29. 海洋都市ロストオーシャン
空では機嫌の良さそうな太陽が、地上に暮らす人々へ熱い視線を落とす。
地面は熱で焼かれて、靴を履いていても熱い。
夏の時期だからということもあるだろう。
しかし、一向はこの熱くなる季節に、一年を通して熱い、大陸の南側へ、ロストオーシャンという町へ、移動していた。
ナティ、ユニ、ツラック、ナルミシア、リーナ。
そして、ついでにユーゴも拾って、一行は移動を始めた。
ナルミシアは参加出来るかどうか直前まで分からなかったが、なんとか参加出来ることになった。
帰りは急ぎのようだが……。
ユーゴが参加する予定は無かったが、他にすることもないだろう、ということで連れてこられた。
本人は渋い顔をして、「止めておこうかな」と言っていたが、ナティとリーナに挟まれて、断りきれなかったことで今に至る。
王都からは大きな馬車に乗って揺られながら、しばらくの間移動した。
しかし、目的の町は遠く、様々な移動手段を使うことになる。
ある技術の発達した町では、試験的に導入されている蒸気機関に乗った。
かなりの速度で進む鉄の塊に、生徒三人は興味津々だった。
またある町では、大きな牛に荷車を引かせて、のんびりと、どこまでも続く街道を移動した。
暇な時間は持参したトランプで過ごす。
ババ抜きをすると必ず、ババがユーゴの手札を陣取っていた。
またある地域では、ふたこぶラクダに乗って焼けた砂漠を進んだ。
視界が時折悪くなることもあり、最も大変な旅路となった。
もはや目的すら忘れて、ラクダの上でぼーっとしていると、突然、鼻がむず痒くなる。
爽やかな風が吹き始め、砂山を越えた先の山の奥に、小さく、海が見えた。
「全員見えるか?あの奥にあるのが海だ」
「海って随分小さいんだね」
ナルミシアがガッカリしたように呟いたが、それを聞いてナティは嬉しそうに笑った。
「そんなことを言っていられるのは今だけだ。一目見たら海が小さいなんて言えなくなるぞ」
小さく見える海を目指して一行は元気を取り戻した。
砂山を下り、砂漠を出ると、広い街道が見える。
行事の影響か、街道は人で埋め尽くされている。
筋骨隆々の人が比較的多く見られたが、他にも魔法使いの風貌をした人や機械部品が入った鞄を持っている人等。
様々な人が海の方向に歩いている。
街道は進むにつれて人の密度が上がっていき、ついには満員状態で進めなくなった。
「おい、その程度か?それじゃあ、この先には行かせられないな」
「ちょっと待ってくれよ‼少し持ち上がっただろ‼前回はこれで入れたじゃないか‼」
「うるせぇ‼ダメだって言ってんだろ‼」
なにやら喧嘩のように聞こえるやり取りの後、機嫌を悪くしたマッチョが、人の流れとは反対の方向に歩いていった。
「今の何ですか?」
「祭に参加するには、簡単な試験を合格する必要がある。おそらく、合格出来なかったんだろうな。ただ、前回参加できた人が、今回参加出来ないのはおかしいな」
ナティがユニの質問に答える最中に放った『簡単』という言葉に、ユーゴは眉をひそめた。
「俺が聞いた話によると、その試験って言うのが……その………」
「試験は、特別に作られた重りを持ち上げるだけの簡単なものだ。少し重いが、完全に持ち上げる必要はない。少し上に浮かせるだけで合格になる」
「持ち上がった、ってさっきのやつが言ってなかったか?」
「私もそこが気になるところなんだが……」
会話をしているうちに順番が回ってきた。
正確には、前にいた人が次々と列を離れたため、他に試験を受ける人がいなくなった、というのが正しい。
試験官の男はナティよりも大柄で、盛り上がった筋肉は、外見だけでなく実力が伴っていることを示している。
「なんだお前らは。子供連れの女?ここは女子供の来る場所じゃねえッ‼力のある男が来る場所だッ‼早くお家に帰るんだなッ‼」
ナティは男の言い分に溜息をついた。
「お前はここが『男の来る場所』と言ったが、それは間違いだ。例年ここで開催される祭は、そこに参加する人がいて、始めて成り立つ。最初の頃は人集めに苦労した。だから、祭の邪魔さえしなければ、試験に合格できなくても、誰でも参加出来るというのがこれまでの慣習だ」
「これまではそうだったかもな。だがな、今回から男が来る祭になったんだ、女は大人しく帰れ」
「今回から、と言ったが、それは祭の運営全体で決めたことか?」
「それを一般人に教える必要があるか?仮に女子供が入っていいとしても」
試験官の男は足元に置いてある、取っての付いた石のようなものを両手で掴んだ。
一呼吸挟むと、「うおおおぉぉッ‼」と声を上げて、その取っての付いた石を持ち上げた。
全力で持ち上げた石は、男のお腹の高さまで到達すると、数秒後、ドスッと音を立てて地面に落とされた。
