50. 理由
ガバリと体を起こした。
直感的に寝坊したことを悟り、慌てて飛び起きたものの、ここはどこだろうと疑問符が浮かぶ。
ふと横を見ると、小さな机の上には見覚えのある箱。
開けると、一本の剣が収まっていた。
深海のような透き通る青の刃。
勝利の暁に貰えると言われた剣が手元にある。
それが意味することは…。
そっと箱を閉じると、ユニは部屋を出た。
見覚えのない部屋だったが、出てみるとそこは闘技場の地下だった。
まずはナティ先生を探そうかと思ったが、先に食事を取ることに。
時間帯はおそらく昼前。
昼過ぎに闘技場で戦い始め、今起きたら昼前。
つまり、丸一日寝ていたことになる。
当然、お腹はぐうぐうと文句を言っている。
先に食事、その後、ゆっくりナティ先生を探せば良い。
そう思い、記憶を頼りに闘技場内の食堂にたどり着いた。
昼前とあって人気はほとんどない。
食事を頼もうと思い、辺りを見渡すと、目が合った。
その人物は昨日自分が負かして、大変そうなことになっていたはずだが、平然とそこにいる。
他の人との会話を切り上げ、こちらに迫ってきた。
「ユニさん、おはよう」
「フーケさん、おはよう……ございます。
もう昼ですが」
「今起きたとこかな?」
「そうです」
改めて近くで見ても、昨日激しい戦闘を行ったとは思えない。
完全回復しているように見える。
「その…体は大丈夫ですか?」
「うん、心配要らないよ。
この通り、完全復活。
ユリハさんのお陰だけどね」
「ヒーラーのユリハさんですか?」
「そうそう。その呼び方したら怒る人。
問題はあるけど、腕は確かだよ」
「問題?」
「知らないのか!?
君も治療を受けたはずだから、あの恐ろしい体験をしたのかと」
「昨日意識を失って、さっき目覚めたところです」
「羨ましいなぁ。
僕なんて、起きたら半分純化してスライムみたいになった体を、あの人が伸ばして遊んでたんだよ。
それに起きてからは、股間のコレも水に出来るのかって聞かれて弄られたり、大変だったよ」
「弄られたんですか…」
「いや、卑猥な意味ではない…ことも…ないね。
まあ、立ち話はなんだし、一緒に食事はどうだい?
実はまだ食べてないんだ」
「良いですね。そうしましょう」
それぞれに頼んだ食事を受け取ると、二人は手近な席に座った。
フーケの食事は色とりどりのサラダ、ハチミツを塗ったトースト、魚介類のスープ。
あと、よく分からない飲み物。
「それなんですか?」
ユニはよく分からない飲み物を指差して言う。
「これは僕専用の特別な魔力補給水だよ。
損なわれた魔力を素早く補給することで、疲労感を無くしたり、傷の回復を早める効果がある」
「ポーションみたいな物ですか?」
「そうだね。自分専用のポーションと言えるね」
そこで会話は途切れ、しばらくは咀嚼音が続いた。
ほとんど食べ終わったところで、フーケが口を開く。
「そういえば、言ってなかったね。
ユニさん、優勝おめでとう」
「優勝と言っても、フーケさんとしか戦ってませんけど…。
それに、あれは私の勝ちでしょうか?
引き分けのような気もしたのですが」
「僕が先に気絶したから君の勝ちだね。
そんなに気にしなくていいよ。
僕も負けたと思ってるし」
「そうですか。
…何だか、実感が沸きません」
フーケはニコニコと微笑みながら、ユニを見る。
何やら上機嫌に見えた。
「僕はね、君に感謝してるんだ」
「感謝?」
「次世代勇者決定大会。
勝ち続けてたけど、実は勇者になろうとは思ってなかったんだ」
「えっ、そうなんですか!!」
「僕は昔、不治の病を患った孤児だったんだ。
ある日突然、体から水が出始めてね。
誰も治すことが出来なかった」
「それって…」
「そう、『純化』だよ。
純化を上手く操れず、無意識に体を水に変えていたんだ。
でも、僕にはどうしようもなかった。
そんな日々が続いたけど、その噂を聞き付けた教会からヒメカ元帥が駆け付けてくれたんだ」
「(あの人ですか…)」
「ヒメカ元帥はすぐに僕が純化していることを見抜いてくれた。
純化をどうにか出来た訳ではないけど、それがきっかけで王都第二魔法学校に特待生で入れて、純化を操れるようになった」
「そんなことがあったんですね」
「さっき僕と話してた人覚えてる?」
「えぇ」
「あれが僕の先生なんだ。
僕に純化の操り方を熱心に教えてくれて、その先生に大会出場を勧められたから参加したんだ。
喜んでくれるのが嬉しくて、頑張って勝った。
でも、僕は勇者になりたかったわけじゃない。
お前は勇者になれる、って皆に言われて困ってたんだ」
「そこに私が現れた訳ですか」
「そう。勇者になりたいユニさんが現れた」
フーケの表情は晴れ晴れとしていた。
今までなろうと思っていないのに、勇者になることを応援されてよほど悩んでいたのだろう。
「それで、ユニさんに聞きたいことがあるんだ」
「何ですか?」
「ユニさんは、何で勇者になりたいの?」
なぜ?
そんなの決まっているでしょ?
「魔王を倒せば多くの人を助けることが出来るからです」
「………多くの人、ねぇ」
「人を助けることは良いことじゃないですか。
何か言いたいことがあるなら、言ってください」
「……………………。
いや、いいや。
ユニさんが僕と同じ考えとは限らないし、やる気に水を差してしまうのは避けたい」
「何ですか? 気になるじゃないですか‼」
「ユニさんは自分について、もっと考えてみても良いかもしれない」
「何ですか? それ」
「じゃ、僕はこの辺りでお先に失礼させてもらうよ」
そう言うと、フーケは食器を片付けて、そそくさと食堂を出ていった。
ポツンと残されたユニ。
疑問符は消えていない。
しかし、胸の中に微かな不快感が生まれた。




