66. 少女の成り立ち
「ねぇ、お父さんとお母さんはどこ?」
何も知らないふりをして、召使いのサリナに問う。
困った様子のサリナは言葉を選ぶために沈黙したが、諦めたように口を開いた。
「ユニ様。お父様とお母様は……………お亡くなりになりました」
冷たい風が頬を撫でた。
言われなくても分かってはいたのに、じんわりと涙が溢れてくる。
「嘘つきッ!!お父さんとお母さんは生きてるもんッ」
「………………………」
サリナも涙を堪えて、何も言わずに立っていた。
いつも無表情なサリナのその表情を見ると、嫌でもそれが現実なんだと分かってしまう。
いや、分かってはいた。
だって、お父さんとお母さんは、私の目の前で殺されたから。
真っ暗闇の中、その男、シールの持つ剣がロウソクの光を反射していた。
剣は血でベットリと濡れていて、私を部屋の奥に隠そうとしたお父さんとお母さんは床に倒れていた。
私が瞼を閉じる間もなく、お父さんとお母さんは刻まれた。
執拗に、分からせるかのように何度も振り下ろされた剣は、肉を叩き切る嫌な音を出し続けた。
部屋の角で泣きながら恐怖する私に、その男はニヤリと笑って見せた。
そして、その男はいなくなった。
屋敷にいた召し使い数名も殺され、雇い主であるお父さんとお母さんが殺されたことで、残った召し使いも屋敷を出ていった。
残ってくれたのはサリナだけ。
私はそんなサリナを罵倒して、屋敷の中を探し回った。
ひょっとしたらお父さんとお母さんがいるかもしれない。
そんな思いで扉を開けては部屋の中を見て回る。
キィッと音がした。
「お父さんッ!!お母さんッ!!」
扉を開けると、部屋の窓が風で開いては閉まるを繰り返していた。
そっと窓を閉める。
ほとんどの召し使いがいなくなったことで、屋敷の掃除は行き届かなくなり、寂れた様子に様変わりしていた。
昨日まで歩けば誰かがそこにいたのに、今ではサリナの姿を見つけることすら難しい。
遠くでサリナが掃除をしているのを見ては少し安心して、また別の部屋を探して回った。
サリナが黙々と家事を続ける間、私はずっと探していた。
見つかるはずもなかったが、諦めることも出来ない。
「お父さん……お母さん……」
庭に出て、どんよりとした雲を見ると、またもや涙が溢れてきた。
悲しくて、悲しくて、こぼれ落ちるままに涙を流した。
それでも、何処かにいないかと足を止められず。
冷たい風がピューッと吹いた。
枯れ葉が飛び、土埃が舞い、涙が落ちる。
「えっ…………………」
風が止んだ。
驚きで涙も止まった。
木々の後ろに、お父さんとお母さんがいたのだ。
「お父さん!!お母さん!!」
私が駆け寄ると、お父さんとお母さんはギョッとしたように目を見開いた。
「ユニ、私達の姿が見えるのか?」
「あぁ、なんてこと。これは奇跡だわ」
お父さんとお母さんも私に駆け寄ってくるが、伸ばした手は私を貫通した。
私の手もお父さんとお母さんを貫通した。
触れない。温もりを感じられない。
「私達はもう死んでしまったから触れないんだ。仕方のないことだ」
「でも、ユニと私達は言葉を交わせるんです。これだけでも十分だわ!!」
喜ぶ二人の顔が見れて嬉しかった。
触れなくてもいい。
だから…ずっと一緒に。
「ユニには学ばなければいけないことが山ほどある。ついて来れるか?」
「行けるわよ、ユニなら。私達の子供ですもの」
「う、うん!!私、たくさんお勉強する!!」
「いい子だ!!」
「その調子よ!!」
お父さんとお母さんはそれからたくさんの事を教えてくれた。
貴族同士の付き合い方、仲の良い両親の知り合い、これからすべきこと。
たくさん、たくさん、教えてくれた。
「やっぱりユニは凄い子だ!!」
「さすがよ。ユニ」
「うん!!」
その時、サリナが通りがかかった。
