74. クロノの記憶 ⑥
「けっこう前から付き合っていた男がいてな。
こっちの世界の男だが、そいつとの間に子どもを作ったんだ。
予定通りなら、生まれるのはもう少し先だったけど」
レーナは俺の知らなかった事を赤裸々に話し出した。
「出産が早まったのか。タイミングがいい」
「いや、早めた」
「早めた?」
「物体の時間を進ませる能力を持った知人がいて、そいつに頼んだ」
「それで魔王討伐の前に出産した、と」
急激にお腹の中の赤ちゃんを成長させたから、傍目からは妊娠に気づかなかったのか。
無理矢理すぎないか?
「妊婦なら体の負担も大きかっただろ。
休養の期間が必要じゃないか?」
「いや、転生者の体は特別丈夫だ」
「出産した直後でもか?」
「それだけじゃない。加えて、出産した後にも私の体の時間を進ませたから問題なしだ」
他人の能力を使って無茶苦茶をしているようだ。
弊害とかないといいけど。
「私のことは大丈夫なんだ。でも、アケミの方がな」
「どうかしたのか?」
レーナは自分のことではなく、アケミさんのことで悩んでいるようだった。
「こちらの世界では避妊の方法が限られる。
アケミは避妊に失敗して、意図せず身ごもったんだ。
それを気にすることもなく、私と同じようにして、早々に産み落とした」
「なんだ。二人とも出産が成功したんじゃないか」
「重要なのはそこからだ。明日、魔王討伐に行く際に私は子どもを預ける。相手は決めている。信頼できる人物だ」
「それは良かった」
「最悪の場合、私たちは全滅する可能性もある。
そのことを考慮して、預ける相手を選んだ」
あえて全滅の話をしなかったが、レーナはやはりわかっていたようだ。
俺たちが戦う相手は魔王。
死ぬ可能性はある。
「しかし、アケミはそこまで考えてない」
「だろうな」
「適当な人物に子どもを預けるつもりだ。
だが、アケミが死ぬ可能性がある。
私もクロノもそうなるかもしれない。
それに、私とクロノが死んだ場合、アケミが子どもの面倒をちゃんと見るのかも不安だ」
今までの素行を見ていると、真面目に育てるのは考えにくい。
出産を期に何かが変われば良かったが、最近のアケミの様子に変化はない。
「なるほど。分かった。
俺が教会に働きかけて、その子どもの面倒を見させよう。
これなら、俺やレーナが死んでも、残された子どもは問題ないだろう」
「助かる。クロノはやっぱり頼りになる男だ」
できる限り魔王討伐に集中してもらいたいから当然だ。
「それでアケミの子どもはなんて名前だ?」
「リーナと言う名前らしい」
「覚えておこう。それじゃあ、今日はこのぐらいにして寝よう」
「時間をとって悪かった」
「いやいや。……そう言えば、レーナの子どもの名前は?」
「ナティと名付けた。綺麗な金髪の大きな女の子だ」
* * * * *
「よし、入るぞ。レーナを先頭に、ヒメカの能力で罠を警戒しながらゆっくり進もう」
魔王討伐に参加したメンバーは、俺、ミキリさん、レーナ、ヒメカ、アケミさん。
結局、戦闘員はあまり増えなかったが、何十年も待ってこれだ。
ミキリさんが復活しただけマシだろう。
遺跡の魔獣の体内を進むこと数時間。
罠や他の魔獣はいたものの、大したことはなかった。
遺跡の魔獣が攻撃してくるようなことはなかったが、迷路のようになっている遺跡はそれだけでやっかいだった。
遺跡の魔獣の体内で転移門を使えることはすぐに分かっていたが、しばらくして遺跡の魔獣の体外と転移門が繋がらなくなった。
入ってから数時間のことだ。
入り口に設置した転移門に移動すると、入り口そのものがなくなっていた。
「侵入したことがバレてるのか、それとも、一定時間で入り口の場所や遺跡そのものが変化するのか」
「何かあったら転移門で帰るってのは無理そうね」
ヒメカの言葉で自分の危険な状況に気付いたアケミさんとかなり揉めたが、逃げられないということで協力させた。
やる気のないアケミさんをやる気にさせるには、命をかけさせるしかない。
魔王討伐が終わったら謝ろう。
「クロノ、そこの扉の先。大きな魔力を感じる」
遺跡探索から更に数時間後、ヒメカの言葉で全員の緊張感が増した。
作戦を話し合うと、覚悟を決めて、扉を開く。
思いの外明るい大広間には玉座が二つあった。
一方の玉座には2本の角を天に伸ばした黒く大きな魔王。見覚えがある。
それともう一方は、白く大きな魔王?
白い方も魔力はかなりあるようで、普通の魔獣ではない。
あの白い方は俺が以前見た少女か?
