23. 走れ‼ツラック‼
右足を前に、左足を前に、交互に足を出すだけの行為だ。
それをちょっとばかし速く行う。
ただそれだけ。
特別に何かをする必要がないのだから失敗するなんてことは普通ない。
普通は。
でも、今は普通じゃない。
走りすぎて走り方がよくわからなくなってきた。
全力で走るならまだしも、中途半端に速度を落として走っているせいだ。
何故そんなことをしているかというと、長時間走るためだ。
じゃあ、なんで長時間走っているかというと……。
肩越しに後ろを見る。
あいつがいた。
ツラックはため息をこぼしながら、足を動かし続ける。
……考えてもしょうがない。
それよりも、前に長時間走る方法を聞いた覚えがある。
あれは確か、ミロ先生が、
「………皆、何やってんの?体育の居残り?」
ツラックは目の前を走る男友達に声をかけた。
「違う違う。ランニング、だよ」
「らんにんぐ?…ってミロ先生もいるじゃん」
「ちょいちょい、最初からいたよ?
ランニングを知らないとは遅れてるね。
しょうがないから教えてあげる。
ランニングって言うのは走ること‼」
「………………………………」
「走るって言ってもただ走るわけじゃない。健康だったり、適度な運動として走る………らしい」
「『らしい』って先生なのに、知らないのかよ‼」
「ちょいちょい、さっきから先生の扱いが酷くない?
敬語使おうよ」
「先生って言っても、ミロ先生は担任持ってないじゃん」
「そ、そこを攻められるのは痛いなぁ」
「それで、そのランニングってのは、今俺も走ってるけど、やってることになんの?」
会話中でも止まる気がない様子だったので、ツラックも一緒に走っていた。
「うん、まぁ、走るだけだからやってることにはなるよ。
でも、そうだね。
長時間、長距離を走るには技術がいるからね。
仕方なく、その方法を教えて上げよう。
あ、敬語使ったらね。
それが嫌なら筋肉美術部に入るでも良いよ」
「あ、じゃあ、いいわ。それじゃあ」
「ちょっと待ってッ‼
教えるからッ教えるから行かないでッ‼
筋肉美術部のことも教えるからッ‼」
あー、思い出してきた。
ついでに要らないことも思い出したけど。
そうだ、確か……。
まず、姿勢を正して、呼吸は一定に、とかだったな。
……うん、ちょっとは楽になった気がする。
ミロ先生も役に立つじゃん。
「………さあて………、いい加減暇潰しにも飽きてきたんだけどさぁ……。
あのさ……、お前、いつまでついてくんのッ?」
後ろをついてくる石像に向かって、ツラックは吠えた。
最初のうちは、大きな体で扉と壁を壊しながら追ってくる執念に死の恐怖を感じていた。
しかし、今では、壁を壊すのに苦戦する石像の中途半端な遅さに逆にイライラしていた。
頑張ったら永遠に逃げれそうなところが、逆にツラックをイラつかせる。
「捕まるのも、死ぬのも嫌だけどさぁ……このまま走り続けるのも嫌なんだけどー‼」
イマイチ緊張感のない声は石像が壁を破壊する音に掻き消される。
「全く、情けないやつだ」
目を閉じて必死に走っていたツラックの耳に聞き慣れた声が届く。
幻聴かと思って恐る恐る目を開くと、そこにはナティが立っていた。
「私に任せろ」
ユニに任された石像の相手をナティに任せ、ツラックはそのまま走り抜けた。
「ん?武器は検査のときに没収されたんじゃ‼」
心配になって足を止めて振り向いたツラックの視界に、衝撃の光景が飛び込んできた。
ナティが拳を握りしめ、筋肉質な右腕をそのまま石像に叩きつける。
魔法で強化していると思われる拳は石像を難なく破壊し、ツラック自身の必死の逃走が馬鹿に思えるくらいあっけなく事態は解決した。
「ナティ先生‼生きてたんだ!?」
「当たり前だろ。檻の中に放り込まれただけだしな」
「てっきり死んだと思ってた。
……あれ?檻からはどうやって脱出を?」
「特別なことはしていない。普通に出ただけだ」
「開けてもらったんだ」
「いや、檻を壊して出てきた」
猛獣よりもよっぽど危険だよ、この人。
檻ですら破壊するとか無敵じゃん。
石像を拳で倒せるんだったら武器いらないんじゃ……。
「そういえば、ユニとナルミシアは途中にいたの?」
「いいや、お前が最初だ」
「じゃあ、これから探すのか……お腹減ったなぁ」
「石像がツラックを追っていたのなら、ユニとナルミシアは安全だろう。
それよりも、先に元帥に会って、この事態に対処してもらった方が解決は早い」
「はあ、それでもけっこう歩くんでしょ」
「そんなことはない、すぐそこだ」
「すぐそこ?」
「お前達はバベルが初めてだから知らないと思うが、この塔、バベルには上がり方があるんだ」
上がり方。
上方向に移動する特別な方法があるように思うかも知れないが、そうではない。
この塔バベルにはまず上下の階という概念がない、らしい。
階段はついているが、上の階に行っても下の階に行っても、同じ階に戻されるそうだ。
ではどうやってそこから抜け出すか。
ナティは壊れた石像から鍵を拾った。
それを近くの扉に差し込む。
その扉を開け、部屋に入り、しばらくして出ると景色が変わっていた。
つまらなかった石の廊下は、赤や紫の松明が彩る広間に変化していた。
「石像の持っている鍵を使えば、他の階に移動することが可能だ。
移動先は最上階と決まっているがな」
「面倒くさい造りしてるなぁ」
「同感だ。何故こんな面倒くさい仕組みにしたのやら」
廊下の突き当りの扉を開けると、サーカスの劇場のように色鮮やかな光でその部屋の中は満たされている。
その部屋の中には二人の人物がいた。
どちらも金で刺繍された豪華なローブを着ている。
「あれ、ナティさんがいる………やっべ、今日来る日じゃん、忘れてた」
「おほん、ナティさんお久しぶりですね。
この塔のトラップには引っ掛からなかったようで何よりです」
綺麗なフードなのに、ぐちゃぐちゃな寝癖で台無しにしている若い男。
そして、清潔そうな印象の大人の男性。
二人の元帥が出迎えた。
元帥って言うぐらいだからメチャクチャ厳しそうだと思ってたけど、案外優しそうな感じの普通の人だな。
ただ、言いたいことが1つだけ。
ナティ先生はガッツリ罠にはまってたから。
「クロノ元帥お久しぶりです。
いつもの通りお願いがあって来たわけですが、今回はいつものに加えてもう1つ、私の教え子の二人が今この塔内のどこかにいるようなのでどうにか出来ないでしょうか?」
ナティはトラップについては言及せずに言った。
「それはなんと‼すぐに対処しましょう」
クロノ元帥と呼ばれた男は、軽く驚いたような表情をして見せたが、なんだかわざとらしかった。




