43. ナルミシア
ガタガタと車輪が馬車を揺らすが、乗ってから数時間たった今では、まるで揺りかごだった。
目的地であるナルミシアの実家。
それは王都から少し離れたのどかな町にある。
ヨースタント家の繋がりで解体されるとは言え、土地はヨースタントと無縁の田舎。
そこに向かって、馬車はゆっくりのんびりと進んでいた。
「…ふああぁ」
「ユニちゃん、眠そうだね。
私もそろそろ寝ちゃいそう」
思わず欠伸が出た瞬間をナルミシアに見られてしまい、顔には出さないものの、ユニは気恥ずかしくなった。
三人仲良く昼寝では、馬車を操る御者の人に申し訳ないと思い頑張っていたが、さすがに睡魔を我慢できなかった。
ちなみに、欠伸を目撃したナルミシアはユニの意地に付き合って、今まで寝ないで過ごしていた。
一方、その後ろで、大人役のリーナは杖を抱き抱え、丸まって眠っていた。
睡魔に抗うことなく、何時間も前からスヤスヤである。
以前の破廉恥な服装は、魔法使い特有の厚着に変わり、それを毛布代わりにして快適な昼寝を取っていた。
リーナだと心配、とナティ先生が言っていたのは、そのままの意味だったらしい。
あの時深く考えたのは無意味だったようだが、結果として、付いてきたのは正解だったようだ。
「ちょっとだけ、お昼寝をしますか?」
「うん、一緒に寝よう‼」
大人役が頼りない分、頑張って起きていたかったが、生物的欲求には抗えず、遂に毛布を抱えて眠ることにした。
ナルミシアはもう眠ってしまったらしく、ユニの肩に寄りかかって目を閉じている。
ナルミシアにとっては、大変な事件が起こった直後だ。
精神的にも肉体的にも休みたかったのは間違いなかった。
それなのに、長い時間付き合わせてしまったと思うと、申し訳なくなる。
一応寝る前に、御者の人の様子を見ると、悟りに達したような虚ろな目で、空中を眺めていた。
気にする・気にしない以前に、こちらの様子を伺っていないようだ。
もっと早くに眠って良かったのかもしれない。
目を閉じれば、温かな日差しが、うっすらと目蓋を照らす。
眠りに入る直前、薄目で見た世界には、同世代とおぼしき子供の、畑で働く姿が写った。
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つんつん、と少し荒めに頬っぺたをつつかれた。
微妙に強引な起こし方を不快に感じつつ、目を開けると、面倒くさそうな顔のリーナさん。
いつの間にか馬車は止まり、目的地の前でユニが降りるのを待っているようだった。
慌てて降りると、そこには一軒家と呼ぶには少し大きな家があった。
豪邸と言えそうな大きさだが、庭は荒れており、窓はくすんでいる。
扉を開けると、薄暗い室内からホコリが舞い上がった。
「どう…します?」
足元に積もったホコリを踏み荒らせば、目の前がホコリで真っ白になるだろう。
そのくらいのホコリが溜まっていた。
二の足を踏む二人に、しびれを切らしたリーナさんが空中で杖を振った。
その瞬間、家中の窓が開け放たれ、そこから爆発でもしたかのような勢いで真っ白なホコリが飛び出す。
室内を覗くと、紙が宙を舞い、本が散らばっていた。
元々こうだったのか、それとも、リーナさんのせいなのか。
そんな状況でも気にせず、ナルミシアは荷物をまとめるために自分の部屋に入っていった。
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ナルミシアにとって、この家は仮の実家だった。
幼い頃の楽しい記憶は母親が病死すると同時に終わり、その頃に父親が借金に苦しみ、怖そうな大人と関わりを持ちはじめた。
家の中を知らない人間が闊歩し、毎日よく分からない人物に怯えて過ごすようになった。
それを心配してか、それとも、見栄のためか、父親はナルミシアを学校に通わせることにした。
ナルミシアもそれに賛同したが、行くことになった学校は家から離れた王都にあった。
父親に寮へ放り込まれ、1年が経ったが、自分も父親も生活苦も、何一つ変わっていなかった。
父親には成績の悪さを怒られるようになり、いつのまにか、学校で過ごすことが当たり前になっていた。
しかし、ナルミシアにも希望はあった。
