。

 怪訝な顔でこちらを見つめてくる男の人。

 逃げようかと思ったが、近くに他の人もいたようで、どんどん大人が集まってきた。



「おい、そこの子ども二人。何処から来た?」



 ヒソヒソ話を終えると男が近づいて来た。

 イブを背中に隠し、一歩下がりながら答える。



「ま、迷子になっちゃって、お腹がすいてて、その、勝手に食べちゃってごめんなさい!!」



 申し訳なさそうにして、その場をやり過ごそうとしたが、男の表情は変わらない。



「お前ら、山から下りてきたな?」


「えっ?」



 それがどうゆう意味を含むのか分からなかったが、大人たちの雰囲気が変わった。



「山に帰れッ!!人の姿をしたって無駄だッ!!」



 石が飛んできて額に当たった。

 血が出てるのに、大人たちは更に石を投げてくる。



「あーちゃん……血…」



 更に、男はイブに向かって言った。



「あいつはこの土地の物を食ってる!!殺すしかないッ!!」



 棍棒を持ってきた大人はそれを高々と掲げた。



「イブッッ逃げてッッッ!!」



 振り下ろされた棍棒は、イブの前に飛び出した僕の頭に当たった。

 意識が遠のき、地面に倒れる。

 ズキズキと頭が痛むが、それよりも大人からイブを守らないと。

 大人が僕たち二人を囲んだ。

 イブは怯えた様子で動けないでいる。

 僕はそんなイブに覆いかぶさった。


 背中や頭が棍棒で殴られる。

 その度にイブの方が悲鳴を上げていた。

 このままじゃ、僕もイブも死んじゃう。

 何で?こんなことに……。

 

 ……そんなことを考えても仕方ないんだ。

 何で?って考えても、理由なんてない。

 お父さんが殴るときみたいに理由なんてないんだ。

 子どもだからって助けてなんかもらえない。

 神様なんていない。

 僕が役立たずのお父さんの代わりに、大人にならないといけないんだ。

 大人になって、イブを守るんだ!!



「お、おい………コイツ、大きくなってないか?」



 ピタッと棍棒で殴るのが止まった。

 顔を上げると、大人は何故か恐怖している。

 


「化け物めッッッ!!」



 大きく振りかぶった棍棒が振り下ろされる。

 思わず目を瞑った。

 ボフッと棒が当たる。

 その後も四方八方から棒が振り下ろされたが、……………痛くない。

 周りにいる大人を振払おうとしたら、大人があまりにも軽くて簡単に吹っ飛んだ。

 その様子を見た大人は一目散に逃げていき、僕とイブが残された。



「ダイジョウブ?イブ」



 腕の中で目を瞑っていたイブは目を開くと怯え出した。



「アレ?イブ、チイサイ?」



 イブが一回り小さくなった気がした。

 それに僕の声がおかしい。



「あーちゃん…………?」

 


 イブは泣き出す寸前だった。

 そんなに怯えなくても、ちょっと怪我しただけなのに。

 いつもお父さんに殴られてたから、この程度大丈夫さ。


 そう思い、立ち上がると、イブの姿がドンドン小さくなった。

 ふと横を見ると、木々も小さくなっている。

 これは……

 


「あーちゃん………大きくなってる……」



 イブの震えた声が現実を教えてくれた。


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