18. 夜か夢か現か
走っていた。
暗闇の中をただひたすら。
地を這う怪物から逃げて、逃げて、もうダメかと思ったとき、目の前に人だかりが見えた。
口々に何かを訴えかける生徒達。
そして、その真ん中には高齢の女性。
女性の頭には白髪が、顔にはシワが刻まれていた。
ユニは口を開いて、どこかで見たような人達に危険が迫っていることを知らせようとした。
しかし、口から音が出てこない。
振り返ったユニを怪物が襲った。
「うわああああああ…………あ?」
目覚めたユニの視界は真っ暗だった。
自分がまだ、あの怪物に追われている最中なのかと思ったが、体の上に乗っている柔らかい感触がそれを否定した。
「はあ……、またですか。全くいつになったら自分のベッドで寝てくれるんですか?」
ふにゃふにゃと気持ち良さそうに寝ているナルミシアを押し退けた。
長い髪の毛が、ユニの顔にうっとおしくまとわりつく。
体を起こして周りを見れば、閉められたカーテンの間から陽光が朝を告げていた。
そこで、ふと夢を思い出した。
記憶はあやふやで、何を見たのかわからない。
昨夜襲ってきた何かの夢だったような。
しかし、夢の中で襲ってきた怪物の姿は思い出せなかった。
代わりに、白髪の女性の温かな笑みが頭の中に残った。
起きてすぐ、カサミナ先生が二人を起こしにきた。
食堂に来ていたツラックと合流して朝食を食べた後、学長室でみっちりと怒られる。
ナティ先生いわく、昨夜の何かは学校の外から入ってきた魔獣とのことだった。
説明に納得のいかない三人だったが、罰としてトイレ掃除1ヶ月と言われてからは、大人しく説教が終わるのを待った。
この学校では日常生活で魔法を使わせることが多い。
しかし、そうはいっても全てにおいて、魔法の使用が強制されるわけではない。
魔法を使わなくて良い場所、例えば、それはトイレだ。
ナルミシアはお風呂のときに水魔法を暴走させたが、用を足した後のトイレで同じことをすればどうなるか。
悲惨。
この二文字を避けるために、トイレは貯水槽からの水を使うことができる。
反面、この場所の掃除は、物理的にゴシゴシとこする必要がある。
そのため生徒からは特に嫌われていた。
三人はこの大変なトイレ掃除を、学校にある全てのトイレでしなければならいのだ。
「散々な結果になりましたね。やっぱり夜に出歩くのは良くなかったってことですね」
「ごめんね、私のせいでこんなことに。
それと、もうちょっとで用事の時間でね………その………」
ゴシゴシ、とトイレの床を磨くユニの後ろで、ナルミシアが言いにくそうに言葉を詰まらせた。
「行っていいですよ。昨日、その話は聞いてましたし。
ただし、休み明けの月の日は、私の分までやってもらいますよ」
「りょ、了解……」
ナルミシアは二人よりも早く掃除から開放され、学校の外に出ていった。
残された二人はトイレの床や壁を掃除していたが、壁越しにツラックがぶつぶつと大声で文句を言っていた。
「なんで俺も同じ罰なんだよッ!!。おかしいだろーッ!!
俺はお前らに強引に連れ出されただけなのにッ!!」
「………………………」
「おい、なんか言えよ……。
それとさ、先生の説明おかしいだろ?
魔獣が王都のどこにいるって言うんだ。
居たとしても、そこら辺にいる兵士に倒されてるだろ?」
「そうなんですよ。明らかに何かを隠しています」
「カサミナ先生に聞いてみるか?