少女がバケモノに変わっている最中にその場を離れたから確信はないが、あの黒い魔王と深い関係がありそうだったし、可能性はある。
ただ、細かいことはどうでもいい。
殺すと決めた以上、両方ここで始末する。
俺たちが安心して暮らす為に。
魔王は俺たちに驚くことはなく、立ち上がった。
圧倒的な魔力が大広間に充満する。
魔王は俺たちを迎え撃つつもりで、ここで待っていたんだ。
白い方も黒い魔王の後ろに下がって構えている。
「ヒメカ、どうだ?」
未知の魔獣と戦うときはいつも、ヒメカの能力で相手の特徴や能力、戦い方を丸裸にしてきた。
「ヒメカ?」
目隠しを外したヒメカは眉間に皺を寄せて、魔王を凝視している。
「何も見えない。あの白いやつに邪魔されてる」
「……情報なしでやるしかない。作戦とは違うが、あの白い方も相手する必要がありそうだ」
武器を構え、全員が大広間に入ると同時、扉が勢いよく閉まった。
開けようとしても、元々が壁だったみたいにビクともしない。
「退路はなし、か」
陣形はミキリさんとレーナ、俺が前で戦う。
後方では、ヒメカが情報を収集し、アケミさんは合図に合わせて爆発で攻撃する。
直接戦うのは前の3人。
ミキリさんとレーナに目配せをすると、二人とも強く頷いた。
「行こう」
3人同時に走り出した。
黒い魔王は拳を握りしめて、誰を殴るか考えているようだ。
レーナが盾を横に構えると、ミキリさんが剣を二つ持って、それでレーナの盾を攻撃した。
ガンッガンッと剣が盾に弾かれる。
これまでの実験で分かったことの一つ。
ミキリさんの能力『戦闘狂』は、仲間に対してでも発動する。
そして、ミキリさんの弱点は戦闘狂の効果が発動していないときは凡人だと言うこと。
それを解決する為、敵の前にレーナの盾を攻撃し、『戦闘狂』を発動してから戦闘に入る。
一人飛び出したミキリさんに向けて、黒い魔王が拳を打ち込むが、ミキリさんは回避。
回避する瞬間に軽く攻撃して、『戦闘狂』を継続させると、黒い魔王の懐で剣を暴れさせた。
「ダメだ、これ!!浅い!!」
ミキリさんの鋭い攻撃でも、深くは傷を付けられないらしい。
だったら、
「ミキリさん!!先に白い方を!!」
黒い魔王の後ろでひっそりと隠れるようにしている白い魔王。
白い魔王は直接戦闘に参加する気はないみたいだが、黒い魔王を魔法で支援している可能性が高い。
ヒメカの能力から黒い魔王を守っただけではなく、強化の魔法をかけていることも考えられる。
しかし、黒い魔王に力を使っているなら白い魔王は無防備。
仮に白い魔王が自分に魔力を使うなら、黒い魔王が弱くなるはず。
「了解ッ!!」
空中で後ろを向いて返事をするミキリさんに黒い魔王の攻撃が迫る。
が、レーナが盾で攻撃を受け止め、その間にミキリさんは黒い魔王の足元を抜けていった。
魔王はミキリさんを気にしているようだったが、目の前のレーナに視線を落とした。
「クロノ!!」
「いつでもOK」
ミキリさんは一人で暴れ、レーナが防御を俺が攻撃を担当することで、2体の魔王と同時に戦える。
レーナの能力『絶対防御』はただただ硬い。
動かないほどドンドン硬くなる能力だが、能力を向上させる条件がある。
それは背後に仲間がいること。
守るべき仲間を背負うことでレーナはより硬くなる。
レーナの背後にはヒメカとアケミさん、更に俺もレーナの後ろで構える。
先頭にいるレーナは誰よりも硬く、頑丈だ。
黒い魔王が踏み潰そうとして、足の裏と盾がぶつかった。
一瞬、盾が押し返すようにすら見えた。
それなのに、次の瞬間、レーナは盾ごと踏み潰されていた。
レーナの驚愕の表情が一瞬見え、グチャッと音がした。
トマトジュースのような血が床を赤く広く濡らす。
「……嘘だろ」
レーナの防御は破られたことがない。
それなのに、こんなあっさり…。
黒い魔王は次に俺へと攻撃を仕掛けた。
勢いの良い、体重の乗ったパンチが迫る。
<絶対勝利>
なんとか能力が発動したことでスレスレで回避してから、剣を抜き、カウンターで一撃を返した。
黒い魔王の肉は分厚く、硬かったが、思ったよりも剣が入った。
「(ミキリさんが攻撃したときより、柔らかくなってる!!)」
遠くではミキリさんが白い魔王と戦闘を繰り広げていた。
しかし、白い魔王は暴れるだけで攻撃は当たらず、それを回避してミキリさんが一方的に攻撃をしていく。
今、白い魔王は自分のことにかかりっきりで、黒い魔王への支援魔法が途切れているに違いない。
今なら、黒い魔王に攻撃が入るッ!!
