67. 愛
ガタッと馬車が揺れた衝撃で、夢から覚めた。
少し寒い。
視界がおぼろげで、まばたきをすると涙が溢れる。
泣いていたみたい。
「しっかりしないと……ですね」
口の中で一瞬、敬語が詰まった。
あんな夢を見たせいだ。
正確には忘れていた私の過去。
死んだはずのユーゴが見えると同時、色んな記憶が蘇ってきた。
少し頭が痛い。
水でも飲もうかな?
馬車に積まれた荷物の隙間で眠っていたから、近くには誰の気配もない。
誰かに会いたい気分ではないけど、喉は乾いている。
荷物の隙間、私しか通れない小さい隙間を通って、空いている場所に出た。
ナティ先生が馬車から顔を出して遠くを見つめている。
静かに近づいたつもりだったが、ナティ先生はくるりと振り向いてこちらを見た。
「ユニ、そんなところにいたのか」
「えぇ……」
何となく話しにくい。
ユーゴのことを話さないといけないのに…。
「飲み物ならそこの箱に入ってるやつを飲むといい。食料もそこら辺にあったはずだ」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げ、箱を漁る。
果物の果汁が入った瓶を手に取った。
魔法で冷やされた果汁は冷たく甘い。
「ユニ、ユーゴの件なんだが…」
背筋が冷たくなる。
話さないといけない。
ユーゴが、ユーゴの魂が死んでしまったことを。
ユーゴが二度と起き上がらないということを。
「リーナが寝ずに面倒を見ているようで、ユーゴの体に問題はなさそうなんだが、ユーゴが起きない」
「そう…ですか」
「リーナは魔王討伐でかなりの魔力を使ったにも関わらず、それから一切休んでいない。
ユーゴに続いて、リーナも死んでしまうことは避けたい」
あくまで冷静に語るナティ先生。
「だが、リーナが言うことを聞くはずもない。
ユーゴが関わるとあいつは意固地になるからな。
特に今回は難しそうだ。
他に心肺機能を維持できる魔法使いもいないからな」
ナティ先生はそう言うとポーションと飲み物を私に渡した。
「頼まれてくれないか?
リーナにポーションを飲ませてやってほしい。
私のポーションは疲労回復の効果もあるんだ。
今、リーナに必要な物だろう」
「なんでナティ先生が渡さないんですか?」
「う〜む、ユーゴのことはもう諦めろと言ったら、口も聞いてくれなくなった。
情けないことだが、ユニに頼むしかないんだ」
「分かりました。行ってきます」
「あぁ、助かる」
馬車の後方、リーナさんとユーゴのために少しだけ空いている場所。
私は足音を立てながら、背中を向けるリーナさんに近づく。
「あの、リーナさん」
「……………………」
返答がない。
座ってユーゴを膝枕しながら魔法をかけているため、起きているはず。
「あの、リーナさん?」
回り込んでリーナさんの顔を見た私は凍りついた。
泣き晴らしたリーナさんの顔は腫れ、かなり憔悴仕切っている。
ナティ先生が危機感を持っていたのも頷ける。
「リーナさん、これ飲んでください」
ナティ先生に貰ったポーションを近づける。
「……いらない」
小さな声がリーナさんの口から漏れた。
いつも元気にユーゴに絡んでいたリーナさんとは思えない。
「飲んでください。ポーションです」
「ナティのでしょ。いらない」
リーナさんは頑なに拒み続けるが、私も引くわけにはいかない。
ナティ先生の疲れた様子から相当粘っていたのが分かる。
それでも、リーナさんは断ったんだ。
ナティ先生が、ユーゴのことを諦めろって言ったから。
私が飲ませないとダメなんだ。
「誰のポーションかは関係ないです。
このままだとリーナさんが持ちません」
「いいの。私はいいの。
ユーゴが死ぬなら私も死ぬから」
言えない。
ユーゴの魂が死んだなんて言ったら、リーナさんはきっとおかしくなってしまう。
「ユーゴが……ユーゴが目を覚ました後はどうするんですか?」
「………?、目を覚ましたら、それでいいじゃん」
「ユーゴが生きてても、リーナさんが死んじゃったら意味ないじゃないですか」
「…ユーゴが起きてから考える」
このままじゃ、らちがあかない。
強引な方法でいく。
「リーナさんはユーゴのこと、諦めてませんか?」
その瞬間、リーナさんの魔力が膨れ上がった。
魔王討伐から全く休んでいないにも関わらず、これほどの魔力が残ってるなんて。
「諦めてないよッ!!