寮の部屋に編入してきたユニの話をしているときは、短い時間であったが、父親が自然と耳を傾けてくれたからだ。
理由は分からなかったが、自分に友達が出来たことを喜んでいるのだと、そのときは思っていた。
母親がいなくても、元の家族に戻れる気がした。
だが、その希望は裏切られた。
父親がヨースタント家と関係を持ち、初めての友達であるユニを殺そうとしているのを知ったとき、ナルミシアの中で何かが壊れた。
ユニに危険を知らせるためにエンリオットを追っていたはずが、たどり着くと手に持った太い木の棒で父親を殴っていた。
ユニちゃんを殺そうとするこの狂人を止めなければならない、と思ったのだ。
そこに父親を心配する心はなかった。
ただ、失望のみがあった。
ナティに実家が無くなるかもしれないと言われたとき、ナルミシアは心の中で、『どうでも良い』と思った。
そこに大切な物はなかったから。
実際に帰ってきても、その気持ちは変わらなかった。
下の階でユニが忙しく掃除をする音を聞きながら、ナルミシアの手は止まっていた。
窓を開けてみると、そこには青空が広がっている。
ホコリにまみれたこの部屋に、ナルミシアの思い出はなかった。
「ユニちゃん、終わったよ」
「こちらはまだですけど、とりあえず、入り口の辺りは片付きました」
「そのくらいでいいよ。
どうせ無くなる家だし」
「そう…ですね。
荷物は…それでいいんですか?」
ナルミシアの持つ小さな風呂敷を見て、ユニが言った。
中には入っているのは着替えぐらいで、他に大切な物は入っていない。
「うん、これで十分なの」
ユニが悲しそうにしているのに気付きながらも、触れないでおいた。
「ユニちゃん」
「どうしたんですか?」
「私、頑張って大人になります」
「………? どうゆう意味ですか?」
「内緒~」
ユニちゃんと一緒にいると心が落ち着いた。
歪んだ自分と壊れた家族が無かったことになるような気がして。
ユニちゃんがいれば頑張れると思えた。
「さっき、近くの畑で働いてる人が来てましたよ。
手伝ってほしいとか」
「あー、友達かな? 前に畑仕事を手伝ってたの」
「ナルミシアにも友達がいたんですね」
「ちょっと酷くない!? 友達ぐらいいるよ。
……ユニちゃんとか」
「ふふっ、そうですね」
「気になる含み笑いだねぇ。
まあ、それは置いといて。
ちょっとだけ手伝いに行くけど、ユニちゃんも来る?」
「私ですか?」
思案する様子だったが、すぐに返事が来た。
「そうですね。
暇ですし、行きます」
大人役のリーナはと言うと、猫のように丸まり、ふにゃふにゃと寝ている。
起こさなければ、明日の朝まで寝ていそうだ。
大人役はこの有り様なので、子供の二人が少し遊んできても問題はないだろう。
ユニとナルミシアは、そっと家を出たのだった。
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王都第一魔法学校の一室で、リーナは正座をしていた。
普段自堕落な生活をしているリーナにとって、真っ直ぐ座る正座は拷問にすら思えた。
「何か言い訳はあるか?」
「別に…」
ナティの問いに、か細い声で答えるリーナ。
助けてッ‼、とナティの隣に立っているユーゴに念を送るが、首を横に振られるだけだった。
「ちょーっと目を離したら、二人が遊びに行ってただけじゃん。
そんなに怒ることじゃないよ~。
二人とも帰ってきたんだし」
「そうゆう問題じゃないッ‼」
大人役として同行させたのに、子供以上に子供なことをしていたリーナに、ナティの怒りは爆発していた。
「ナルミシアが大変な時期なのは分かるだろう?
だから、少しでも気を休めてもらうために、同行させたのにッ!!
………お前と言う奴はッ‼」
怒り心頭のナティの横で、ユーゴは、
(あっ、これ長くなるやつだ。どうやって抜け出そうか…)
と考えていた。
そんなユーゴに、無意味な念を送るリーナ。
「リーナッ‼ 話を聞いているのかッ‼」
「ひええええッッユーゴ~ッッ助けてよ~ッ」
「おい、止めろッ‼ 俺を巻き込むなッ‼」
「ユーゴッ‼ リーナを甘やかすなッ‼」
「してないッ‼ 甘やかしてないッ‼」
「ユーゴ~たじゅげで~」
大人達の長い夜は、始まったばかりだった。




