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元勇者の先生と勇者になりたい少女  作者: 小骨 武
魔界入り
52/82

52. 襲撃


 国王クローテスは柔らかいクッションが敷かれた玉座で兵士の報告を聞いていた。

 老いて目元の皺が多くなっても、鋭い眼光は衰えていない。

 大半の人間がその目付きを恐れるが、彼自身は特に睨んでいるつもりはなく、日々痛む腰の心配をしていた。



「王都付近の街道にて、真夜中に大量殺人が発生。

 通りがかった商人がバラバラになった約50名の死体の山を発見し、衛兵が調査・処理を明け方に終えたところです」



 報告に来た兵士がかつてない凶悪な事件に怯えながら、言葉を紡ぐ。

 クローテスは異常な事件の報告に、出そうになった欠伸を噛み殺し質問した。



「暗殺者絡みか?」



 最近ではすっかり成りを潜めた暗殺者が、再起を狙って行動を起こした可能性を疑った。

 少し前にヨースタント家が匿っていた暗殺者を捕まえて牢屋にぶちこんだばかり。

 暗殺者の残党に余力はないはずだが、可能性は捨てきれない。

 しかし、それを否定するように兵士が答える。

 


「暗殺者の主だった集団には監視をつけていますが、動きはありませんでした」


「となると…」



 報告に来た兵士と目があった。

 立場が違えど考えることは同じようで、



「…魔獣の可能性が…考えられます」



 ゴクリと唾を飲み込み、兵士はその恐るべき可能性を示唆した。

 最近では魔獣による事件は報告が少なく、並大抵の魔獣は最前線で始末されているはずだ。

 その最前線を突破し、王都に迫る魔獣となると、



「魔王の可能性もあるか……。

 よし、分かった。

 貴族や暗殺者、王都にいる無法者に怪しい者がいないか徹底的に調べよ。

 事件の現場付近には兵士を送り込んで、警戒にあたらせるように。

 それと、ナティを呼んでくれ」



 ありとあらゆる可能性を考慮しつつも、クローテスには嫌な予感があった。

 もしかしたら…。

 そんな馬鹿げた可能性もあるかもしれない。

 最悪の可能性を考慮して、クローテスは頼れる剣士を召集する。


 兵士に命令してから、ものの数分でナティは到着した。

 国王直々に呼び出すことなど滅多にないので、急いで駆け付けるのはわかる。

 とは言え、流石に早すぎるだろう。



「クローテス国王、何かあったのですか?」



 敏感に何かを感じ取ったナティが問う。

 頼もしいことだ、とクローテスは思いつつ、事件の詳細を伝えた。



「なるほど。そのせいで街道が通れなかったわけですか…」


「む? 何か予定があったのか?」


「…ユニが最前線に向かう予定だったのですが、街道が通れず、仕方なく延期したところです」



 ピクッと、普段は身じろぎもしないクローテスが反応した。



「なぜ最前線に向かう予定じゃったのか、教えてもらえるか?」



 淡々と、しかし、怒りを込めた口調で問うクローテス。

 ナティは嫌そうな顔で、



「関係のない話です。またの機会に」



 と、はぐらかす。

 しかし、クローテスは更に食いつく。



「いいや、関係のない話ではない。

 最前線に向かうということは、そうゆうことなのか?