侵入した魔獣が貯水槽を破壊して、それを修理するために、カナミナ先生はずぶ濡れになったらしいし、意外と教えてくれたりしないか?」
「個人的な話ならいけるかもしれませんが、学校の秘密に関することなら別でしょうね」
「うーん、ダメかー」
「これ以上探るのは止めておきましょう。
さて、私は行きますね」
「おい、ちょっと待て。
そっちは二人だからすぐ終わるだろうけど、こっちは一人なんだぞ。手伝ってくれよー」
「用事を思い出したので行きますね」
「今考えただろッ!!」
正直、ツラックには申し訳ない気持ちで一杯だった。
しかし、だからこそ、ツラックを放っておいて、学長室に向かった。
これ以上巻き込まないために。
学長室から、待ち構えていたようにナティ先生が出てきた。
私を迎え入れると、扉をガチャリと閉める。
「何の用だ、ユニ」
「ナティ先生、嘘ついてますよね」
「何のことだ」
「とぼけないでください。魔獣の話です」
「仮に嘘だったとして、生徒に言えるわけがないだろ」
コホンと咳払いをしてから、ユニは問いただした。
「あの魔獣、外から来たんじゃなくて、学校の中で発生したんじゃないですか?」
ナティ先生の目付きが明らかに変わった。
入学した頃のように、鋭い眼光に気圧される。
それでも勇気を振り絞って言う。
「昨日、屋上で監視をしている人がいました。
おそらくは他にもいるのでしょう。
元暗殺者である、私の召し使いでも侵入できないくらいですから。
それなのに、あの大きな魔獣を見逃すのは不自然じゃないですか?」
「……………………………」
「それに不自然といえば、厳重過ぎる監視です。
貴族がいるといっても、お金のないこの学校がするには厳重過ぎます。
あの監視は一体何のためにいるんですか?」
「………………………………」
「ナティ先生は昨夜、なぜ石像を動かしていたんですか?
あの穴を進んだ先に何があるんですか?」
「…………………………………」
「答えて貰えないなら、この学校が危険なことをみんなに言いますよ」
はぁっ、とため息をついて、ナティ先生は話し出した。
「確かにこの学校は危険だ。
処理できない案件を国から押し付けられている。
生徒の安全を取るなら、閉鎖すべきだ。
しかし、この案件を放置すれば最悪の結果を生むことになる。
そして、この案件を管理・監視し続けるためにはお金が必要なんだ。
生徒達の教育費が少なからず必要なんだ」
「そのためなら、生徒が危険に晒されても良いって言うんですか?」
「いいわけがないッ。
大人の事情で生徒が危険にさらされるなど。
しかし、こうでもしなければ生徒どころか、王都が危険なんだ」
「でも……それじゃあ…………」
「この案件は放置できない。
しかし、子供を危険に晒すわけにもいかない。
だから…、私がいるんだ」
「どうゆう……こと………ですか?」
「黄金の守護者と呼ばれた私なら、生徒のための『盾』となることで、生徒を守りつつ、案件の対処をできる。」
「あの……、昨日襲われたんですけど………」
「言い方は良くないかもしれないが、あれは雑魚だ。
あれぐらいは自分達で対処してくれ。
それに元を辿れば、結界を張っていた校舎の鍵を開けて、魔獣を外に出してしまった三人の責任だ」
「そんなぁ」
「お前の知りたいことは、これでわかっただろう。
ひとまず今日はこれで勘弁してくれ。
それとお願いだから、このことは他の生徒には黙っていてほしい。
夜遊びも今後、絶対しないでくれ」
「ま、まあ、先生がちゃんと考えていることは、わかりました。
このくらいにしておきます。
ところで、ツラックの罰なんですけど、私とナルミシアが悪いだけなので、許してあげてほしいんですけど……」
「なるほど、考えておこう。
さあ、用件が終ったなら帰りなさい」
「はい、失礼しました」
ユニは扉を閉めて、学生寮に向かった。
扉を閉ざすと同時、ナティはふぅっと息を吐き出した。
なんとかユニが思いとどまってくれて助かった。
問題は話の途中、部屋の外で聞き耳をたてていたツラックぐらいか……。
それにしても、発生……か。
何処まで勘付いているのやら。
あまり寝れていないナティは、疲れて椅子に座り込む。
立て付けの悪い引き出しの隙間からは、古びた手紙が見えた。




