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元勇者の先生と勇者になりたい少女  作者: 小骨 武
貴族編
42/82

42. 大人


 剣が胴体を貫通し、エンリオットが動かなくなったのを確認した後、ユニは残りの魔力を使って必死に学校まで走った。

 ナティ先生に状況を素早く説明し、血だらけのツラックが運ばれていく。

 その頃にはナルミシアの父親は逮捕・連行されており、エンリオットの死体とナルミシアが残されていた。



「…あっ、ユニちゃん、戻ってきたんだ…」


「えぇ…」



 暗くてナルミシアの表情はよく見えなかったが、泣いているようにも見えた。



「…ねぇ、ユニちゃん。

 …私、この後どうすればいいのかな……?

 お父さんが逮捕されて、私この学校に居られないよ」


「ナルミシアは何も悪くないです。このまま学校で…」


「それにね? お金もないの。

 お母さんは数年前に病気で死んぢゃって、それからお父さんも上手くいかなくて。

 取り合えず私を学校に入れよう、って数年前にお父さんが言って、言われた通り学校に入ったら連絡が取れなくなったの。

 それで休みのときに家に帰ったらお父さんは居たの。

 でも、昔のお父さんと全然違ってて…」


「…そんなことがあったんですね…」


「その頃に変な人達が家に来るようになったの。

 お父さんは仕事の人って言ってたけど、今なら分かるよ。

 あの人達は暗殺者だったんだよ。

 顔つきとか、雰囲気がおかしかったもん」


「ヨースタント家と繋がりを持ったのは、その辺ですか…」



 お金と言うのは人を狂わせる。

 ヨースタント家のお金絡みの話はろくな物がない。

 ナルミシアの父親は妻からヨースタント家の話を聞いていたはずなのに、生活苦から頼ってしまったのだ。



「お祭りの後、帰って来る途中の町で、家で見たことある暗殺者の人に声をかけられたの。

 お父さんには、ユニちゃんや先生とお祭りに行くって教えてたから、ユニちゃんの居る場所が分かると思ったんだね」


「でも、ナルミシアは先に帰ったから知らないですよね?」


「うん、それで殴られそうな所を、ユニちゃんの召し使いさんに助けてもらったの」


「そこでサリナに事情を話して、サリナが急いで私たちを迎えに来たんですね」



 ユーゴの提案でサリナが隣町にいたときに、ちょうどナルミシアが来て、そこでナルミシアが暗殺者に尋問されているのをサリナが目撃した、ということですね。

 ユーゴの心配が想定外のところで当たったわけですか…。

 過保護だと思ったんですけどね。



「リーナさんにも話して、みんなの所に戻ろうと思ったんだけど、間に合わないだろうからって王都で待つことになって、そのまま帰ったの」


「懸命な判断だと思います。

 助けに来てもらっても逆に危険だったと思いますし」


「それで家に帰って来たら、暗殺者の人が準備してて、ユニちゃんは大丈夫だって分かったの。

 その後は、お父さんと一緒にいたエンリオットって人を追いかけて来たの」


「もしかして私が付いていくのも見てました?」


「うん。ツラックがお肉を食べに行くときの顔だったよ」



 ツラックがお肉を食べに行くときの顔と言えば。

 よだれが出そうなくらいだらんとした口元に、会話中でも上の空の表情…。



「そんな顔してません‼」


「そ、そうかな?似てたような……」



 ユニはゴホンと咳をして、取り乱した自分を誤魔化した。



「そう言えば、ツラックは大丈夫でしょうか?」


「けっこう血が出てたけど……」



 その時、暗闇からヌッとナティ先生が顔を出した。



「それなんだが、知り合いに名医がいる。

 今からユーゴと頼みに行くのだが、その間にナルミシアは片付けに行ってくれ」


「片付け?」


「……ナルミシアの実家なんだが、ヨースタント家の所有物になっているようでな。

 ヨースタント家解体のついでに、ナルミシアの実家も取り壊されるかもしれない。

 そうなる前に必要な荷物を回収してくれ」



 ナティはヨースタント家解体の首謀者であるタウロナ=イースから、それとなく伝えられていた。



「ユニはナルミシアの手伝いに行ってくれないか?」


「私ですか?」


「何かあったときのため、リーナにも行ってもらう予定だが……。  

 あまりやる気がないみたいなんだ。

 あいつだけでは心配だから、しっかり者のユニにも頼みたい」


「分かりました」



 ナティ先生の眼差しは、言外に他のことも語っていた。

 父親の逮捕や実家の解体など、ナルミシアが精神的に大変な時期に、仲の良い私がナルミシアを支えてやってくれ、ということ。

 そのために、保護者役のリーナさんに加えて、私も付き添いに頼んだのだ。



「あのね、ナティ先生…」


「どうした? ナルミシア?」


「………私、お金ないよ?

 学校の授業料は払えないし、教科書とか買えないよ」


「なんだ、そんなことか。

 それなら心配無用だ。

 子供を路頭に迷わせるほど私は落ちぶれていない」


「でも、お金ないでしょ?

 学校の経営が上手くいってないって聞いたよ」


「………大丈夫だ」


「大丈夫じゃないでしょ」


「大丈夫と言ったら大丈夫だ」


「この前カサミナ先生が、学校から給料全然貰ってないって言ってたよ」


「そ、それは……だな」



 ナティ先生の目は明らかに泳いでいた。

 メッチャ泳いでいた。

 学校経営はかなり苦しいようだ。

 


「やっぱり、いい。

 私も大人にならないといけないってだけだよ。

 地方の同い年の子供は毎日畑を耕してるって聞いたし、私も学校に通うお金がないから働くよ」



 ナルミシアは見たことがないほど毅然としていたが、悲しそうにも見えた。



「…まったく、普段はあんなに頼りないのに、こんなときに限ってしっかりしてるな」



 ナティ先生は悩ましそうな表情でため息を付くと、落ち着いた声音で言った。



「『働く』と言っても何処で働く気だ?

