54. 同乗者
カタカタと揺れの小さい馬車の中、昼食を食べ終えたユニは手元にある箱を開けた。
「これ、御者の人に貰ったんですけど、食べます?」
「お、ありがと」
箱に詰められた赤い果物をユーゴに手渡した。
高級そうな果物を噛じると、酸味のある果汁が溢れ出す。
この果物をくれた御者に感謝しつつ、ポケットの中のブローチを取り出した。
最前線行きが延期されてから数日、ようやく出発が決まったその日に封筒が届いた。
送り主はダグラ商会のようで、手紙に色々と書いてあった。
その手紙と一緒に入っていたのが、このブローチだ。
『ダグラ商会をご利用の際はこのブローチをお見せください』
と、手紙の最後の方に書いてあった。
安くしてくれるのだろうと思い、最前線行きの馬車を雇うときに見せたのだ。
何やら対応がよそよそしくなり、普段よりも良い馬車に乗れただけでなく、果物まで貰えた。
心なしか御者の人も強そうな見た目をしている。
最前線は王都から遠いらしいので、居心地の良い馬車はありがたかった。
ただ一つ気になることがある。
いや、自分のせいだけど。
「それ、私も貰える?」
「いいですよ」
赤い果物を手に取り、その女性に手渡した。
馬を操る御者の瞳がこちらを見つめている。
この女性を警戒しているのだ。
馬車に乗る予定の無かった、この女性を。
それは午前中、馬車が王都を離れ、しばらくした頃。
不意に馬車が止まり、外から御者の口論する声が聞こえてきた。
何事かと外を覗くと、御者の怒鳴る相手は女性だった。
おっとりとした顔で、体のラインが分かるほど柔らかそうな布でできた服を身に纏い、胸の前で手を組むと、神に祈るかのように何かを懇願していた。
大きな胸は薄い布では隠しきれず、御者は胸から目を背けて相手をしていた。
「どうしたんですか?」
「それが…」
御者からの話では、突然この女性が道に飛び出してきて、馬車に乗せてほしいと言ってきたそうだ。
しかも、文無し。
お金を払えないのに、馬車に乗せるなどありえない。
それに今はダグラ商会の得意先と思われる少女を乗せている。
この子に何かあったら自分はクビになってしまう。
いや、最悪の場合、首だけになってしまう。
そう考えた御者は必死に追い払おうとしたのだが、この女性、見た目に反してかなり芯が強く、一歩も引き下がらなかった。
困った様子の御者に代わって、ユニが話を聞いてみることにした。
ユーゴも何かあったときのために隣にいる。
「なぜ、この馬車に乗りたいんですか?
この馬車は最前線行きですよ」
ユニは優しく、その女性に語りかけた。
「えぇっ!! 最前線に行くのですか!?」
どうやら知らずに乗りたいと言っていたらしい。
これで大人しく諦めてくれるだろう。
そう思ったのも束の間、
「偶然ですね!! 私も最前線に行きたいのです」
女性はにっこりと微笑み、そう言った。
それを聞いて、ユーゴと御者の表情が固くなる。
怪しい。
王都から最前線に行く人間など、そういない。
『偶然』
そんなことが本当にあるだろうか?
ユニも、そしておそらくユーゴも近くの町まで乗せるぐらいなら構わないと言うつもりだった。
その程度なら御者を説得するのも容易いだろう。
しかし、最前線までの遠い道のりを、正体不明の女性と共にするのは危険すぎる。
御者に言わせれば、それほど長い距離を無賃乗車させろというのは認めるわけにいかない。
「最前線ですか……。
さすがに最前線までお金を払わずに、というのは、少し難しいですね」
「お金がないのは、やむにやまれぬ事情があったのです」
「事情?」
「はい。私は最前線に行くためのお金を息子から貸して貰う予定だったのです。
最前線に働きに行った夫の身に何かあったらしく、急がなくてはならなかったので、仕方なく息子からお金を貸してもらう予定でした。
しかし、息子に会えたとき、息子はもう……死んでいました」
女性の表情が暗く沈む。
ユーゴが『耳を貸すな』と視線で訴えてくる。
どうにかして断ろう。
少し強引になるかもしれないけど。
ユニが断ろうとしたそのとき、
「どうして死んでしまったの? ………エンリオット……」
女性は俯いたまま、自身の息子の名前を呟いた。
理由なんかどうでもいい。
関係ないのだから、早く断るべきだ。
と、言いたげにユーゴがこちらを見てくる。
手振りで自分が代わろうか?
とも聞いてくるが、ユニは首を横に振った。
エンリオット。
聞いたことのある名前だ。
精神魔法を使う騎士で、ユニが殺した男。
自分が無関係であるはずがない。
本当にこのまま見捨てていいのか?
この人がお金に困っているのは……私が原因。
だったら、
「この人を乗せちゃダメですか?」
「…………ッ!! 本気か!?」
ユニは女性に聞こえないよう、小声で話す。
「エンリオットって人を殺したのは私です。
ナルミシアの父親が雇っていた騎士です」
「そうか……でも、御者はどうする?
金がないのに乗せるのは嫌がると思うぞ」
「私が払います」
「大会で優勝したときの金か」
「そうです。ダメですか?」
「うーん、……そこまで言うなら分かった。
しかし、この女性が実は暗殺者という可能性もある。
警戒は怠るな」
小声での会話を終えると、状況を察した女性が先程の暗い表情が嘘のようにニッコリ微笑む。
その表情を見て、ユニは不安な気持ちが沸いてくるのを感じた。
自分の判断は間違っていなかっただろうか、と。
この後、嫌がる御者を何とか説得して、この女性を乗せた馬車は出発したのだ。
果物の詰まった箱をしまいつつ、ユニはふと思い出した。
「そういえば、ドタバタしてて名前を聞き忘れてましたね」
「あら、そう言えば。
自己紹介が遅くなりましたね」
女性は姿勢を正すと、色気のある声で囁いた。
「私、エリシアと言います」
ペコリと頭を下げると、エリシアは柔和な笑みを浮かべる。
「さっき言っていた、最前線で働いてる夫に何があったか分かってないのか?」
と、ユーゴがエリシアに尋ねる。
「それが行方不明らしくて。話を聞きに行こうと思っています」
「行方不明か……最前線で起こったことなら他人事じゃないな。
うん? そう言えば……この前の狼の幼魔王が最前線の事件と関わりがあるとか……ナティが言ってたような……」
後半何かを思い出したらしく、ユーゴが小声でボソボソと呟いている。
よく聞こえなかったユニがエリシアの方を見ると、エリシアもよく聞こえなかったらしく、首を傾げていた。
しかし、エリシアは目が合うと、ニコッと微笑んでくる。
ユニはこの完成された笑みを何処か嘘臭く感じていた。
心の内を見せないように、笑顔の能面を付けているかのよう。
何も起こらないでほしいと祈るユニに、最前線からは冷たい風が吹いていた。




