59. 実力
午前中をベンケイに頼まれた雑用で終えたユーゴは、息抜きに豪邸を散歩していた。
豪邸は広く、畑や家畜小屋など自給自足に必要なものが揃っている。
すれ違う人は様々で、豪邸内の畑仕事をする人、有力者のベンケイに商談を持ちかけに来た商人、豪邸内で勉学に励む子どもたちなど。
この豪邸の主であるベンケイが、この町の中心人物なのは間違いない。
昨夜、サリナがベンケイを殺していなくて良かったと改めて思った。
「そこの者、退いてくれ!!」
ドタドタドタッと兵士が廊下を走って来た。
道を譲ってやると慌てた様子で兵士はかけていく。
「何かあったのかな?」
そんなことを悠長に考えながら、見覚えのある廊下を戻った。
予定では豪邸内の地図を頭に入れておくつもりだったが、油断したら迷いそうなほど豪邸は広かったのだ。
こうゆうのはサリナが得意だろう。
知らないけど。
そういえば、早朝以来サリナと会っていない。
豪邸が広いせいだとは思うが、そろそろ情報共有とこれからの方針を話し合いたい。
ゆっくり歩くユーゴの横を、先程よりも大人数が後ろから走りぬけていった。
通ったのは兵士だけでなく、商人、こども、畑仕事をしていた人たちまで。
全員の固い表情を見れば、何かあったのは間違いないと分かる。
「おい、何かあったのか?」
と、声をかける頃には誰もいなくなっていた。
「参ったな。誰もいないや」
急いで追いかけるか迷っていると背後に気配を感じた。
「ようやく見つけました」
「サリナか。俺を探してたのか?」
「えぇ、緊急事態ですよ。人が魔獣に攫われたようで」
「やっぱり魔獣はいたのか。昨日の子どもたちの話は本当だったみたいだな」
「そんなことを言ってる場合ではないですよ。どうやら複数の魔獣が町を取り囲んで迫っていると聞きました」
「複数?」
最前線を抜けて魔獣がこの町に来たことはこれまでもあったらしい。
だが、それも数体。
普通は一体しか来ないのがほとんどだと聞いた。
ある程度最前線を突破する魔獣がいても、複数で突破されるような話は聞いたことがない。
仮にあったとしても、最前線で目撃されて、すぐに知らせがくるはずだ。
しかし、この町の有力者であるベンケイに情報が来てないということは、気付かれずに最前線を突破した魔獣の集団がいるということになる。
「ベンケイが町の住民を広場に集めているそうです。戦えない人を馬車に載せて、陣形を組み、魔獣の包囲網を突破するつもりです」
「ベンケイなら魔獣と戦えるはずだが、住民の命を優先するってことだな」
「私も馬車に乗るつもりです。魔獣相手では戦えないので。ユーゴも急がないと乗り遅れますよ」
「いや、俺は残る」
「死ぬ気ですか?」
「まさか」
「……そうですか」
不思議そうな顔をしてサリナは走っていった。
豪邸の外では兵士達が残っている人がいないかやかましく探している。
それもすぐに終わり、複数台の馬車の音が離れていった。
その後馬車を追うように、土にまみれた人型の魔獣がのっそりと歩いてくる。
その魔獣たちの行く手を阻むようにユーゴは立ち塞がった。
この数ヶ月、ただ尾行していた訳ではない。
最初はサリナに尾行を任せ、俺は王都に戻っていた。
リーナに会うために。
数年間の解呪作業のおかげで俺の力がだんだん戻りつつある。
第四の魔王に刻まれた刻印もだいぶ小さくなった。
今では心なしか体が軽い。
「さーてと、試してみるか」
いつも使っている剣は豪邸に置いてきた。
代わりに、ポケットからナティに貰った指輪を取り出す。
俺の魔力に反応して、指輪から一本の剣が現れた。
「懐かしい感触だな」
手の中にずっしりとした重みが加わった。
何年も触れていなかったにも関わらず、この剣は体に馴染む。
俺の体型や魔法適正に合わせて作られた俺のための剣だ。
ナティやリーナに手伝ってもらって色々な素材を集め、オリハルコンやアダマンタイトの量を微調整して作られている。
この剣は破れかぶれになって俺が売ってしまったのだが、ナティがダグラ商会を利用して手に入れてくれていた。
お前にはこれが必要だろう?
と最前線に向かうときに渡されたのだ。
結構な金がかかっただろうに何も言わず、気を利かせてくれた。
いずれはこの恩を返さないとな。
これ前も言った気がするような……。
まぁ、いいか。
剣に魔力を通すと、剣はまるで心臓のように脈打ち、激しく、増幅した魔力を返してくる。
「やっぱり、これだな」
剣を軽く振ると、四方に向けて亜空切断が放たれる。
これまで必死に振り絞って出していた技をこうも簡単に使えるのは驚きだ。
「そうだよ……これだよ…。これが俺の、第4の勇者の実力だッ!!」
軽く足に力を入れただけのはずが、爆発が起こった。
のっそりと動く魔獣を次々に切ると、まるで野菜を切っているかのように、面白いくらい簡単に剣が通る。
際限なく現れる魔獣も一秒に数体倒していれば、終わりが見えてくる。
魔獣の壁を切り伏せると、離れたところに二体の魔獣が見えた。
「怪しいな」
近づいてくる様子はない。
この集団は明らかに統率の取れた動きをしていた。
だったら、集団を操っているやつがいるはず。
あそこに二体いる魔獣のどちらかだろう。
「切れば分かるッ!!」
またもや地面が爆発する。
距離を一瞬で詰め、逃げようとした方を攻撃した。
はずが、もう一体の魔獣が間に入る。
「それなら、お前からだッ!!」
魔力を込めた剣が音速を超えて振り下ろされる。
キンッと音が鳴り、剣が硬いものに当たった。
「切れないッッッ!?」
約10年前に戦った第四の魔王でも切ることは出来た。
ただ第四の魔王は回復力が凄まじかったため、俺が何度攻撃しても効いていなかったのだ。
目の前のこいつはそうじゃない。
切れないッ!!
