53. 元帥の力
早朝。
響き渡った爆発音に多くの生徒が叩き起こされている頃。
最前線行きの予定を延期して暇だったユニは、剣の稽古を止めて、爆発音の方を見ていた。
「ただ事ではなさそうですね」
爆発音は王宮から。
風にのって木屑や石の欠片が飛んでくる。
身体強化の魔法を使い、跳躍。
校舎の壁を蹴り、屋上に登った。
見つかれば怒られるのだが、今は気にしている場合ではない。
屋上から王宮を眺めると、崩壊した部屋の中にナティ先生とクローテスお祖父様の姿があった。
ナティ先生が金色に光る鎧を身に付けていることから、ユニは緊急事態であることを理解する。
暗殺者の一団を相手にしたときでさえ、ナティ先生は剣だけで戦っていた。
そのナティ先生が鎧をまとうほどの状況。
どうするべきか、とユニは思案する。
王宮に近づけば巻き込まれる可能性が高い。
だったら、自分がすべきことは危険を知らせること。
瞬時に判断し、校舎内に戻ろうとしたユニの前に、大きな狼の顔が現れた。
校舎の屋上にいるユニと同じ高さに顔がある。
魔獣とおぼしき巨大な生物。
ナティ先生が戦っていたのは目の前の魔獣だと確信する。
しかし、疑問は残った。
(この大きさで音を立てずに移動?
幻覚の可能性もありますね。
でも、…………)
目の前にいる巨大な魔獣から発せられる、尋常でない存在感は本物。
手に終える相手ではない。
隙を見て逃げなければ。
そうは思うが、魔獣の視線は一直線にユニを見つめている。
視線が交錯し、静寂が訪れる。
遅れて、スタッと着地音。
「よかった。間に合ったようだ」
音の方を見ると、見覚えのある冴えない痩せた中年男性。
クロノ元帥の姿がそこにあった。
「クロノ元帥‼」
更に、ナティ先生とナティ先生におぶられたクローテスお祖父様も到着した。
ナティ先生の足元には薄く細長い結界が伸びている。
王宮からここまで、クローテスお祖父様が結界で空中に道を作り、三人はそこを走ってきたのだ。
到着と同時、巨大な魔獣がクローテスお祖父様を睨む。
クローテスお祖父様に受けた攻撃を警戒して逃げ出さそうとした瞬間、魔獣の眼前に音もなく、クロノ元帥が現れた。
クロノ元帥が空を掴むと手の中に剣が出現し、不意打ちで魔獣の顔面を切りつけた。
しかし、剣は木の棒のようにあっさりと砕け散る。
逃げ腰だった魔獣は瞬時に牙を剥いてクロノ元帥に襲いかかった。
砕けた剣を見て驚いたような表情をしていたクロノ元帥。
しかし、次の瞬間、
「今です」
と、冷静に指示する。
魔獣がクロノ元帥の意図に気付いたときには、クロノ元帥と魔獣を包む大きな立方体の結界が完成した。
クロノ元帥は着地すると、もう一度空を掴み、別の剣を取り出す。
ナティ先生の持つ剣に似た、特殊な光沢を持つ剣。
先ほどのあっけなく砕けた剣とは明らかに違う。
剣をゆったりと構えるクロノ元帥に、不動に見える魔獣が、目視の限界を越えた速度で前足を叩きつけた。
爆発音と共に結界内は粉塵と絶叫で満たされた。
静観するユニの前に切断された魔獣の前足が飛んできて、結界の壁にぶつかり轟音が響く。
結界内の土煙がなくなると、変わらずゆったりと構えるクロノ元帥と、右前足を失い、雄叫びを上げる巨大な魔獣。
それは戦いではなく一方的な蹂躙だった。
動きの鈍った魔獣の攻撃をクロノ元帥は難なく避けると、すれ違った瞬間に切り刻む。
ユニはその光景に違和感を持った。
まるで魔獣自らが切られるため動いているように見える。
しかし、その攻撃は間違いなくクロノ元帥の命を狙ったもの。
クロノ元帥の完璧な剣捌きは、ユニがこれまで見てきたものと比べて異質だった。
全身を切り刻まれた魔獣は最後、クロノ元帥に噛みつこうと大きく口を開けて襲いかかる。
しかし、クロノ元帥は身を軽く翻すだけ。
その光景は魔獣が自ら首を差し出したかのよう。
あっさりとクロノ元帥がその首を切り落とし、巨大な魔獣は絶命した。
戦闘が終わり、絶命した魔獣の解体が進む。
忙しく人が出入りするのを屋上から見下ろし、ユニは尋ねた。
「あれが魔王……ですか?」
「違うね」
「違うんですか?
って、うわッ‼ ヒメカ元帥ッ‼」
「ヒメカでいいよ」
どこからともなくヒメカ元帥が現れ、ユニの疑問に答える。
戦闘中は隠れていたようだ。
いつも通り目隠しをつけているヒメカ元帥が、ユニをむぎゅっと抱き締めた。
ユニは抵抗しつつ、問いを続ける。
「じゃ、じゃあ、あれは何ですか?」
「あれは『幼魔王』。もうすぐ魔王になる魔獣のことね」
「そんなのがいるんですね」
「もし魔王になっていたら、もっと大変だったと思うわ。
場所も悪いし」
「場所?」
ユニが首を傾げると、ヒメカが指差した。
学校の中庭、その中にある教会を。
ユニは思い出した。
教会の下辺りにあるという、悪魔の死骸。
魔素体の発生源。
ここで暴れられていたら、その衝撃で魔素体が発生して、更に被害が増えていたかもしれない。
今回はクローテスお祖父様の結界が衝撃を消してくれたおかげで、何も起こらなかった。
「でも、次の魔王はユニちゃんが倒すはずだから、その可能性はなかったかな」
ポツリとヒメカ元帥が呟いた。
以前も聞いた、この台詞。
謎の確信を持っているのが気になる。
ユニの曖昧な表情を見て、ヒメカ元帥が問いかける。
「ユニちゃん、魔王を倒すんだよね?」
「も、もちろんです」
「ちゃんと倒してね? ユニちゃんの手で殺すのよ?」
「……はい、わかりました」
謎の圧を受けながら、ユニは頷いた。
しかし、ヒメカ元帥に言われなくても、そのつもりである。
ただ倒すだけ。
何も変わってはいない。
ゴホンとクローテスお祖父様が咳払いをすると、元帥は逃げるように去っていった。
ナティ先生もどこかに行っており、このあと、クローテスお祖父様の執拗な説得にユニは辟易することになったのだ。