諦められないからッ!!ずっとッ!!ずっとッ!!
ユーゴを待ってるんじゃんッ!!」
敵意の籠もった魔力が私を包む。
リーナさんほどの魔法使いなら、今、私を殺すことも出来ただろう。
怒ってはいても、リーナさんは冷静だ。
だったら、いけるはず。
「いえ、諦めてますよね?
ユーゴを王都に運べば、何か方法があるかもしれないです。
それまではリーナさんがユーゴの体を魔法で動かし続ける必要があります。
それなのに、このポーションを飲まない理由はないはずです」
「……………………ッ!!」
悔しそうにリーナさんは顔を背ける。
リーナさんは理解しているんだ。
このポーションを飲む必要があることを。
「ユーゴが目を覚ますまで持たせる為に、これを飲んでください」
ポーションを差し出すが、それでもリーナさんはプイッと横を向く。
こうなったら、無理矢理飲ませるしかないですね。
「口を開けてください」
「んぐッ!?んんん〜!!」
リーナさんの口にポーションを押し込み、強引に飲み込ませた。
リーナさんも涙目で抵抗していたが、弱っていたため思ったより簡単に飲ませることが出来た。
少しむせてるけど、問題はないでしょう。
リーナさんの怨みの籠もった視線が痛い。
「それと、もう一つ。これを」
「これはユーゴの愛剣……?」
「そうです。
私が預かっていたんですけど、何だかこの剣に嫌われてるみたいで、手が痺れちゃうんですよね。
私が持っててもしょうがないので、ユーゴに返そうと思って」
横たわるユーゴの腕に愛剣を握らせた。
剣から放たれていた反発する魔力はすっと消えて、ユーゴの体に馴染むように魔力が安定する。
「やっぱり、この剣はユーゴがいいみたいですね。
それじゃ、私は行きますね。
飲み物を置いとくので、飲んでおいてください」
飲み物を渡し、ミッションを達成した私はナティ先生の所に戻った。
ナティ先生は休んでいるものと思っていたが、ソワソワした様子で待っていた。
「……やったか?」
「ちゃんとポーションを飲ませました。
これでひとまず大丈夫です」
「そうか、それは良かった」
「なので、ナティ先生は休んでください」
「ん?私か?……いや、私は外の警戒もしておきたいし…」
近くにあった毛布を拾い、それをナティ先生に押し付けた。
「私が見ておくので休んでください。
リーナさんにもナティ先生にも倒れてほしくないので」
「そ、そうか、……わかった」
リーナさんとは違い、ナティ先生は大人しく寝てくれた。
一応、周囲の警戒をする。
私はどうしたらいいんだろう。
魔王を倒して、これでとりあえずはみんなを救ったはず。
この後は……王様になる?
クローテスお祖父様みたいに?
あんまり合ってないような…。
それにユーゴのこともあるし。
時間はたっぷりあるけど、何も決まらなさそう。
* * * * *
「クッ!!クソッッッッ!!離せッ!!」
意味不明な言葉を呻く第四の魔王は、俺の心臓を掴んで離さない。
ユニに最後の言葉をかけれたから後悔はないが、こいつにやられて死ぬのは納得いかない。
全く、何時間こんなことをしているのやら。
こいつの腕を振りほどこうとしても、胸を貫いて心臓を掴む腕はビクともしない。
顔を殴ってみたが、効いてないだろうな。
それに、こいつ遊んでやがる。
俺が第五の魔王の戦闘で疲労した後だからって調子に乗りやがって。
いつでも俺をあの世に連れていける癖に、何時間もいたぶってから殺す気だな。
「最後の瞬間がこんなことになるなんてな」
覚悟はあった。
ここで死ぬ覚悟は。
ユニのために俺の命を捨てても構わないと思っていた。
別に愛とかじゃない。
ただ、俺が最後に役立てるなら、それで死んでもいいと思っただけだ。
実際に第五の魔王の攻撃を喰らった瞬間は後悔なんて無かった。
それなのに、殺したはずの第四の魔王が突然邪魔をしたせいで、気持ちよく死ねないだろうがッ!!
「喰らえッッッ!!」
裏拳で第四の魔王を何発か殴るが、やはり効果はなさそうだ。
死人になったことで力が落ちているのか?