その時、黒い魔王の蹴りが俺に当たった。
「アレ?」
吹っ飛ばされた俺は入り口の扉に激突した。
「クロノッ!!」
ヒメカが心配そうに近寄ってくる。
「ポーションをかけるから、ジッとして」
動けない俺にヒメカがポーションをかけた。
全身の細胞がキリキリと音を立てながら修復を開始する。
「……おかしい」
「クロノ、喋らないで!!」
「『絶対勝利』は発動していたはず。
それなのに、体が動かなかった。
いや、違う。
発動しているはずなのに、俺の意思で動けていた。
能力を使っているのに、体が勝手に動かなかった?」
考えている内に体の修復が進み、起き上がれるようになった。
黒い魔王はミキリさんの方にいって、攻撃をしている。
ミキリさんなら勝てるか?
いや、白い魔王がその分自由に動いている。
白い魔王が黒い魔王を強化する状況に戻っただけだ。
「クロノ、逃げよう。私たちじゃ、あの魔王に勝てない」
ヒメカが真剣な表情で、目隠しのない目で俺を見つめる。
おそらく、白い魔王の妨害がなくなった瞬間に黒い魔王の情報を得られたはず。
そのヒメカが言うってことは、それほどにあの黒い魔王は強いのか?
あれは単純な強さではなかった。
まるで俺たちと同じような、『能力』による強さ。
そんな感じだった。
「逃げるってどこから。それに、ミキリさんを置いていくつもりか?」
ヒメカは俺を無視して、アケミの方を見て言った。
「アケミ、壁を爆破して!!」
「ちょっと、待てッ!!」
俺が止めるよりも早く、アケミが壁を爆破した。
アケミの爆破は回数が限られているのに。
頭上を壁の欠片が飛んでいく。
「あっ、おいッ!!待てッ!!」
「馬鹿じゃないの?勝てるわけないじゃん、あんなの」
アケミは捨て台詞を残し、スタスタと破壊した壁を乗り越えて、逃げていった。
「おいッ!!ミキリさんは、どうす―――」
頭上を何かが飛んでいった。
直後、顔に暖かい血が付いた。
黒い魔王と白い魔王がこちらを見ている。
ミキリさんは、いない。
「クロノ、伏せて」
ヒメカに頭を抑えられた。
床でうずくまる俺たちを無視して、黒い魔王は破壊された壁の向こうに物凄い速さで走っていった。
「あいつ、アケミを追っていったんだ。壁を壊して逃げれるアケミを」
「クロノも……クロノなら壁を壊せる」
「はっ?突然何言ってるんだ?」
「壁を壊せば、転移門が使えるのッ!!
遺跡の魔獣の体そのものが結界の役割をしているから転移門が外と繋がらないけど、遺跡の魔獣の体に穴を開ければ、転移門で逃げれる」
「俺がやるのか。できるのか?」
生物以外に能力を使ったことなんてないし、魔力を使ったのは最初に魔王と戦ったあのときぐらい。
「アケミは……死ぬよ。
クロノしか、いないの…」
ヒメカはそう言うと、転移門を設置した。
繋がる先は、遺跡の入り口に設置した転移門。
入り口はなくなっていたが、ここが遺跡の外側と信じるしかない。
剣に全身の魔力を注ぎ込んだ。
以前拳に魔力をまとわせたときのように、意識的に魔力を集中させる。
剣が白く眩く光ると、そのままなぎ払った。
白い光が壁をぶち破り、周辺の土地も吹き飛ばす。
ヒメカが転移門を設置しなおして、バベルへと繋いだ。
転移門に飛び込んだヒメカと俺は、バベルの中に飛び出すとすぐに、転移門を閉じる。
「………クロノさん!!………終わったの!?」
バベルで待機していたホンダが、ポーションを持って来てくれた。
「負けたよ」
「えっ、………じゃあ、他の………人は……」
「ホンダ、転移門を繋げないようにしてくれ。
あちらから魔王が転移門を使って来れないように」
ホンダは何も言わず、ただ頷いて走っていった。
冷たい床に座り込んだ。
こんなに冷たいのに、心は帰ってきたという安心感で暖かい。
しかし、落ち着いて頭が働くと、震えが止まらなかった。
レーナが、ミキリさんが、アケミさんが。
自分もそうなっていたかもしれない。
それに俺は生き残ってしまった。
3人も犠牲を出したのに、俺は。
俺は何も出来なかった。




