63. 第五の魔王討伐 <魔素体>
遠くの空から聞こえた微かな雄叫びは、静寂の後、大地を大きく揺らした。
突然の爆発音に後ろを振り向くと、王都第一魔法学校の中心に建っていた教会が吹き飛ばされ、異形の生物が顔を出している。
「久しぶり……魔素体」
ミロはボソッと呟く。
王都第一魔法学校に起こった事件から約10年、ミロはこのときを待っていた。
友達が焼かれ、死んでいく中、1人生き残った自分。
前学長ウルーナ=べグリッドに助けられた命を、この学校の為に使いたいと思って生きてきた。
他人は人か魔獣を想定して鍛錬を積む中、ミロは1人、魔素体のことだけを考えて来た。
魔素体に良いように暴れられたのも、魔素体を専門に戦う人がいなかったのが原因のはず。
「魔素体、私は強いよ」
ミロは校舎の上から飛び降り、地面に着地した。
自分以外にも数少ない教師や派遣された兵士が崩壊した教会を囲んでいる。
皆が見つめる中、土煙からゴツゴツとした腕が伸びた。
それは地面を掴み、這い上がってくる。
「最初のは岩の魔素体です。魔法で攻撃してください」
魔素体はその属性に応じた色や外見をしているため、見ただけで簡単に種類を見破ることが出来る。
周りに支持を出すと、数人が即席のパーティーを作り、岩の魔素体を取り囲んだ。
しかし、発生した魔素体は一体ではない。
地面が捲れ上がり、もう一体の魔素体が出現する。
「次は木の魔素体です。物理攻撃で削って、火の魔法で抑えてください」
少ない人員が自分の得意な戦い方の出来る魔素体をそれぞれに相手する。
残った人員が少なくなっても、ミロは動かなかった。
「人手が足らないッ!!誰か手伝ってくれッ!!」
救援を求められ、迷ったものの、動かないと決めたからにはここで待つ。
2体の魔素体にほとんどの人員がかかりっきりになっているが、ミロはそれでも最初に爆発した箇所を見つめていた。
必ず来る。
そんな確信があった。
優秀な教師が揃っていた頃の王都第一魔法学校の教師がたったの二体にほとんど全滅するはずがない。
ミロの確信通り、静かに三体の魔素体が姿を現した。
「えっ?三体……」
雷の魔素体と風の魔素体と霜の魔素体。
予想を上回る事態にミロの思考はショートした。
えっ、なんでこんなにいるの!?
火の魔素体が出てくると思ったらいないし、しかも三体って人手が全然足りないじゃん!!
「おい、こっちの加勢をしてく……れ?……待てよッ!!…新しいのがいるぞッ!!」
気付いた兵士の言葉によって連携は一瞬で崩壊した。
背後の新たな魔素体と戦う為に1人2人が向かっていくが、少なくなった人員では魔素体を抑えることが出来ず、魔素体が好き勝手に暴れ始めた。
これは無理だと皆一目散に逃げ出していく。
「み、みんな、待ってッ!!奥の手があるからッッ!!」
慌てて兵士を呼び止めると、胡散臭いなと言いたげな視線に囲まれた。
見てろよッ!!私はこの日の為に準備してきたんだからッ!!
1人威勢よく魔素体の集団に駆け出した。
自殺か?と周囲から止める声が聞こえてくる。
ほんとに私、信用されてないな…。
「私はッ、ナティ先生みたいに強くなるんだッ!!」
懐から巾着袋を取り出し、手を突っ込んだ。
中は魔法によって拡張されており、タンスぐらいの容量がある。
手に触れた小さな玉を無尽蔵に掴み、豆まきのように魔素体に投げつけた。
「フゴ………?」
玉が当たった魔素体は不思議そうな反応をする。
直後、その体が縮んだ。
新しく生まれた雷の魔素体は小さな玉に触れるたびドンドン小さくなり、最後にはミロのキックによって撃退された。
「何だ…それは…?」
困惑する兵士にミロはその玉を渡す。
「これは消魔玉と言ってね。近くにある魔素を吸収して固定化する働きがあるの。みんなもじゃんじゃん投げちゃって!!」
得意気に胸を張り、消魔玉を投げていく。
消魔玉はリーナの研究所で作られた失敗作だった。
本来は魔力を吸い取る為に開発されたが、上手く行かず、学校の雑用で研究所に入った際に貰ったのだ。
魔力を吸い取ることは出来なかったが、魔素ならば効果はあったのだ。
ちなみに、これはミロだけの秘密である。
他人の成果にタダ乗りしてるだけとは言わせない。
消魔玉のおかげで三体の魔素体を倒すことに成功した。
巾着袋の中は空っぽになったが、残った魔素体の魔素も削れている。
「みんなでかかれーッ!!」
その場にいた全員が各々の全力を叩き込む。
岩の魔素体はバラバラになり、木の魔素体はもはや枯れ枝だ。
気持ちの昂ぶったミロは叫んだ。
「私たちの勝ちだーッ!!」
ボッ、と聞き慣れない音が背後でした。
ゆっくりと振り向くと、そこには小さな焔が。
小さく見えたソレは激しく燃え上がり、形を変え、腕を、頭を、足を生やした。
心臓の位置から炎が湧き上がり、その炎が全身に広がっていく。
「火の魔素体………ッ!!」
ミロの額を汗が伝った。
とても冷たい汗。
こんなにも熱く燃え上がる焔の前で、ミロの体は震え出した。
だ、大丈夫。
あの時とは違うんだ。
ゆっくりと伸ばされる焔の手。
それに触れた者がどうなるかをミロは知っている。
約10年前の記憶が蘇った。
生徒は炭化するほどに燃やされ、自分を庇った前学長は左腕が朽ち果てた。
「こ、来ないで…」
息が吸えず、口がパクパクと無意味に開閉する。
死ぬの?ここで?