 そうならば、まだユニには早すぎるじゃろう」



 クローテスは孫娘であるユニを甘やかさず、けれども、適度に厳しく接してきたつもりだった。

 親が死に、ユニにとって頼れる相手が自分だけとわかっているからこそ、甘やかして依存させるのではなく、独りで生きていけるように。


 そんなある日、ユニが国民を救いたいと言い出したのだ。

 王になれば民衆を導ける。

 そう口にしてから、クローテスは後悔した。


 教養を身に付け、いずれは立派な男と結婚し、人生をゆったり過せるようにしているのに、孫娘はそれを理解せず、不安定で危険な道に進もうとしている。

 これまでの国王は暗殺者に命を脅かされてきた。

 出来る限り壊滅させたが、王を目指せば、暗殺者が送り込まれて来るだろう。

 必死にそう説明したが、だったら戦い方を知りたいと言い出したのだ。


 一時の気の迷いだろうと思い、暇そうで使えなさそうな勇者を先生にした。

 勇者は思いのほか汚い身なりで、クローテスは軽蔑すらしていたが、逆にユニが戦いの道に行くことはないと安心できた。

 それがいつのまにか、危険な魔獣がうろつく魔界に最も近い場所、最前線に行くと言われたのだ。

 普段でさえ賛成できないが、今は特にまずい。



「ナティよ、最前線で発生した事件を知っているか?」


「いえ、何かあったらしいと聞きましたが、口止めされてるとかで」



 クローテスは自身の命令がしっかりと守られていることを確認しつつ話を続ける。



「数週間前、最前線の一区画が壊滅したのだ。

 しかも、一人の目撃者も出さずにな。

 他の区画から物資を運びに来た者が、そこらに転がる死体を発見してようやく、その区画に生存者がいないと分かったのだ」


「魔獣……いや、魔王?」


「魔王を疑うにはまだ早い」


「それで最前線に行くのが反対なわけですか。

 しかし、その事件、今回街道で起こった事件と酷似しているような気が…」


「わしもその可能性は考えているが、どちらも目撃情報がない。これでは判断ができん」

 

