56. スワン
鬱蒼とした森の中は静かなようで意外と音に溢れている。
鳥がさえずり、虫が囁き、木々はざわめく。
そして風が無くなると同時に、世界が止まったように静まる。
ユニは息を吐き、静かに空気を吸い込んだ。
肺を酸素で満たすと、腰を上げて構える。
風が吹き抜け、世界に音が戻ってくると同時、駆け出した。
風よりも大きな音を立てず、長い草をかき分けながら進む。
ザワザワと風に唸る草木が息を合わせたかのように静まると、ユニも止まる。
木の影に隠れつつ、視認出来ていない目標との距離を勘で推測。
「向こうの方でしょうか。
木が多くてよく見えませんね」
計画通りなら、その辺りにいるはずの魔獣を睨む。
味方もユニと同じように接近しているはずだが、ユニには発見できない。
もしかしたら自分だけはぐれて、全く違う場所に来たかもしれない……と一ヶ月前なら思っただろう。
しかし、魔界での生活を一ヶ月経て、ユニは自分のいる場所・地形をほとんど把握できるようになっていた。
己の勘を信じ、木々の密集した森を突き進む。
「――――――――――ッ!!」
突如、森の空気が変わった。
全ての生き物がなにかを恐れているかのように、異様な静寂が周囲を支配していた。
木陰を渡り歩き、密集した木々の間に。
巨大な鳥を発見した。
全身が銀色に輝く羽毛に覆われ、細長い首の先にあるくちばしは金色に光を反射し、真っ黒な目がちょこんと二つ付いている。
あれが今回の討伐目標。
スワン系の魔獣だ。
スワン系の魔獣は羽毛に鉱石を蓄え、戦闘に用いる。
羽毛に蓄えられた鉱石によって魔獣の呼び名が変わり、あそこにいるのはプラチナ・スワンと呼ばれる。
スワン系の中ではかなり強い部類だ。
「あれは? 巣のようですね」
木々が不自然に密集しており、それらの木々は折り曲げられて、半径10メートルほどの器になっていた。
その上に蓋をするように大きなプラチナ・スワンが乗っかっている。
恐らくあの下には卵が。
戦闘を開始するか、味方の動きを待つか。
思案するユニの前でプラチナ・スワンが大きく羽を広げた。
空高く舞い上がるかのように羽を持ち上げると、真っ黒な目はこちらを見ている。
「バレてるッ!!」
木陰を飛び出して瞬時に距離を取ろうとしたユニに向けて、プラチナ・スワンはその羽を羽ばたかせる。
空気が吸い込まれるような感覚の直後、プラチナ・スワンから嵐が放たれた。
そこらにあった木々は根っこから抜けて宙を飛び、大地はめくれ上がる。
そしてプラチナ・スワンの羽毛に蓄えられた金属が羽毛に混じり、木々を切り裂きながら迫った。
ユニは後方に下がりながら、羽毛が直撃する瞬間に魔法を発動。
偽装加護〈風〉
ユニの周りを風が渦巻き、動きを加速させる。
高速で抜刀した剣で飛来する羽毛と金属を片っ端から撃ち落とす。
「って、流石に多いですよッ!!」
甘く考えていたユニに羽毛は無尽蔵に飛んでくる。
しかも一枚一枚がとてつもなく鋭利だ。
ユニは後方の木々を盾にしながら、偽装加護を活かしてどんどんと距離を取り、ようやく攻撃が弱まってきたところで地面に伏せた。
周囲には折れた枝や根っこから抜けた木々、めくれ上がった土が草と共にパラパラと降り注いでいた。
見上げると、遠くにいるプラチナ・スワンから扇状に土地が一掃されていた。
プラチナ・スワンはこちらを見失ったらしく、首がせわしなく動いているのが見える。
「さてと、困りましたね」
ユニは剣をしまいつつ、のんびりと考えていた。
計画では奇襲してそのまま討伐が理想だ。
その為の邪魔が入らないように、他の味方は少し離れたところで他の魔獣を追い払っていることだろう。
しかし、今回のように察しの良い魔獣もよくいる。
その場合は魔獣毎の基本的な戦い方を参考にして、皆が動く。
スワン系の戦闘は鋭利な羽毛と蓄えた金属を全て使わせてしまうことが基本となる。
その為、長期戦になりがちだ。
ユニがのんびりしている間にプラチナ・スワンは忙しそうに周囲を消し飛ばしていた。
味方が四方八方からプラチナ・スワンに圧力をかけて、羽毛を使わせているのだろう。
死傷者が出ないことを祈るばかりだ。
ユニがいる場所は既に隠れられる木々がなくなっているため、羽毛が残っているうちは近づけない。
味方に任せて、機を待つ。