無我夢中で巾着袋に手を突っ込み、残りの数粒を投げつけたが、少なすぎて効果があるようには見えない。
拡張された空間が元に戻り、空っぽになった巾着袋の中をあるはずのない残りの粒を探して手が動く。
「おいッ逃げろッッ!!」
周囲の声は聞こえているものの、ミロは膝から崩れ落ちてしまった。
焔が近づけば近づくほど、体が震える。
止められない震えを抑えようと縮こまった。
世界の時が止まり、自分の世界に浸る。
あの時からこうやっていれば良かった。
あの時は去っていく魔素体を見て、何とかなるんじゃないかと飛び出した果てに、死が待っていた。
薄く開いた瞳に焔が映る。
ギュッと目を瞑ると水がこぼれ落ちた。
「えっ!?」
気が付くと、体がぷかぷかと浮いていた。
自分と火の魔素体が水に包まれている。
火の魔素体によって熱せられた水から大量の気泡が吹き出し、爆発が起こった。
吹っ飛ばされたミロの頭の方から声が聞こえる。
「すみません。荒っぽくなってしまって」
ずぶ濡れの体を起こし、その人物に聞いた。
「あなた誰?」
その人物の視線がスッと胸元に行ったかと思うと、恥ずかしそうに目を反らした。
不思議に思い、自分の体を見ると、胸の形に服がペッタリ張り付いている。
「うわぁっ!!み、見たなぁッ!!」
「い、いやこれは事故で…」
取り繕いながらも、レイピアを握った手は水を操って戦っているようだった。
「初めまして。僕はフーケと言います。ナティ先生に呼ばれ、応援に駆けつけました」
スッと身を正し、自己紹介をするフーケ。
「ナティ先生に?」
「えぇ、次世代勇者決定大会が終わった後に頼まれまして。魔王討伐の際に魔素体が出現したら協力してほしいと」
会話をしながらにも関わらず、あの高熱の生命体を簡単に抑えていた。
「君、強いんだね…」
「火の魔素体に対してだけですけどね。他の魔素体が残っていたら僕も危なかったですよ。
特に雷の魔素体を倒してもらったのは大きい。
あいつが倒されてなかったら僕は出てこれませんでした」
「そ、そうなんだ」
よく分からないが、相槌を打っておく。
「それじゃぁ、終わらせましょうか」
フーケがそう言うと、王都第一魔法学校の上空に水の塊が出現した。
「ユニさんにも見せたかったな。聖水でなければこれぐらい戦えるのに」
独り言を呟くフーケがレイピアを振り下ろすと、一瞬にして生成された大量の水が滝のように落ちてくる。
火の魔素体は押しつぶされそうになりながらも、水を熱して爆発させ、大量の水を吹き飛ばす。
「まだまだ、こんな物じゃないよ。僕の本気は」
一瞬無くなったように見えた水が、即座に出現し、火の魔素体を包み込む。
火の魔素体は水を弾くことに魔素を使っているため、みるみる体が小さくなっていた。
その様子を見たフーケはレイピアを構え、虚空を突く。
鋭く尖った小さな水の塊が超高速で放たれ、火の魔素体の胸に穴を開けた。
穴から魔素が吹き出し、体を維持出来なくなった火の魔素体が不自然に歪む。
大きな爆発が起こり、魔素体の姿は消えた。
「これで終わりですかね。あとは、魔王が討伐されるのを待つだけ」
疲れたように肩を振るフーケには余裕が残っているように見えた。




