48. 次世代勇者決定大会 その③
ユニは焦っていた。
何が起こったのか分からない。
確実にフーケの体は真っ二つになったはずなのに、体から水が出たと思ったら、元通り。
偽物を切った?
本物は魔法で姿を消している?
頭の中で渦巻く疑問。
そんなユニの様子を見て、フーケは嬉しそうに言った。
「そうかそうか。
君は事前に僕の事を調べなかったんだね?」
「もちろんです」
「理由を聞いてもいいかな?」
「公平性のため、互いに相手の戦い方を事前に調べないこと。
と言われましたので」
「それで、言う通りにしたんだ。
僕の水くらい純粋だなぁ。
調べても良かったのに」
「良くないでしょ」
「いいんだよ。
今まで戦った人は皆そうして来た。
その上で、全員に勝ってきた」
「それは凄いですね」
「あぁ、だから……それを知らない人に勝っても、あまり嬉しくない」
カチン、と頭に怒りマークを浮かべたユニに、フーケは問う。
「それで?
僕の魔法は分かったかな?」
「………分かりません」
「本心みたいだね。
とても悔しそうだ」
「そろそろ再開しましょうか」
「まあまあ、話を最後まで聞いてくれ。
教えて上げようって言ってるのさ、僕の魔法を」
「いいんですか? 勝ちますよ?」
フーケはユニの挑発を楽しそうに笑い、言葉を続けた。
「君は"加護"という言葉を聞いたことがあるかな?」
「えぇ」
「単純な話だ。
僕には"水の加護"があるのさ。
ただし、同じ加護にも等級がある」
「等級?」
「あぁ、人によっては"水の加護"を持っていても、他人より楽に水魔法を使えるだけだったりする。
しかし、僕の加護は違う。
最上位の加護を持つ者にしか使えない技。<純化>を使える」
「純化?」
「簡単に言えば、自分の体をその属性に変化させることが出来る。
こんな風にね」
フーケの体が薄く透け始め、体が崩れ落ちた。
と、思ったら、盛り上がった水が形を変え、フーケ本人になる。
「凄いでしょ? それだけじゃない。
生成出来る水の量も段違いに多くなる。
僕はこの結界内を水で満たすことだって可能だ」
「えぇ、凄いですね。
でも、聞いたことがあります。
加護を持つ者は、その有利と同時に不利も持つ。
強力な加護ほど、大きな弱点をあわせ持つ。
あなたの場合、雷に極端に弱くなるって事ですね」
フーケはユニの返しに苦笑した。
「………そう来るか。
やっぱり君には教えない方が良かったかも知れないね。
何も分からない方が降参を選んで貰えたかもしれない」
「情報ありがとうございます。
ありがたく"勝つために"使わせてもらいます」
「分かっているのか?
その情報を知ってる相手に僕は勝ってきたんだ」
気が付けば、水がお腹の辺りまで来ていた。
話の最中も、フーケはしっかりと水を増やしていたのだ。
批難する気持ちで睨むが、ニコッと笑みを返される。
"本気"というのは本当らしい。
「そろそろ終わろうか?」
フーケの言葉通り、これまでに溜まった水が一瞬で引いていき、次の瞬間には大波となって押し寄せた。
逃げ場はない。
お腹の高さほどあった水が、足首が浸る程度まで減っていた。
その減った分が全て、波となって向かってくる。
今から押し寄せる大波が直撃すれば、自分が上を向いているのかも分からずに、溺れて負ける。
こうやって勝ってきたのだろう。
でも、私は他の人とは違う。
こんなところで負ける訳にはいかない。
チラリと上を見ると、結界の天井スレスレを掠めるように大波が押し寄せていた。
次の瞬間には大量の水が結界内で荒れ狂う音が響く。
観客は少女の有り様を想像して沈黙。
いつも通り終わった、と安心しているフーケの耳に、ダンッと一際大きな音が聞こえた。
波は収まり始めている。
だったら、この音は何だ?
音の方を見るも何もない。
結界の壁があるのみ。
しかし、音は続いた。
最後に天井でなった音の方を見た瞬間、フーケは戦慄した。
目と鼻の先、見上げた空中に少女が迫っていた。
雷の属性をまとった剣を構えて。
壁を蹴って宙を飛び、大波と天井の間を抜けた、と気付いた。
その後、壁を蹴って方向を調整し、フーケに迫っていたのだ。
反射的に、フーケは手に持っていたレイピアを防御のために構えた。
ユニの渾身の一振りでレイピアはあっさりと砕け、間一髪、剣先が空振りに終わる。
ユニが言った通り、フーケの体は雷に極端に弱い。
ほんの少し剣先が当たり、ほんの少し雷が体を伝った時点で、フーケは動けなくなるだろう。
魔道具であるレイピアを失ったことは痛手だが、攻撃を食らうことに比べれば、大したことではない。
そして、今この瞬間すべきことは、逃げの一手。
その瞬間、風が吹いた。
偽装加護<風>
少女の体を風が包み、強烈な風は少女の体を回転させる。
フーケが驚きで目を丸くしている瞬間。
ユニは体を捻り、レイピアを失ったフーケに全力の横凪ぎ。
確実に当たった、とユニが思った瞬間、剣は空を切った。
剣が当たるはずだった箇所は透明になり、崩れて無くなっている。
フーケは剣が当たる部分を先に純化させることで、避けていた。
そのまま透明になっていくフーケは水に倒れ込み、水と混ざりあう。
ユニは直後に剣で水面を切り、雷を流した。
が、流れなかった。
水が雷を完全に弾いた。
『僕の水はただの水じゃない』
先ほどのフーケの言葉。
さっき言っていた言葉の意味はこれですか。
苦手とする雷を一切通さない"水"。
一旦落ち着いて、着地しようとするが、床に足がつかない。
水中でもがく内に、頭まで完全に沈んでいた。
壁を蹴って移動していた一瞬で、ここまで水量がッ!?