暗い表情のサリナを見た私はお父さんとお母さんに言った。
「サリナにも、お父さんとお母さんのこと教えなくちゃ!!」
お父さんとお母さんが止めるのも聞かず、私はサリナに言った。
「お父さんとお母さん!!いたよ。ほらっ!!」
私の指差した方を見ると、サリナはまたも涙を流した。
さっきよりもずっと激しく。
「ユニ様。私がいます。お父様とお母様がいなくなられても、私はユニ様の元におります」
「ち、違うの!!あそこにお父さんとお母さんがいるの!!」
私の話を聞かずにサリナは勝手なことばかり言う。
「もういい!!離して!!」
サリナの腕を振り解くと、私はお父さんとお母さんのところに戻った。
私がお父さんとお母さんと話すところを見ても、サリナの涙は止まらない。
「お父さん。お母さん。サリナが私の言うこと信じてくれないの!!」
「ユニ、サリナには私達のことが見えていないんだよ」
「えっ?」
「私達のことが見えるのはユニだけだ」
「だから、ちゃんと私達の言うことを聞くのよ?」
「う、うん…」
それからも数日、お父さんとお母さんの教育は続いた。
「ユニ、人殺しはいけないことなんだよ?」
「うん」
「お父さんとお母さんは殺されてしまったけど、私達は気にしていない。ユニも復讐に囚われてはいけないよ」
「うん」
「私達、貴族にはやらないといけないことがある。苦しむ民衆を救わなくてはならないんだ」
「うん」
「ユニ、これからは敬語を使うんだ。何処に行っても粗相のないように」
「うん」
「違う。『はい』だ」
「はい…」
お父さんとお母さんは話し終えると、スッキリとした様子だった。
二人とも気さくに会話をしている。
私はこんな日々がずっと続けばいいなと思った。
「さてと、これでもう大丈夫だろう」
「流石ね、ユニ。これでお父さんとお母さんは何も心配することはないわ」
「…………はい」
「それじゃあ、お別れだ。ユニ」
「ちゃんと寝て、元気にするのよ」
「……………えっ?ずっと居てくれるんじゃないの?」
心がざわついた。
「何を言ってるんだ、ユニ。私達はお前が一人で生きていけるようにいろんなことを教えてきたんだ」
「そうよ。あなたがしっかりしないと私達が安心出来ないでしょ?ユニは私達を不安にさせるような子なの?」
「……ううん」
「違う!!『いいえ』だ」
「敬語はちゃんとしないとダメでしょ?」
厳しい言葉はナイフのように心に刺さる。
「はい、お父さん…お母さん…」
「それじゃあ、もう私達がいなくても大丈夫だな?」
「大丈夫よ。私達の子供なんだもの」
「…………………はい…」
風が吹いた。
冷たい、冷たい、風が。
思わず瞳を閉じると、そこにお父さんとお母さんはいなかった。
また、涙が溢れ出した。
「違う!!私は!!……しっかりしないと……」
拭った側から涙が出てくる。
しっかりとお父さんとお母さんを安心させないといけないのに、涙が止まってくれない。
でも、またお父さんとお母さんに会えるかもしれない。
それまでは、しっかりとした私でいないと。
涙を拭った私は、サリナを探した。
「サリナ。私も……手伝う」
サリナは驚いた様子で私を見た。
不思議そうに、心配そうに。
「私が手伝わないとダメだよね。……じゃなくて、ダメですよね?」
サリナは何も言わずに、私に家事の仕方を教えてくれた。
それからは穏やかな時が流れた。
ときどき来てくれるクローテスお祖父様は私のお願いも少しは聞いてくれる。
私は恵まれているんだ。
そうだ、困っている民衆を救わないといけないんだった。
どうしよう?
今度、クローテスお祖父様に相談しよう。
心にかかった鍵は、嫌な記憶をひっそりと沈めていく。
理由も目的も、それについて考える事もない。
疑問を持ってはいけない。
私がみんなを救うんだ……。