いつもの力があれば何とかなりそうなものなのに。
まあ、死んだからしょうがない。
それにしても、こんなに長く死ねないでいたら、嫌でも考えてしまう。
リーナのことを。
* * * * *
魔法学校に天才がいると聞いて、当時の俺はこう考えた。
『そいつを魔王討伐に誘おう!!』
強い奴なら片っ端から勧誘していた頃だ。
俺自身の強さはそこまでだったから、ほとんどの強い奴は俺の誘いをあっさりと断った。
だが、魔王討伐に優秀な仲間は不可欠。
俺が勇者になるためには仲間探しが重要だと思った。
そして、その天才とやらを見つけたのだが……雰囲気が最悪だった。
周囲から孤立して存在する、そいつ。
泥や埃で汚れまくったローブで全身を隠し、更に大きな魔女帽子で顔を隠していた。
周囲を拒絶している様子だが、それ以上に周囲から拒絶されていた。
理由は汚いからだけではないだろう。
一番の理由はそいつが天才だったことだ。
他の奴が苦労して練習している魔法を、見ただけで使いこなしていた。
先生よりも高威力の魔法を使えた。
授業にはほとんど出ていなかったが、魔法の実技で右に出る者はいなかった。
天才に嫉妬した周囲の魔法使いはその天才を排斥した。
事ある毎に嫌がらせをしかけ、そいつを退学させようとしていた。
先生も止めようとはしていなかった。
嫉妬していたのは生徒だけじゃなかったからだ。
そして、ある時、そいつは学校をやめた。
周囲はほくそ笑んだ。
だが、そいつが学校をやめたのは俺のせいだ。
いや、まさか、魔王討伐に協力してくれって言ったら、次の日に学校をやめるとは思わないだろ?
「いいのか?そんなにあっさりやめちゃって」
「いい……私が……必要なんでしょ」
ボソボソと喋るせいでよく聞こえない。
「とりあえず、その服洗おうぜ?汚れ過ぎだろ」
「洗って?」
「えっ?俺がか?」
「他に誰がいるの……?」
「わ、わかったよ」
リーナとか言うそいつの服を脱がすと、リーナ自身も結構汚かった。
「風呂入ってないだろ」
「…風呂?必要なの?」
こいつはそういったことを教わっていないのか?
親は何をしているのやら。
「わかった。お前も服と一緒に洗ってやる」
風呂場にリーナを連れていき、石鹸やら何やらを使って洗った。
ぐちゃぐちゃでやたら長い髪は切って、体中をゴシゴシと擦る。
リーナが女の子なのは当然知っていたが、この有り様じゃそんなのを気にすることも無かった。
数時間に渡る俺の努力でリーナは見違えた。
眩しそうに瞳を閉じる少女の体は白く、黒っぽい髪はバサバサだったが、手入れをすれば綺麗になりそうだった。
「お前、せっかく可愛いいんだから、ちゃんと体洗えよ」
「……可愛いい?本当に?」
「可愛いいだろ」
リーナはニンマリと嬉しそうに笑った。
それからと言うもの、リーナは俺にくっついて行動するようになり、最終的には魔王討伐に至る。
しかし、その後、俺はリーナを置いて山に籠もった。
魔王の刻印やら何やらのショックで一人になりたかった。
そこでリーナとの関係は終わったと思っていた。
立派な研究所を王都に建てたリーナは、俺なんか眼中にないだろうと。
しかし、久しぶりに会ったリーナは変わらず、俺に好意的に接してくれた。
刻印の解除の件だって、俺には大した見返りも何もできないのに、リーナは全面的に協力してくれた。
リーナは俺のことを好きなのだろう。
俺もそんなリーナのことが……。
* * * * *
俺は今、リーナを置いて、死のうとしている。
それでいいのか?
考えれば考えるほど気持ちは強くなった。
まだ、死ねない。
虚しい抵抗を延々と続けていると、第四の魔王が怯んだ。
ぼーっとしていて気づかなかったが、だんだんと力が湧いてくる。
俺の抵抗が第四の魔王に効いてる。
「さてと、待たせたな!!第四の魔王!!」
心臓を掴む魔王の腕を強引に引き剥がした。
さっきまではビクともしなかったのに、今なら何とかなる。
突然俺の力が強くなったことで、第四の魔王は焦ってるみたいだった。
イケそうだな。
リーナの元に帰るぐらいなら何とかなりそうだ。
数時間後、俺は目覚めた。
乾いた瞳に最初に写ったのは、嬉しそうに驚いているリーナだった。