そんなことより、探さなくてはッ!!
水に混ざったフーケに直接、雷を流さないと勝ち目はない。
しかし、結界内の半分以上に溜まった水のどこにいるのか。
一か八か、水中で目を凝らすと、結界の端に半透明なフーケがいた。
フーケもまたこちらを視認している。
それに気が付いた瞬間、波がユニを襲った。
圧倒的な水量に押され、フーケとは反対の壁に叩きつけられる。
息も絶え絶えになりながら、何とか水から顔を出した。
息を吸い込んでから、違和感に気付いた。
攻撃が止んだ。
しかし、どんどんと天井が迫っている。
水が結界の外に出ていかない分、結界内から空気が外に出ているようですね。
このままだと結界内が完全に水で満たされる。
そうなったら、息が出来なくなって私の負け。
水の生成に集中してるみたいなので、今がフーケを倒すための最後のチャンスですね。
ユニは大きく深呼吸して考えた。
自分が勝つための方法を。
* * * * *
ヒンヤリとした水の中、フーケは水を生成し続けていた。
ただの水ではない。
『清水』と呼ばれる、雷を流さない魔力純度の高い水だ。
その清水で結界内を満たすことが出来るのは、世界中で一握りの人間だけだろう。
そう思えるほどに、清水は魔力の消耗が激しい。
レイピアがあれば、もっと楽に生成出来るのだが、壊されてしまったものは仕方がない。
この勝負に勝ってから、また作ってもらえばいい。
そう。今、大事なのは勝つことだ。
視線を上げると、水で満ちた結界内で後わずか空気の残っている天井付近に少女はいた。
もがくことすらしないのは、彼女の性格からは不自然に思える。
いや、察したのだろう。
水が最後の空気を追い出せば、僕の独壇場だ。
彼女に勝ち目はない。
そして、今の彼女に打てる手はない。
いや、この状況で降参しないこと。
それが彼女に出来る唯一の攻撃なのだろう。
ならば、そんな彼女を早く負かしてあげることが、僕にできる優しさだ。
水は更に量を増し、突然、生成出来なくなった。
生成した水の行き場が無くなったのだ。
少女を見ると、水の中で浮いていた。
よく見れば、可愛らしい顔をしている。
この子がアレほどに苛烈な戦い方をするとは、誰が想像出来るだろう。
よく頑張った。
彼女は今まで戦った相手の中で、最も勝利に近づいた。
そんな君を馬鹿にする奴がいたら、僕が君の味方をしよう。
だから、安心して『負けてくれ』。
誰の目にも明らかに僕が優勢。
しかし、清水で満たされた空間で、彼女の目はそれでも闘志を失っていなかった。
この試合は審判の判断で終わる。
どう考えても、僕の勝ちだろう?
もういいじゃないか。
そう思うが、結界の外に動きはない。
終わらせるしかない。
これ以上苦しませないために、今、少しだけ苦しんでくれ。
フーケが力を込めると、水が動き出した。
少女を壁に押し付け、肺に残った息も押し出させる。
少女は苦しそうに息を吐き出した。
それでも、闘志は失われていない。
何故?と思った瞬間、少女の持つ剣から雷が出た。
無駄だ。さっき試して分かっているはず。
そのとき、雷が"流れた"。
少女の剣から出た雷が、水中をうねりながら進む。
まるで道でもあるかのように、雷は一本道を突き進む。
あっ、と理解した瞬間には雷が届いていた。
体全体を炎で焼かれるような痛み。
水中で声にならない絶叫を上げ続けた。
恐らく、そんなに長くない時間。
ほんの一瞬、雷が流れただけなのだろう。
しかし、永遠にも感じた。
体が痺れ、透明と半透明、水と肉体が入り交じった自分でもよく分からない状態になった。
虚ろな意識の中、フーケはユニを称賛していた。
僕が残りの空気を奪うために水を生成していたとき、君も水を生成していたんだな?
僕の清水とは違って、普通の"雷を通す"水を。
そして、時間をかけて、その水を僕の下にまで伸ばして、雷の通る道を作った。
最後はその道に雷を走らせるだけ。
君はあの状況でも勝利を考えていたのか。
* * * * *
フーケの意識がなくなり、水中を漂い始めたのを見て、ユニはゆっくりと目を閉じた。
息が出来ず、もう限界だった。
遠くの方で、銅鑼の音がなる。
それと同時に、結界が崩壊し、水が勢いよく流れ出した。
ほぼ無意識で濁流に身を任せていると、誰かの力強い腕に首根っこを掴まれ、水から引っ張り出された。
あの人だろうな。
と、思いつつ、ユニはその腕に優しく抱き抱えられた。




