62. 第五の魔王討伐①
地響きの後、ユーゴの足元の地面が割れた。
亀裂から伸びる腕を避けるため、ユーゴは跳躍する。
大きな腕が亀裂を広げるように暴れまわり、地面の下に巨大な空洞が出現した。
「ユーゴッ!!戻れッッ!!」
ナティの声が届いたが、その支持は無茶だ。
着地しようと思っていた足場が全て崩れてしまっている。
それに敵はこの空洞で待ち伏せている。
「俺はこのまま下に行くッ!!お前らも降りてこいッ!!」
これも罠であることは間違いない。
土を操る魔王相手に、地中に潜るのはどう考えても自殺行為だ。
しかし、ここで撤退して良いのか?
魔王がより一層大地を掘り進めたら、戦闘どころの話じゃ無くなる。
海の巨大な魔獣と戦ったときだってそうだ。
人間が戦闘を行うにはしっかりとした足場が必要になる。
海の巨大な魔獣は陸に引き上げたことで戦えるようになったが、地面を掘る魔王を野放しにしたら地表に引きずり出すのは難しいだろう。
こいつが顔を出している間に倒すべきじゃないのか。
地面が無くなったことで長く続く浮遊感の中、ユーゴは地面に空いた大穴の奥で待ち受ける魔王と目が合った。
魔王の眼光はまさしく魔王なのだが、その奥にひ弱なものを感じる。
戦う気があるのか、ないのか。
魔王の中途半端な戦略は不自然極まりないが、考えても仕方がない。
チャンスと捉えて戦う以外、選択肢はない。
愛剣に魔力を込めると、発光した魔力がいい具合に大穴を照らす。
「うおおおおおッッッ!!」
手初めに一撃。
全力の亜空切断を眼前の魔王に放つ。
俺の全力に呼応するように魔王が吠える。
しかし、それはただの雄叫びではない。
空気を、空間を、周囲の魔素・魔力を揺さぶる大音量の絶叫が放たれた。
空洞に反響する絶叫は、俺の亜空切断を歪めて消し飛ばした。
耳を塞ぎ、鼓膜を魔法で強化したが、体中に振動が響く。
内蔵をかき回されるような感覚。
信じろ。
己を、愛剣を。
弱々しくも魔力を愛剣に流せば、愛剣はドンッと力強く増幅した魔力を返してくれる。
二つの心臓の鼓動が体内を満たし、不快な振動を遠ざけた。
迫る第二の地面に着地して、第五の魔王に向き直る。
視線がぶつかると、土の鎧の奥の方で瞳が揺らいでいるように見えた。
恐怖?迷い?
魔王がそんな感情を持つのか?
それは融和に繋がった疑問だったのかもしれないが、相手は魔王で俺は勇者。
討伐される者と討伐する者。
その関係は変わらない。…変わらせない。
お前は倒すべき敵なんだ。
魔王の方も意志に揺らぎを感じるものの、反対に魔力からは強烈な殺意を感じる。
互いに互いを殺す。
それでいい。
踏み出そうとした足が地面を蹴る直前、背後に誰かが落ちてきた。
「ユーゴ。それは私の敵ですよ。ユーゴのはあっち」
空洞に落ちてきたユニは魔王の後方にいる悪魔を指差して言った。
「お、おう。分かってるよ。来ないから先に相手をしておこうかと思っただけだ」
「そうですか。じゃぁ、私、行きますので」
すっと抜刀したユニは静かに加速して魔王に向かっていく。
その邪魔をしようとしている悪魔の相手をするため、俺も走り出した。
* * * * *
ユーゴが大穴に落下した直後、第五の魔王の絶叫が響き渡った。
ビリビリと空気を伝う振動に合流したばかりの魔法使いは腰を抜かしたようだった。
ユニも突然のことに気圧されたものの、絶叫が止むと同時に大穴へ飛び込んだ。
この先が罠である可能性はユニにももちろん分かっていた。
しかし、謎にやる気を出しているユーゴが行ってしまった以上、第五の勇者になるはずの自分が足を止める訳には行かない。
ナティが逃げようとする魔法使いを捕まえ、リーナが魔法で全員を降ろそうとしている。
一先ずは様子見と時間稼ぎ。
ユーゴの背を追い越し、魔王に接近した。
即座に悪魔が行く手を阻む。
「任せろッ!!」
ユーゴが悪魔に剣をぶつけて動きを止めた。
その隙にユニは魔王へと突進する。
風を体にまとい、魔王との戦闘に備える。
「ウオオオオオオォォォォォォォッッ!!」
魔王の喉元から野太い雄叫びが漏れ出る。
魔王の魔力で空間が歪むような感覚の後、地面がユニを包み込むように盛り上がった。
完全に土で覆われる直前、偽装加護<風>を発動する。
空気が自分を避けて通ったかと思うと、背中を押し出すように風が戻ってくる。
急加速したユニは土を飛び越え、一瞬で魔王の元にたどり着いた。
魔王は驚いたようで足が絡んでいる。
「最初から手加減は無しですッ!!」
魔界で手に入れた素材から新調した剣は、ユニの魔力に反応して風をよく捕まえる。
剣に渦巻く風に自身の魔力を強く込めて放つ。
<真空切断>
鋭く回転する風の刃は土の鎧を削り取り、鎧に覆われた本体に傷を負わせたように見えた。
しかし、血潮が吹き出ることはなく、ボロボロと土がこぼれ落ちる。
「土の鎧を削って内側を切っているはずなのに効いてないんですかッ!?」
土の鎧はすぐに再生し、魔王は元通りになった。
結果、魔力を消費しただけ。
ユニは敵である魔王を見上げた。
自分よりも大きな敵。
しかし、……
「土に覆われてるだけで"本体は小さい"とかでしょうか?」
自分の言葉にユニはユーゴの話を思い出した。
魔王が引き連れている土の魔獣は、核を破壊すると一時的に動かなくなる。という話を。
「魔王であるあなたにも"核"となる部位があるのですか?」
意味が分かる訳もない独り言に魔王がたじろいだように見えた。
そんなはずは…、と困惑するユニ。
魔王は一歩ニ歩と後ずさると、魔王の歩いた地面から土の魔獣が生えてくる。
しかし、魔獣の動きは道中で見た敵よりもぎこちなく、ユニの亜空切断で一刀両断出来た。
「手応えがなさ過ぎますね。出来たての魔獣は弱いのでしょうか?」
大穴の壁に魔王は背中を付けた。
追い詰めているように見えるが、魔王の魔力はまだまだ豊富に感じられる。
「ユニッ!!上だッッ!!」
下に降りて戦闘に参加したナティが叫ぶ。
つられて見上げた空から、大量の土の魔獣が降ってきた。
数十体の大きな土の魔獣がユニを取り囲み、手を伸ばしてくる。
ユニは軽い鎧と剣に魔力を通し、全身を魔法で強化した。
後方の魔法使いからも強化をしてもらう。
「簡単には終わらないですよね。いいですよ。それで」
風がユニの体を包み込む。
近づく魔獣の腕はユニの体に触れる直前、風に抉られて塵と化した。
* * * * *
一方、その頃。
王都第一魔法学校にて、非常勤講師のミロは空を眺めていた。
突然淀み始めた空の彼方から微かに、いつの日か聞いた魔王の雄叫びが聞こえたような気がしたのだ。




