26. 夏と言えば『海』
オレンジの光を放つ魔石が壁の燭台に置かれ、木造の店は暖かな雰囲気と人々の快活な話し声で満ちていた。
窓の外は夜の暗闇で静まりかえっていたため、店内の騒がしさは昼のように感じる。
ナティ先生は約束通り、美味しい夕食を食べられる店に連れてきてくれたのだ。
その店の奥の小部屋、喧騒から少し離れた席にナティ先生と三人は座る。
突然の訪問でも優先して個室をもらえたのは、おそらくナティ先生の人望が理由だ。
席に着いてすぐ、大きなテーブルの上には大量の料理が並んだ。
豪快に焼かれた肉と喉を潤す冷たい飲み物に、クリーム、蜂蜜、練乳、チョコレートを混ぜ合わせた甘ったるそうなデザート。
昼にかなりのご馳走をたくさん食べたにも関わらず、長い移動時間の間にツラックとナルミシアのお腹は次の料理を求めるようになっていた。
生徒の間に昼と同じ光景が広がる中、ナティ先生は昼の食事が抑えたものであったことを悟らせるほど食事の量を増やしていた。
その場の誰よりも豪快に大量に料理を頬張るナティ先生と、意地でも食べようとするツラックとナルミシア。
それを見てユニは
「これが……普通…なんですか?
私ももっと…食べた方がいいのでは……?」
と焦ったりしている間に、お皿の上は綺麗になり、夕食は終盤に差し掛かった。
ようやくお皿から顔を上げたと思ったら更に注文を重ねるナティ先生を見て、一番お腹が空いていたのはナティ先生だったんだ、とユニは気づいたのだった。
「三人とも、クロノ元帥が言っていた催し物のことを知っているか?」
まず、そんな話があったことをすっかり忘れてしまった三人は、全員でそろって首をふった。
「例年やっている大きな行事だから知っているかと思ったが、知らないか…。
海の魔獣を狩るというものだ。
実は、三人にもそれに参加してほしいと思っている。
参加と言っても見るだけになると思うが」
「う、海って、あの海!?」
ナルミシアが奇声を上げた。
無理もない。
海は一言で言うと、魔界と人界の境目『最前線』よりも危険な場所だ。
第一の魔王が出現してからは大陸に魔獣が出現するようになった。
そのうち海にも魔獣が現れて船を襲うようになったことで、それまで行われていた海運が一切出来なくなった。
海の中にいる魔獣と戦う場合、船に乗って上から攻撃するしかない。
海の魔獣はいくらでも逃走できるのに対し、人類は逃げ場のない船で戦うことになる。
しかも魔獣に船を壊されると人類は圧倒的不利になるため、海の魔獣と戦うというのは考えることさえしないのが普通だ。
「そう、みんなが知ってる『海』だ。
海にいる魔獣は、魔獣同士で戦う内に加速度的に巨大になり、今では手を出すことが難しくなっている。
その巨大化した魔獣を狩り、鱗や魔法を発動するために進化した体の部位を売ることで、一年の生活費を得ている町がある。
どうだ?面白そうだろう?」
「ま、まぁ、面白そうだけど……ずっと前に、『ポセイドン』や『クラーケン』が陸の町にまで被害を与えた、って事件無かったっけ?」
ツラックが不安そうに聞いた。
巨大な海の魔獣は、海の中で泳ぐだけでも甚大な被害が出る。
かつて、陸の町を目指して海の魔獣が押し寄せた際に、その魔獣が生み出した津波によっていくつもの海辺の町が消滅した。
ツラックはその事を心配しているのだ。
「それが、数年前から大型の魔獣は姿を消している。
理由はおそらく海辺に人が住まなくなったからだと思われる。
さっき言った海の魔獣を狩る町の人々も、狩りのときを除いて海からは離れている」
「じゃあ、安心…なのか…」
「まあ、そう心配する必要はない。
緊急時に備えて様々な対策はしてある。
それに、海の魔獣は一生に一度は見た方がいい。
あれは凄いぞ」
ナティ先生は既に海の魔獣のことで頭がいっぱいのようだった。
「ちなみにそれがあるのは、夏休みの真ん中なんだ。
もしかしたら、用事で参加出来ない可哀想な生徒がいるかもと思ったんだが、三人の夏休みの予定はどうなっている?」
「俺は行きます」
いつもは最後まで迷って、なし崩し的に参加するツラックが、一番最初に手を上げた。
「どうしたんだ?やけに積極的だな。
家に帰りたくないでもあるのか?」
「まあ、そんなところ。
家に帰っても親がうるさいだけだし、だったら、その面白そうなやつに参加する方がいいと思って」
ナティはふんふんと頷きつつ、横から差し出された料理を自分の前に置いた。
「私も参加します」
「良かった。ユニには一番参加してほしい、と思っていたからな」
私の両親は死んでます。
召し使いのサリナも最近は忙しいみたいですし、帰っても一人ぼっち。
両親と暮らしていた家に、一人で夏休みの間いるのはさすがに辛いです。
それに忙しくしているサリナの邪魔になるくらいなら、よくわからない催し物に参加した方が楽しそうです。
「で、ナルミシアはどうだ?」
いつもは「何それ‼面白そう‼」とすぐに食いつくナルミシアが、いつもののツラックのように迷っていた。
「参加は強制じゃない。用事があるならそちらを優先してくれ。
用事があるかわからない場合でも、出発までに決めてくれたらいい。
焦って今決める必要はない」
「うーん……参加する……けど、途中で抜けるかも」
「用事があるのか?」
「前の年は早めに帰ったし、お父さんからも早く帰ってくるように言われてるけど、『行事がある』って言ったら許してくれると思うんだよね」
「夏休みまではまだ時間がある。それまでに親と連絡を取ってくれ」
「はぁい……」
ナルミシアの返事は少し、元気がなかった。