「そういった能力という可能性も…」


「問題はそこではない。

 最前線と街道が同じ魔獣によるものだった場合、あまりにも移動が速すぎる」


「街道がここからそう遠くないことを考えると…」


「王都に潜入しているかもしれん」



 顔に警戒の色を浮かべるナティ。 

 クローテスが突然、ナティから視線を外して言った。



「ふむ。どうやら、もう来ているようじゃ」



 クローテスの視線に合わせて、ナティもそちらを見た。


 色鮮やかなステンドガラスに差し込む陽光。

 その中心に突如として映る大きな黒い影。


 ナティは瞬時に指輪から盾を取りだし構える。

 全身に魔法で強化を施した瞬間。

 大きな毛むくじゃらの獣の腕がステンドグラスを破った。

 接触までの数秒、ちらりと横を見ると、クローテスはゆったりと寛ぎながら杖を握りしめている。


 大きな腕が音速を越えて振り降ろされると同時、クローテスの足元に魔方陣が広がった。

 クローテスを中心に、ナティも包むように結界が完成する。

 直後、爆音と共に周囲の景色が吹き飛んだ。

 建物の壁と色鮮やかなステンドグラスが消えたが、クローテスの結界内だけは何もなかったかのように守られている。


 ナティは壁が消えたことで現れた巨大な魔獣を凝視した。

 狼のような見た目に、白銀の体毛。

 最前線近くに生息する、フェンリルと呼ばれる魔獣に酷似している。

 間違いなく、その中の一個体が成長したもの。

 しかし、ここまで大きくなるものなのか?と疑問に思うナティ。


 巨大な魔獣は自身の攻撃が通用しなかったことに驚き、怯んでいるようだった。



「ナティよ、即席のパーティを組むとしよう。

 数秒稼いでくれ」



 よっこらしょ、と立ち上がったクローテスが言うと、結界が消えた。

 ナティは焦りながらも、クローテスの意図を理解する。


 二人とも守りでは、いずれ押しきられてしまう。

 ならば、通常の魔王討伐の流れと同じように、前衛が引き付け、その間に魔法使いが強力な魔法を準備する。

 前衛はナティ、後衛はクローテス。


 魔獣が次の攻撃に移ろうとした瞬間、ナティは動く。

 一秒で指輪から鎧と剣を取りだし、装備。

 盾を構え、魔力を通し、



 <エア・シールドスマッシュ>



 少し距離があったため仕方なく、遠くから技を放つ。

 魔力が込められた盾が空気を押し、強烈な圧を生み出す。

 魔獣は驚いて自身の攻撃をやめたが、効いている様子はない。

 ナティは驚くことなく、右手に握った剣に魔力を込めた。

 魔力を纏った剣が金色に輝き、剣の振りと同時に魔力を放出する。



 <亜空切断>



 完璧に魔獣の喉元に直撃した。

 が、魔獣に傷はない。

 魔獣の剛毛はナティの強烈な一撃を弾いていた。



「…随分とタフだな」



 ナティは驚きの表情で盾を構え直す。

 魔獣はゆっくりと前足を振り上げた。

 その足が消えたように見えた瞬間、ナティの盾の目の前で爆発。

 押し潰されそうなほどの圧力に、即座に剣を手放し、右手も使って盾を押し返す。



「うおおおおおぉぉぉぉッッッ‼」



 体験したことのない凄まじい圧力。

 後ろに弾かれながらも、ナティはその攻撃を耐えきった。

 痺れる腕を筋肉で強引に持ち上げ、盾を構える。



「物理に特化しているな。

 下手な魔王よりも厄介だ」



 マズイ、な。

 と思ったナティに、後ろから声がかかる。



「ナティよ、ご苦労じゃった。下がれ」



 指示に従い、ナティは場所を空ける。

 魔獣が次の攻撃を仕掛ける前に、巨体の周りを光の玉が包んだ。



「それなりに強かった。

 第三の魔王といい勝負かもしれん」



 そう言うと、光の玉が形を変え、細長く伸び、それぞれを繋げる。 

 その際、間にいた魔獣を串刺しにして。



「対魔獣結界の応用じゃ。

 効くじゃろ?」



 四肢と内臓を貫かれた魔獣は激しく暴れるが、魔獣を貫通する結界が壊れることはない。

 クローテスはしたり顔で続ける。



「ナティだけならお前にも勝機はあった。

 しかし、第三の魔王討伐に参加したワシがいたのが、運の尽きじゃ」



 暴れるのをやめて大人しくクローテスを睨む魔獣が、突如、ガパリと口を開けた。

 喉の奥から漏れ出す謎の力に、クローテスは顔をしかめる。

 


「ナティよ」



 最後まで聞かずにナティは動き、盾をクローテスの前で構えた。


 クローテスが一度に張れる強力な結界は一つ。

 クローテスを守る結界の代わりに、ナティがクローテスを守らなければならない。


 魔獣の口から放たれた強力な魔力砲をナティの盾が散らす。

 重たい手応えにナティの顔が歪んだ。



「物理に特化したタイプじゃないのかッッ」



 グッと堪えつつ、ナティは己の限界を悟った。

 しかし、自分が死ねば、後ろにいるクローテスも死んでしまう。



「クローテス国王、結界をお願いします」


「分かった」



 魔獣を貫いていた結界が消え、ナティとクローテスを囲うように結界が出現する。

 結界にぶつかる魔力砲が途切れると、そこに魔獣の姿はなくなっていた。



「最後の攻撃、気になるな」



 どっこいしょ、と玉座に腰掛けたクローテスが言う。

 ナティもそれに同じ意見だった。



「第四の魔王の攻撃よりも強力に感じました」


「ふむ、また第一の魔王が関わっているのかもしれんな。

 全く、最前線を越えていった連中は何をしているのやら」



 呆れた様子のクローテスだが、表情を険しくしてナティに宣言する。



「ところで先程のユニの件じゃが、認めんからな。

 最前線の向こう、魔界にはいかせんッ‼」


「それはユニに言って下さい。

 私が全て決めることではないので。

 それよりも、逃がした魔獣の討伐に向かいます」


「ん? それなら彼らに任せればよいじゃろう。

 最近、動き出したらしいじゃないか。

 なぁ、元帥よ」



 クローテスの視線の先。

 崩壊した部屋の端に、ヒメカとクロノ、二人の元帥がいた。



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