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元勇者の先生と勇者になりたい少女  作者: 小骨 武
序章
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2. こう見えても勇者です。

 

 俺は〈樹海〉と呼ばれる森の中を散歩していた。

 約5年ほど前から毎日のように、というか本当に毎日散歩をしている。

 他にする事がないし、食料を調達しないといけないからだ。


 俺が力のある勇者だった頃は野生の動物はただならぬ気配を感じとり一目散に逃げ出した。

 そのせいで食料調達は地味に面倒くさいものだった。


 だが、それも過去の話。

 力の衰えた俺から昔のような気配を感じるとる動物はもういない。

 あくびを噛み殺してのんびりと食糧を探して前に進んだ。


 背が高く太い木々が陽光を遮っているため、昼だというのに森の中は暗い。

 足元には苔や短い草が生えており、向かう先には倒れて朽ちた木や大蛇のような木の根が地面を覆っている。


 よいしょっ、と太い倒木を乗り越えて気付く。


 木の影に緑色の大きな何かが丸まっていった。

 太い木々と緑色の擬態が相まって小高い丘に見える。

 ぼんやり眺めていると顔を上げたそれと目があった。

 緑色の塊が体を起こすと日の光が途切れ真っ暗になる。



「ちょっとまずいかな…」



 5年間森を歩いてきた俺には勿論この生物が何か分かる。



〈グリーン・グリズリー〉



 樹海にのみ生息する熊。

 全身の毛皮にうっすらと苔が生えているだけのちょっと攻撃的な熊だ。

 ただ、目の前にいるこの熊は今まで見たものとは比べ物にならないほど大きい。

 俺の2倍以上の背丈がある。


 刺激しないようにゆっくりと後ろに下がるが熊は既に息を荒くして近づいてくる。


 仕方なく背中にある木製の剣を抜いた。


 いちいち剣の手入れをするのが面倒なので現在は木製の剣しか持っていない。

 木製の剣だから物を切ることは不可能だ。

 上手く扱ったとしても切るのではなく、へし折るのが限界。

 危険な森である樹海に持ってくるような武器ではない。

 普通は。

 しかし、あちらの熊が特殊であるようにこちらも普通の人間ではない。


 勇者だ。


 今でこそ森を徘徊している変人だが、以前は勇者をしていたのだ。

 負ける気がしない。


 



「勇者の実力、見せてやるッ‼」



 身体能力向上(ブースト)の魔法を使い、迫ってくる熊に剣を片手で軽く持って構える。



「グオォォォォォォォォォォォッ」

「引っ掻きじゃ俺は倒せないぜッ」



 大きな巨体から繰り出される引っ掻きを、脇の下に飛び込んでかい潜り、腹に一撃加える。

 即座に離れて追撃をかわし、次は頭部に重い一撃を入れる。



「決まったな」



 そうカッコつけて呟いた次の瞬間、倒れかけた熊が襲いかかり、重くのし掛かってきた。



「こいつまだ生きてるじゃねぇかッ‼」



 熊の生暖かい息が顔にかかる。

 肩を噛みつかれる直前、魔法で足を更に強化してお腹を全力で蹴りあげた。


 勇者が熊に殺されるなんて冗談でも笑えない。

 そんなことになったら今までで一番の不名誉だ。

 まあ、それも発覚したらの話だけれども。


 熊は俺の頭の方に吹っ飛び転がる。

 すかさず冷や汗で滑る剣を両手で持ち、起き上がる前の熊に飛びかかる。



「水平中段斬りッ‼」



 基本的な技だが、魔法で強化された体であれば十分な破壊力を持つ。

 起き上がっている最中の熊の頭に強烈な打撃をいれると、熊は仰向けに倒れて動かなくなった。

 脳震盪であれば短時間で目覚めるので、懐から小刀を取りだし息の根を完全に止める。


 にじみ出る汗を拭い、もう一度熊を見下ろして死んでいることを確かめた。



「熊相手に手こずるとはな。

 こう見えても魔王を倒した勇者なんだけどなぁ……」



 死んだ熊と一緒に地面に転がって休憩した。

 死んでいると分かっていても、真横に自分よりも大きな体があると、また起き上がるのではないかと疑ってしまう。


 小刀をもう一度取りだし、今度は熊の解体をする。

 ごわごわとした毛皮を小刀で切り裂く。

 グリーン・グリズリーの臓器は乾燥させて売れば高値がつくらしいが、滅多なことでは町に降りないので取り出してもほったらかしだ。

 近くの川で肉を洗い、背負っている袋に詰めれるだけ詰めた。



 ぐうぅぅぅぅう…、とお腹が鳴った



 そういえば今日はまだ何も食べてなかったか。

 さすがにここで食べてたら他の動物が集まってくるし、歩きながら食べるか。



 むしゃむしゃと肉を頬張りながら、残りの肉を保存するために家に向かって歩く。

 乗り越えた倒木をまた乗り越え、自分の薄くなっている足跡をたどって来た道を引き返した。

 そんなことをしなくても何となく自分のいる場所は分かるのだが、自分の足跡を見るのが面白いので続ける。


 足跡の深さや次の足跡までの間隔がそのときどきの心境を表している。

 これをたどっていけばいつかは勇者の頃に戻れるような気がした。


 湿った大地が終わり足跡は呆気なく消えた。



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