いや、焦るな。
取りあえず数を減らして、こいつは持久戦で削りきればいい。
まずは先に逃げた方を殺す!!
目の前の魔獣を強引に押しのけ、もう一方の魔獣を切り裂いた。
雑魚よりは硬いものの、押しのけた魔獣よりは柔らかい。
声を上げて苦しむ魔獣の首を狙って、もう一撃。
しかし、今度の攻撃は先程の魔獣のように弾かれる。
一瞬で魔獣の体が一回り大きくなった。
体の表面からは土がボロボロとこぼれ落ちている。
逆に先程押しのけた魔獣が少し小さくなったように見えた。
攻撃を受けた魔獣が重たそうに腕を振り回す。
愛剣で攻撃を受けたが、ビリビリと痺れるほどの衝撃。
「そうゆうことか」
一回り大きくなった魔獣からは馴染みのある圧力が感じられた。
「お前が…魔王か」
最初逃げようとしたのが魔王で、攻撃を代わりに受けたのが悪魔か。
魔王は普通分かりやすいものだが、悪魔がいたせいで分かりづらくて混乱したな。
魔獣よりも知性を持ち、魔王に付き添うかのように側にいる強力な魔獣。
他の魔獣とは一味違うことから『悪魔』と呼ばれる個体。
悪魔と魔王の相手を俺一人でするのは無理か。
少し調子に乗りすぎた。
この情報を持って撤退しなければ。
「……………………ッ⁉」
退路を確認するため後ろを振り返ると、いつの間にか倒したはずの魔獣が立ち上がり、周囲を囲んでいた。
「そうゆう能力もあるのか。この状況、絶対絶命ってやつだな」
形勢が完全に逆転してしまったが、胸の高揚感は収まらない。
この窮地とかつての第四の魔王討伐が重なった。
まだ、戦える。
退路を一気に切り開くため亜空切断をしようとした瞬間。
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁッ!!」
大声と眩しい光とともに周囲を囲んでいた魔獣の一角が崩れた。
そこから大型の馬に乗ったベンケイが颯爽と現れる。
「助けに参った!!ユーゴ殿、手をッ!!」
瞬時に持っていた愛剣を指輪にしまい、ベンケイの手を借りて馬に飛び乗った。
「せいッ!!」
馬は前足を大きく上げると、来た道を急いで戻る。
疾走する馬の背中から後方を見ると、魔獣は追いかけることなく、こちらを見つめていた。
「ユーゴ殿、ケガはござらんか?」
「大丈夫だ。危ないところだった。助かったよ」
「それは良かった。サリナ殿から単身で魔獣の元に残ったと聞いて急いで駆けつけたのだ」
怒られるかと思ったが、ベンケイはそんな様子もなく、純粋にこちらを心配してくれていた。
調子に乗ってこのザマだ。
ひたすら申し訳ないな……。
「それはそうと。ユーゴ殿、もしやそなたは、あの第四の勇者でござるか?」
「お、おう。その通りだ」
強くなさそうって理由で自分から言わないと誰も分かってくれなかったんだけど……何で分かったんだ?
「やはりそうか。遠目ではあるが、ユーゴ殿の戦いを見させて貰った。バッタバッタと敵を切り倒す姿は只者ではないと思ったのだ」
「あぁ、見てたのか」
「それと、ユーゴ殿」
「ん、何だ?」
「敬語がないほうが話しやすい。これからもそれで話してくれ」
「あっ」
敬語忘れてた。
「従者という話、嘘なのであろう?ユーゴ殿の敬語にあまりにも違和感があった故、分かってしまった。あまり深くは聞かぬので、心配しなくてよい」
「いいのか?嘘ついたままで」
「勇敢に魔獣と戦うユーゴ殿が悪い人間であるはずがない!!その程度の些細なことは気にせんよ」
「そうか。助かる」
「何やら事情があって身分を偽り、サリナ殿を護衛しておられるのだろう。拙者も出来る限り力添えをする所存だ。是非頼ってくれ」
「お、おう」
何かまだ勘違いしてるな。
本人が騙されたままでいいって言ってるし、放っておこう。
「あ、そうだ。隣町に着いたら頼みたいことがあるんだ」
「どのような内容で?」
「王都と最前線に『第五の魔王が出た』と伝えてほしい。なるべく早く」
「ユーゴ殿、それは本当か!?」
「あぁ、本当だ」
第四の魔王が討伐されてから約10年後の今日、これまでの周期から考えてもあまりにも早すぎる第五の魔王が出現した。




