32. 船で魔獣を釣る
太陽が昇り始め、空に光の筋が伸びる頃、大勢の人に見守られながら、船が海を掻き分けていった。
祭の始まりを密かに告げる大きな船は、風に押されて地平線に消えた。
そして、帰りが予定される時間はもうすぐだ。
湿気の多い山の中、準備を終えた人々は持ち場に着いていた。
何もすることがない暇な時間が続いている。
しかし、その顔には緊張が見てとれる。
人の多さに反して物音は一切聞こえない。
背中を撫でる風の音もいよいよ収まり、沈黙が広がる。
「緊張感いっぱいですね」
「だね‼」
ユニとナルミシアは暇潰しに言葉を交わす。
後ろにはツラックがおり、他にも祭に参加出来ない人が安全な場所から祭を楽しもうとしている。
安全という言葉からか、三人がいる場所には緊張感があまりない。
高い山の上から沈黙を見下ろすだけ。
期待に胸を少し膨らませて。
ただ少し気になることがある。
「何となく人……というか何かに見られてる気がしませんか?」
「ん?そう?」
「そんな気がするんですが……」
「もしかして、緊張してる?」
「してませんよ。それと何かを忘れているような……」
「忘れるって……別に何もやることないし、気のせいじゃない?」
「う~ん……」
「他に予定はないんだし、気のせい気のせい」
「予定…………ちょっと待ってください………そう言えば」
言い終わる前に、ユニの体が浮いた。
「ユニちゃーん、久しぶりー。やっぱりユニちゃんは可愛いなぁ」
ぬいぐるみのように後ろから抱えられ、ユニの体は左右に振られる。
「そう言えば、クロノ元帥が参加するって言ってました。ヒメカ…さんも参加するのは聞いてませんが……」
「クロノはもう帰ったわよ。『この祭にも人が集まるようになってきたし、力を貸さなくても大丈夫だろう』だってさ」
「ヒメカ…さんも力仕事をしてたんですか?」
「まさか、出来ないことはないけど、嫌よ」
「じゃあ、遊びに?」
「ちょっと私を誰だと思ってるのよ」
「す、スミマセン」
「私も仕事しに来たんだから。もうほとんど終わったけど」
「どんな仕事をしたんですか?」
純粋に、元帥がどんなことをしていたのか、ということは気になる。
ヒメカはニコッと笑うと、後ろを振り返った。
そこにはバベルで見た大きな水晶があった。
「じゃじゃーん‼」
「…………………………?」
「これをこうして、こうッ‼」
ゴロゴロと水晶が動き、目の前で止まる。
ヒメカはその場に座り、水晶と自分の間にユニを座らせた。
「準備OK」
「…………何の…準備ですか?」
「スイッチ~オ~ン」
謎の合図と共に、水晶が光る。
少しずつ光が収まると、そこには見送った船の姿があった。
「ふ、船‼何ですかッ!?これ!?」
「これが私の魔法の一つだよ。こうやって遠くの景色を見ることが出来るのだ~」
「す、凄いッ‼ですけど、それで何の仕事をしたんですか?」
「まあ、よく考えてみてよ。この祭はどうゆう祭?」
「確か、海の魔獣を捕まえるとか」
「そう‼その捕まえる魔獣を見つけるのが私の仕事ってわけ」
「そ、そうなんですか‼てっきりあの船は魔獣を探しに行ってるのかと」
「この祭を成功させるためには、昼に魔獣を連れてくる必要があるからね。私の魔法で場所を特定して、時間を調整しつつ連れてくるの」
「昼じゃないとダメなんですか?」
「風が海から吹いているときじゃないとスピードがちょっとね」
突然、海から風が吹いた。
祭の参加者から声が上がる。
「ま、口で言うよりは見るのが早いかな。ほら、あれ」
指差された方向に目を向けると、遠くの海に船が見えた。
小さな点だった船はどんどんと大きくなって見える。
凄まじい速度で進んでいるのだろう。
「あれ、何かおかしくないですか?なんだか……海が………」
横でヒメカがニヤリと笑った。
遠くからナティの声が聞こえる。
祭の参加者が待ち構える場所に船が近づく。
その頃には違和感の正体がわかった。
「海が、膨らんでますッ‼」
平らだった地平線が、船を中心に大きく膨れ上がる。
波の高さは自分達のいる場所、山の頂ほどもある。
それを見て、ツラックが声を上げた。
「あれが噂の『津波』ってやつか‼」
「『津波』って、……ここにあった町が壊滅した原因の!?」
「大丈夫大丈夫。海の魔獣は巨大って聞いてたでしょ?巨大な魔獣が来るんだから、大津波が来るのは当然。もちろんその対策はしてあるのよ。部分的に山を切り開いて水の流れる道を作ったりしてね。それよりも問題はあの中身よ」
「中身?」
「ほら、よく見て」
波に吸い上げられて、船が山のような海を昇っていく。
最初、船は点のように見えたが、実際に見てみると、かなり大きかった。
風を受けて帆がパンパンに膨らんでいるのが見える。
船底の辺りには魔方陣が浮かんでいる。加速の魔法だろう。
ヒメカが言ったように、陸に強風の吹く昼でないと出せない速度が出ていると思われる。
しかし、その船が波に吸い上げられて、山のような海を後ろ向きで昇っていく。
その船の後ろ側。
深く黒っぽい海の中に、大きな目玉が見えた。
「あれが………魔獣……?」
刹那、津波が二つに割れて、その中から巨大な怪物が姿を現した。
狂暴そうな表情の大きな魚に見える。
山を一飲みにできそうな大きな口があり、鋭い歯が並んでいる。
鋭く尖った大きなヒレは山を簡単に切り裂けそうだ。
巨大な海の魔獣は大きく口を開けて、勢いそのままに突っ込んでくる。
「あのままじゃ、船が‼」
「それでいいのよ」
巨大な船が小さく見えるほどの巨大な口が、船を飲み込む。
直前、鳥のように見える何かが、一斉に空へ飛び立った。
「あの船は魔法で操作されてるの。だから、人員は少数精鋭、空を飛べる魔法使いで構成されてるわ。さてここで、ユニちゃん、気になることがあるんじゃない?」
「えっ‼えーっと……」
「魔獣が近づいてるわよ」
「そ、そうだ‼魔獣が何故船を追いかけてるのか?ですね。人の数が少ないなら、そこまでして追いかける理由はありません」
答えると同時、目の前を巨大な魚のような魔獣が通りすぎた。
魔獣は勢いよく陸の上を、波と共に滑る。
改めてその姿を見て驚く。
自分達の登っている山の頂上よりも少し高い位置に、魔獣の背ビレがある。
あまりにも大きすぎる体で、祭の参加者に迫っていく。
「そうそう、何であのお魚が追いかけてるのか気になるよね。その理由はね、あの魚が飲み込んだ船の中にある鉱石にある。正確には魔鉱石にね」
「魔鉱石?」
「魔素って言う魔力みたいなのが、鉱物に宿ることでできるもの。魔獣は魔力や魔素に敏感だから、魔素の塊の魔鉱石をエサに使えば、どこまでも追ってくるってわけ。そして魔鉱石をそれだけで終わらせるほど、この祭のお財布状況は良くない‼エサに使う魔鉱石はなんと――――」
ヒメカの声に合わせて、魔獣の体内から轟音が聞こえた。
「――――爆発する‼」
陸を滑る魔獣の口から煙が上がる。
滑る速度もだんだんと落ちてきた。
そして、ナティの声が響いた。
「今だ‼かかれーッ‼」




