5. 信頼度回復計画2
「いいぞ、ユニ。その調子でスピードを維持したまま畳み掛けろ」
練習用の剣とはいえ、全力で向かってくるユニを軽くいなしつつ、助言をする。
ユニはここ数ヵ月の間に、かなり剣士として強くなっていた。
「スピードを意識しすぎだ。力が抜けて剣が軽くなってるぞ」
あまり話が長続きしないことを心配していたが、俺が思っていたよりもユニは真面目に話を聞いているようだった。
そうして数々の助言をしっかりと生かし、可愛い容姿からは想像出来ないような連撃を繰り出すようになっていた。
これも若さの成せる技かと思いつつも、ユニの剣には遊びではなく、本気で強く成ろうとしていることが感じられる必死さがある。
「よし、このあたりで一旦休憩だ」
午前の稽古が終わり、召し使いの作った色鮮やかな昼食を食べながら離れて座っているユニを眺めて思う。
そろそろ俺に勝てない本当の理由を教えてやるかなぁ。
食べ終わった食器を片付けてユニの向かいに座る。
まだ食べている最中のユニは不満そうにしていたが、構わず話し掛けた。
「なんで俺に勝てないと思う?」
口の中の物を飲み込んで、下らない質問だと思ったユニは言う。
「私はあなたに体格も年齢も経験も全て劣っています。
むしろ負けるのは当然ではないですか?」
「お前がこの先戦う相手はそうゆうやつばっかりだぞ。
それでもそう思うか?」
「……………分かりません。なんで負けるんですか?」
「負ける理由じゃない。勝てない理由だ」
「周りくどいのはやめて、勝てない理由を教えて下さい」
「いやいやこの流れは大切なんだぞ。
答えを知るだけでなく、答えが答えである理由を知ることが……」
いつの間にか食べ終えていたユニが不機嫌そうに半眼で聞いてるのを見て、話を切り上げた。
話が長くなりそうだから食べてる最中に質問をしたのだが、これ以上は聞いてくれそうにないので答えを言う。
「はっきり言うとな、答えは魔法だ」
「魔法……大事だと思いますが、それがあると勝てるというわけではないのでは?」
「まぁ…確かにそうだが無いと確実に負ける。
それにお前が魔法を使えれば、俺に勝てるぐらいにはなる」
納得した様子で質問をしてくる。
「なら、なんで最初の稽古から魔法の授業をしないんですか?」
「それはな、魔法が便利すぎて体術や剣術を怠るやつが多いからだ」
ユニはふんふんと頷いていたが、ふと顔が険しくなった。
「ところでお前と言うのは止めてもらえますか、不愉快です」
「えっ、あぁ……どう呼んだらいいんだ?」
「……名前で呼んで下さい」
「えっ‼いいのか?」
「はい、お前よりはマシです」
「ん?なら、お前……じゃなくて、ユニも俺のことを名前で呼んでくれるか」
ここぞとばかりに仲良くなろうと調子に乗ってみる。
ユニはまたもや険しい顔つきになったが、しぶしぶ了解した。
「分かりました、……ユーゴ……さん」
「さんは要らないぞ」
「じゃあ、………ユーゴ」
恥ずかしそうに言うユニを見て、俺は満足だった。
服を新しくした効果かもしれない。
一連のやり取りを、歯を食い縛って羨ましそうに召し使いが覗いていた。
昼食を終えたユニと俺は外の稽古場に向かっていた。
今まで魔法については何も教えていなかったが、家庭教師の先生から話を聞いたことがあるらしい。
歩きながらの大まかな説明でも理解できているようだった。
そうして歩きながら稽古場に着くと、敷地の中に勝手に入っている二人組と目が合った。
見たことのある金髪頭はこちらを見ながらもう一方に何かを話していた。
もう一方は砂ぼこりで黄ばんだマントを身に付けていて、フードで顔はよく見えないが、男の口元は笑っていた。
「あの、ユーゴ……。あの金髪の人はトラーダ=ヨースタントという人で私に用事があるんだと思います」
「はっ?あの金髪と知り合いなのか?」
「はい、一応、幼馴染みで、私の両親が死んでからしつこく付け入ろうとしてくる人です」
「ん?今、なんて…」
「……今のは忘れてください…」
ユニは口を閉ざして俯くが、気づかっていられるような状況ではない。
ユニに一番大切なことを聞く。
「ユニ、こっちに歩いてきている方も知り合いか?」
「いえ、その人は知りません」
「そうか、だったら下がってろ。あいつはたぶん俺の客だ」
前回、金髪頭はユニの先生を辞めろと言って、襲ってきた。
返り討ちにしたが、懲りずにやってきたのだろう。
今回は変なやつを連れて。
目の前に迫ってきたマントの男はたぶん初対面だ。
だが、似たようなやつらを見たことがある。
以前、流行っていた暗殺者というやつだ。
俺が魔王討伐に行っていた頃、王族や貴族の跡継ぎ争いで大活躍していたらしい。
魔王を討伐して帰ってきたら王族や王族と近縁の人間がかなり殺されていたことを思い出す。
兵士の少ない地方では暗殺者が最早殺し屋で、白昼堂々と殺して兵士が来る前に逃げているとか。
挙げ句の果てには山賊や強盗が暗殺業をしているという話もあった。
しかし、王都でそんな荒いことをすればすぐに捕まる。
ここは王都からかなり近い場所だ。
こんなところで仕事をしているのは本当に暗殺を職業にしているやつだけだ。
しかも隠れずに向かってきたところを見ると、正面戦闘を得意としているやつか。
俺の目の前で男はマントを脱ぎ、隠していた剣を背中から抜いた。
「よぉ、久しぶりだなぁ」
俺を無視して、男はユニに話しかけた。
男の顔を見たユニは何かを思い出したのか、脅えて震えていた。