 地方は確かに人手不足だが、金や食料も同様に不足している。 

 雇ってもらっても、ろくに食事も出来ないかもしれない」


「そうだけど……」


「いいか、ナルミシア。

 焦る必要はない。

 これからの事はゆっくり考えればいい。この学校でな。

 それに、奨学金を使えば、卒業まで学校に居られる」


「それ、返済率0%って聞いたけど……大丈夫?」


「そ、そんな事はない。

 ……ちょっとは返済されてる。

 それと、返済するかしないかは、ナルミシア自身が卒業してから考えることだ。

 真面目に学び、働いて返してもらえれば問題ない」


「そんなに言うなら、………もうちょっと学校に居ようかな?」


「あぁ、それがいい」



 ナティ先生の勢いに押されてナルミシアは説得されたのだった。



「それじゃあ、私はそろそろ…ってユニ、何でそんなにニコニコしてるんだ?」


「やっぱり、ナティ先生は優しいですね」


「そんな事はない。これからも厳しくやっていくからな」


「はい‼」「はーい」



 ユニのはきはきした返事と、ナルミシアの相変わらず間延びした返事が重なった。



**********************



 数時間後、重体のツラックが搬送された病院から一人の女性が現れた。

 白衣を地面ギリギリではためかせ、紐で束ねた紺色の髪を背中に垂らし、黒い眼鏡に微笑を浮かべる。

 体は細く、顔つきは美形の青年にも見える。

 


「あー、いたいた。久しぶりだね、ユーゴ、ナティ」


「三人で会うのは魔王討伐以来だな、ユリハ」



 ユリハはナティにニコッと微笑んだ。



「ツラックって言ったかな?

 あの子なら、もう大丈夫だよ。

 私が治療したんだから当然だけど」


「傷の様子から魔法だと厳しいように見えたからな。

 ユリハに頼んで良かった」


「うん、いい判断だね。

 あの子出血量が多かったから、傷を治すだけのポーションじゃ、どうしようもなかったと思うよ」



 自慢気に語るユリハにユーゴが一言。



「そう言えば、リーナがそうゆう状況でも使えるポーションを作ってたな」



 何気なく呟いたユーゴの言葉に、ユリハの表情が曇った。



「チッ、あの女、また私の患者を寝取るつもりね」


「言い方」


「あっ、ユーゴ、久しぶりだね」


「ん? おう、久しぶり…」



 何だろう。嫌な感じだ。

 ユリハはいつも微笑んでいるような奴だが……、この笑顔、何かあるッ‼


 危険を察知して下がろうとしたユーゴだが、ユリハの手が胸ぐらを掴み、引き寄せた。

 キスでもしそうな距離だが、それに反して雰囲気は最悪。

 ユリハは凄みのある笑顔で"思い出せ"と促す。

 ユーゴの顔が疑問から気付きに、そして諦めになったのを見て、ユリハの膝がユーゴの股間を撃ち抜いた。



「ウオオオオオオオオッ!! 股がァッ‼ 股がァッ‼」


「治療してあげようか?」


「お前がやったんだろ‼ あっ、ヤメッ‼」



 悶絶して転がるユーゴの股間に、追い討ちの蹴りを入れようとするユリハ。



「借金のことを忘れて、ノコノコ私の前にやって来るなんてね」


「昔の話だろッ‼

 それにあんなの返せないってッ‼

 リーナが俺の鎧と後ろの山を魔法で消し飛ばしたのが悪いんだから、リーナに言うべきだッ‼」


「借りたのはあなたよね?」


「返せる予定だったのッ‼

 魔王討伐して、四代目勇者として帰って金に困らない生活する予定だったのッ‼」


「それが今は私に股間を踏まれてるものね。可哀想(笑)」


「笑ってんじゃねえよッ‼

 てか、いい加減ヤメロッ‼

 アッ‼ ヤメッ‼」



 遂にユーゴの脚を掴まえて、股間への攻撃が最高潮になろうとしたとき、



「その辺りで許してやってくれ」



 ナティがユリハを制止した。



「しょうがないわね…」



 ユリハが攻撃を止めた隙に、ユーゴは安全地帯に逃げ込む。



「ユーゴ、私の後ろに隠れるのは止めてくれ」


「あいつの攻撃は危険だ。

 俺の股間が大変なことにならないように」


「私が蹴ろうか?」


「分かった。構えるな。

 話の続きといこうか、何だっけ?」



 あきれ顔のナティが会話を戻す。



「その、治療してもらった代金だが」


「いらない。どうせ払えないでしょ。

 あなたの学校が赤字って話、有名よ」


「すまない、恩に着る」


「じゃあ、俺の借金も」


「まだ蹴られたいの?」


「やっぱ、いいです」



 用事は終わり帰ろうとしたユリハだが、満面の笑みで振り返った。



「ふふっ、そうそうお願いがあったの‼」


「お願い?」


「次世代勇者決定大会って知ってる?」


「聞いたことならある」


「ナティの学校で一番強い子に参加するように言ってくれない?

 もちろん嫌ならいいよ。

 嫌々参加するような大会じゃないし」


「分かった。話してみる」


「よろしく‼ あ、ユーゴ」


「何だ‼ まだ蹴る気か‼」


「ユーゴの悶えてる顔、……意外とアリ」



 ユリハの表情が恍惚に変わった。



「はっ?」


「じゃあね~」



 ユリハは満足そうに去っていった。



「なぁ、今のどうゆう意味だ?」


「私に聞くな」



 ユーゴの股間に一抹の不安が残った。



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