数分後、音が止んだ。
プラチナ・スワンから輝きが失われ、ところどころ羽毛が抜け落ちて剥げている。
「そろそろ行きますか!!」
隠れるのを止めたユニは偽装加護を使い、先ほどとは逆に高速
で距離を詰める。
一方、プラチナ・スワンは羽を大きく動かし、少しずつ空に向かっていた。
「逃げる気ですか!?」
ユニと同じように周囲から味方が集まってくる。
ここで逃せば、次はどれほど強くなるか分からない。
死人が出たとしても、ここで仕留める。
そう思い、ユニは剣を抜いた。
剣に魔力を注ぎ込み、輝く刃を解き放つ。
<亜空切断>
味方も同じように各々の遠距離攻撃を放った。
攻撃はプラチナ・スワンの羽に直撃し、羽は切り裂かれ、穴が空き、焼け焦げていた。
飛行能力を失ったプラチナ・スワンがゆっくりと落ちてくる。
落下地点の巣に続々と味方が集まり、トドメを打とうと武器を構えた。
瞬間、空気が空に吸われ、体が浮遊感に包まれる。
上を向けば、プラチナ・スワンが真上で巨大な羽を広げていた。
「まさかッ!! 自分の巣もろともですかッ!!」
地面に打ち付けるかのように羽ばたいた羽はプラチナ・スワンの巣もろとも、ユニ達を吹き飛ばした。
偽装加護を使うことで、風に呑まれながらも自分の周りの空気を操り、飛ばされ過ぎないように自身を地面に固定する。
土煙で何も見えない中、突如岩が出現した。
「ウグッッッ!!」
反応するよりも早く、岩がユニの腹部にめり込む。
内蔵をエグるような激痛に耐えながらも、その岩が輝いていることにユニは気付いた。
「これッッッ!! たまごッ!!」
岩の正体は崩壊した巣から飛んできた卵だった。
プラチナ・スワンの卵は鉱石で出来ておりキラキラと輝く。
そして、その卵は恐ろしく硬い。
(このままだと卵に押し潰されるッ!! 離れないとッ!!)
腹部に魔力を集め、空気の塊を作り出す。
〈エア・ポケット〉
腹部と卵の間で空気が膨らみ、弾力のある空気はユニを上に跳ね飛ばした。
卵はそのまま木々を砕きながら、どこかへ飛んでいく。
「あれを回収するのは……大変そうですね」
ユニは空中を乱回転しながらも、それを偽装加護で打ち消し、地面に降り立った。
風はゆっくりと収まり、土煙にまみれたプラチナ・スワンが姿を現す。
味方は飛ばされたようで見当たらない。
一対一だが、プラチナ・スワンは十分弱っている。
イケる!!、と確信したユニに、プラチナ・スワンは悪足掻きの羽ばたきをする。
羽毛はなくなったものの、強風はユニを押し止めた。
ユニは大地を踏みしめ、剣を振るう。
〈亜空切断〉
空気を切り裂くが、プラチナ・スワンのくちばしに弾かれて致命傷にはならない。
しかし、その切り裂かれた空気の間を偽装加護を使って疾走した。
もう一度強風が押し寄せるが、ユニを避けるようにして風は動く。
「そう何度も同じ手はくらいませんよ!!」
自身の周りの空気を魔法を使って後方に流す。
暴風の中、ユニは直立していた。
剣をかまえ、トドメを刺すため跳躍する。
プラチナ・スワンの硬いくちばしを剣で弾き、勢いのまま細長い首を切り落とした。
直後、風は止み、青空が広がった。
* * * * *
「はい、材料です。風の属性を武器に付与できますか?」
「あぁ、この砂嚢ならイケそうだねぇ。
鳥の魔獣なら風の属性と相性も良いだろうからねぇ」
ユニはプラチナ・スワンを解体して手に入った砂嚢やくちばしをヨボヨボのおばあさんに渡した。
有名な武器・防具の職人らしい。
新しい武器を作るならこの人に頼め、とカイメルにオススメされた。
ユニが今使っている武器は水の属性魔法を強化し、操ることに長けたものだが、フーケとの戦闘後は長所を活かせていなかった。
ダグラ商会からも、それを見越したのか買い取りの話が来ている。
かなりの高値で売れるそうなので、自分にあった武器とついでに軽めの防具を作ってもらおうと考えたのだ。
安くしとくよ、と言ったわりには高めの代金を支払い、ユニは店を出る。
店先で伸びをしながら、ふと忘れていたことを思い出した。
「ユーゴは今頃、何してるんでしょうか。
……昼寝だったりして」
長いこと連絡を取れてはいないものの、特に何もしてないだろうとユニは気楽に考えていた。
その頃、ユーゴがエリシアを追いかけていることも知らず。




