39. 二人の行方
心地良いまどろみの中にいた。
不明瞭な意識を保ちつつ、寝返りを打つ。
温かな日差しが室内を優しく照らし、目蓋の裏でそれを感じ取る。
そこに人の走る音、キンッと剣のぶつかる音が聞こえた。
心臓が冷たくなり、無意識に目が覚める。
部屋に変わった様子はないが、金属音が微かに響いてくる。
学校は長期休暇中で、ここにいる生徒はユニとツラックだけ。
剣の練習と考えるには差し迫ったものを感じる。
学校は安全なはず。
しかし、それをただ信じて眠れるほど呑気ではない。
命を狙われて帰ってきた直後だ。
まず考えるべきは合流。
少なくともツラックなら学校内にいる。
「探しましょう」
気持ちを落ち着け、ベッドから出る。
外出用の服に着替えて、剣を腰に差した。
そして、部屋を出ようとしたとき、扉がノックされた。
出来るだけ物音を立てずに隠れようとするが、その前に扉が開いた。
そこには、全身を銀色の鎧で包み、頭には何もつけず、爽やかな笑みを浮かべた男。
「どちら様ですか? ここ、女子寮ですけど」
警戒心を剥き出しにはしない。
手が震えそうになるのを必死で押さえつけた。
「女子寮? これは失礼しました。
しかし、ノックをしたのですから許して頂きたい」
「で、誰ですか?」
「申し遅れました。
私、エンリオットという者です。
この学校の追加の警備として、今日、国から派遣されました。
着任して早々ですが、何者かに襲撃を受けておりまして、生徒の避難とその警護を任されて来ました」
エンリオットの声は自然に心の奥底へ響いた。
不思議な安心感を与えるこの男。
手の震えは自然と収まっていた。
「……そうですか」
「ここも危険になるかもしれません。
今すぐに避難を、付いてきて下さい」
背中を向けて部屋を出るエンリオットに、警戒心を緩めずに付いていくことにした。
部屋を出ても廊下に人はいない。
この男が嘘を言っているようには見えない。
「ツラックを探しますか?」
「いや、ツラック君はばったり出くわしてね。
先に安全な所へ避難してもらいました」
「そうですか。
敵はどんな人でしたか?」
「見たところ全員が暗殺者だね。
まあ、王都で一般人が暴れるのは考えにくいから当然ですが」
「狙われてるのは私ですね」
「そうとは限らないと思うけどね。
君はただの子供なんだし。
それとも心当りが何か?」
「無いわけではないです。
以前、トラーダ=ヨースタントという貴族の人を捕まました。
その恨みで暗殺者が送り込まれているのかもしれません。
ヨースタント家は貴族の中でもかなりの資金力を持っているらしいので、あり得る話です。
でも、かなり前の事件ですし、今更そんなことをするとは思えませんが」
「深く考えすぎない方がいいのかもしれませんね」
エンリオットは廊下を抜けて校舎の外に出ると、校舎裏をぐるりと回り、見たこともない細い道を歩いた。
左右を壁に挟まれ、無数の蔦が何処までも這っている。
あまり使われている道ではないらしい。
だんだんと日陰が多くなり、太陽の位置を掴むことも難しくなった。
「ここ、何処ですか?」
「学校の避難経路だよ」
意識に靄がかかったみたいな、謎の浮遊感がある。
見慣れない場所で、意識が少し興奮しているのかもしれない。
ぎゅっと目を瞑り、それから、力を緩めて深呼吸をする。
「ようやく着きました」
言われて目を開けると、そこに太陽はなく天井があった。
壁の多い閉鎖的な場所。
周囲の反射した太陽光で何とか室内を見ることができる。
長い間使われておらず、所々ボロボロと崩れている石壁の空間だった。
そして部屋の奥、薄暗い所に人影があった。
「ツラック……じゃない……誰ですか…?」
そこにいたのは、睨むような目付きの中年の男。
ツラックはそこに居なかった。
「エンリオット…さん」
「君は近接戦闘が得意みたいだね」
「…………………………………」
「でも、精神魔法は知らない」
「それがどうしたって言うんですか…」
「おかしいと思わなかったのか?
今日派遣された僕が、学校の複雑な裏道を知っているなんて」
「精神魔法の影響ですか…」
「そうだ。警戒していた君をこんなにも簡単に連れてこられた」
「だから諦めろということですか?」
ユニは剣に手を添えた。
「ふむ。君は賢い子に見えるが……」
エンリオットが静かに剣を抜く。
ユニもつられるようにして剣を構えた。
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タウロナ=イースと会話した後、ナティの元に不穏な報せが届いた。
王都第一魔法学校、ユニとツラックのいる学校の前で戦闘があったとのこと。
すぐさま駆け出し、ものの数十分で学校の前にいた。
戦闘は既に終了しており、学校の前は戦場の如く血と死体にまみれていた。
しかし、倒れているのは見知らぬ人間ばかり。
学校に派遣されていた兵士は本当に優秀なようだった。
そして、その兵士の中にユーゴが混ざっていた。
「ユーゴ‼ 何があった‼」
「暗殺者の襲撃だな。
王都で暴れるヤツがいるとは思わなかったが、見ての通り問題なく処理できた」
「そ、そうか。それは良かった」
「……良くない。
ツラックは部屋にいたのを保護したが、……ユニの姿が何処にもない。
応援で駆け付けたはずのエンリオットという男もいない」
「まさか学校に侵入されたのか。
なら急いで探さなくては」
「学校にはいない。
隅から隅まで探したが、見つからなかった。
兵士以外に人の気配はない。
だからここで待っていた」
「待つ? 私を?」
「俺はついさっきまで、リーナの研究所にいた。
リーナがナルミシアと王都に帰る際、会話をしたそうだ。
その話を聞いて急いで駆け付けたが、そのときには既に戦闘が始まっていた」
「何の話だ?」
ユーゴの鋭い視線はナティに向けられていた。
「ナルミシアは固有魔法<想念伝達>を持っているらしいな。
単なる意思伝達の魔法じゃない。
伝説として語られる男の魔法だ」
ユーゴは一度言葉を切ると、忌々しげに口を開いた。
「男の名はナポル=ヨースタント。
そして、ナルミシアの本当の名前は、『ナルミシア=ヨースタント』だな。
俺を暗殺しようとしたり、ユニの両親を殺したのは、トラーダ=ヨースタント。
よりによって、ヨースタントの家系を、ユニの同室にしたのか」
「待て、ユーゴ。
ナルミシアの両親はヨースタントの家系から出ている。
それにナルミシアは関係ない」
「関係ないわけあるか。
親はナルミシアに固有魔法があったから、学校に通わしているんだろう。
親はまだヨースタントにすがるつもりだ」
「それは親の話だ‼
ナルミシアとは関係ない‼
元々、ナルミシアが一人だけだったから同室にしただけだ」
二人の睨み合いが激しさを増す中、申し訳なさそうに兵士が割って入った。
「何の用だ。後にしてくれ」
怒りを抑えて対応するナティ。
「それが、その」
「言うなら、さっさとしてくれ。なんだ?また暗殺者か?」
「い、いえ」
「暗殺者に逃げられたのか?」
「そうではなくて」
オロオロする兵士は、やっとのことで報告をした。
「その、避難させたはずのツラックさんが………見当たりません……」
「「はぁッ!?」」
ユーゴとナティ、二人とも嫌な予感がした。