「お前らにこの石が持てるか?重力操作の魔石が埋め込まれたこの石は、見た目に反して大岩ほどの重さがある‼女子供どころか軟弱な男にも持てまいよ‼これが持てないやつに、祭で居場所なんてねぇッ‼」
「それだけか?」
「あぁ?」
男が理解していないのを理解して、ナティは服の裾を捲った。
「先に言っておくが、この子達は見学だ。連絡はそちらに行っているはずだ。もちろん、そのときに許可を貰っている。その事に文句はないな」
「それがどうしたッ‼」
ナティは体を曲げて、右手で地面の重りを掴むと、川原の小石を投げるように、大岩ほどの重さがあるはずの石を、頭上に軽く放り投げた。
石は宙を舞い、そのまま落下してナティの右手に、ガシンッと重たい音を立てて、掴まれた。
「ば、馬鹿な‼そんなわけがあるか‼俺ですら持ち上げるのが限界だぞ‼それを投げるなんて、そんな馬鹿なことが‼」
「私と生徒は通っても問題ないな?」
男が有無を言う前に、ナティとユニ、ナルミシア、ツラックは男の横を通り抜けた。
「まあいい、次のやつ……も女か…。お前は魔法使いだな。魔法を何か使って証明しろ」
魔法使いのリーナは、不快そうに顔を歪めて重りを掴んだ。
重りはフワフワと、綿毛のように風に流されて、男のところまでやって来る。
リーナは男の横を通り抜ける瞬間に、「ユーゴを不合格にしたら……」と呟いてから、ナティ達の元に行った。
「さ、最後はお前だな」
女性二人に度肝を抜かれた男は、口数少なく試験を促す。
しかし、促されたユーゴは無言で冷や汗を、滝のごとく流していた。
「(あの重り見たことあるぞーッ‼リーナが発明したやつじゃねえかッ‼しかもあの重り、俺がちょうど持てないくらいに調整されたやつだっただろ、確か‼)」
「どうした?試験を受けないのか?あの連中に混ざっていながら、まさか………な?」
「そんなわけないだろ」
ニヤリと口元に笑みを浮かべた男は、試験を受けるように催促した。
「(まずい‼まずいッ‼ここで俺だけ合格出来なかったら、ユニになんて言われるか………。落ち着け、取り合えずは少し持ち上げればいい。あそこにナティがいる……いる?あれ?………いない……)」
「どおした?兄ちゃん?ビビっちまったのか?ここで止めとくか?」
「そんなわけないって言ってるだろ‼」
「(なるようになれッ‼)」
ナティは片手で重りを持ち上げたが、ユーゴにそんな芸当は到底不可能だ。
だからユーゴはもちろん、両手で持ち手を掴み、全力で―――
―――――――身体能力向上(筋肉を重点的に)――――
して、上方向に力を込めた。
「うおおおぉぉッ‼」
迫力のある声とともに、重りを持ち上げた。
……しかし、重りは踵の上ぐらいの高さまでしか上がらなかった。
ボスッと重りを地面に置いて、男が下す審判を待った。
「不合格だ」
「(だよねー)」
目の端にちょっぴり涙を浮かべつつ、予想通りの結果に頭を抱えようとしたところ……。
目の前の男が、太陽で黒く日焼けしたとおっさんに、殴り飛ばされた。
「ぐおおおッ‼」
「ルーダ‼てめえ、客人になにしとんじゃぁッ‼」
「オヤジ!?なんでここにオヤジがいるんだよ‼」
「ナティさんが教えてくれたんじゃ、ボケッ‼」
「ちょっと待てよオヤジ‼俺は試験官の仕事をしてただけだ‼そのナティってやつが因縁つけてきたんだよ‼」
「んなわけあるかーッ‼」
バチーン、と派手な音とともに、試験官の男ルーダはオヤジに平手打ちされた。
「てめえ、嘘付いてナティさんのせいにする気かッ‼いいか、ナティさんはな、この祭が始まったときから、毎年参加してくれてるレジェンドなんだよッ‼毎回、一槍を担当してもらってるんだよッ‼」
「(ナティのやつ、そこまでこの祭に入れ込んでたんだ……)」
「そこのあなた、こいつが失礼しました。どうぞ、行ってください」
「待てよ‼そいつは合格してねぇよ‼」
言い終わる前に、オヤジの日焼けした鉄拳がルーダの頬を貫いた。
「客人に向かってそいつとは何様のつもりだッ‼それと試験は形だけって言っただろ‼お前、さては何人か追い返したな、今すぐ全員に謝罪して合格だって言ってこいッ‼」
「いや、もう帰ったやつも……」
もう一度、鉄拳が繰り出され、試験官をしていたルーダという男は、泣きながら街道を走っていった。
「いやー、本当に愚息が迷惑を掛けました。すみませんでした‼ナティさんが宿をあちらに取っているので、そこにお連れします」
「(さっきの男はお腹の辺りまで重りを持ち上げたよな……、そいつを殴り飛ばすこのオヤジさんは……、ただ者じゃないな……)」
ペコペコする真っ黒なオヤジにビクビクしつつ、しばらく滞在する宿へ、ユーゴは連れていかれた。




