17. 学校の怪談 3
扉を開け、鍵は外から糸でかけ直し、校舎を後にした。
月が雲で覆われ、三人の帰り道は一層暗くなっている。
疲れていることもあって、真っ暗な世界は夢の中のように感じる。
「そういえば、ナルミシアは<想念伝達>を使えるから、学校に入ったって言ってましたよね?」
「うん、そうだよ。特別に授業料が安くなるの」
「学校で固有魔法の研究でもしてるんですか?」
「うーんとね、昔はそうゆうこともしてたみたい。
でも、最近はしてないよ。
私の固有魔法<想念伝達>は戦いには向いてないから、積極的に研究する理由もないし」
「そうなんですか…………。でもそれだと授業料が安くなるのは変な感じですけど……」
「あー、それはね。私のひいおじいちゃんが魔獣退治のすごい人だったらしいんだよ。
想念伝達を使いこなして、仲間と共に魔獣をばっさばっさと倒して、人々を救ったとかなんとか。
だから、ひいおじいちゃんと同じ想念伝達を使える私も過剰に期待されてるんだよね」
「過剰……ですか…」
「そう、過剰。
固有魔法が遺伝することはあっても、強さそのものは遺伝しないからね。
私には戦うことなんて出来ないのに……」
「…………あなたのひいおじいさんはどんな戦い方をしてたんですか?
それがわかれば、ナルミシアも強くなれるかもしれませんよ?」
「えー、私には無理だよ。
それにひいおじいちゃんも他の魔法が全然ダメで武器頼りだったみたいだし」
自身の曾祖父について話すナルミシアは憂鬱そうに見えた。
暗くてよく見えない足元に目を落とし、何かを考えている。
校舎を出てしばらくすると、道の端にほんのりと暖く光る街灯が立っていた。
その真下を通り抜けて見るが、光は空高くにあるだけで、下の地面に光は届かない。
「意外と寮まで遠いな」
沈黙していた二人にツラックが話しかけた。
「ここの通りを抜けて、もうちょっと進めば着くんですけど、遠く感じますね」
「もうちょっと速く歩こうぜ」
早く帰りたそうなツラックが歩きを速めた。
ピチャッ……
「ん?今の何の音だ?」
「音?」
「校舎の方から水の音がしたような」
道に沿って校舎がまっすぐ伸びている。
横の校舎内を見つめると、階段の上に誰かが立っているように見える。
「もしかしたら他の先生かもですね」
「また怒られるのは嫌だぞ」
そのとき、雲から抜け出した月が周囲を照らした。
階段の上から月明かりが差し込み、そこに立つ人物の輪郭を黒く浮き上がらせた。
「「「………‼‼」」」
「あのー、ユニちゃん、あれって……何……」
「………何でしょうね……」
階段の上に立つ太った人物の輪郭には、あるべきものがなかった。
人体の一番上にあるはずの「頭」。
それだけではなく、その体にはよくわからない違和感もある。
ピチャッ
「………頭の取れた人体模型じゃないですか?」
「何でそんなものがここにあるんだよ」
「………勝手に動いた………とか?」
「え、でもそんな怪談は聞いたことないよ」
「誰かが運んでる最中なんだろ」
ピチャッ ピチャッ ピチャッ ビチャッ
「「「……………………………」」」
「あれ、動いてね?」
「ナルミシア、ツラック。行きましょう」
「そ、そうだな」
前を向いて歩き出したユニの背後で、静寂と窓ガラスを突き破り、何かが飛び出した。
そして、飛び出してきた頭のないそれは、近くにいたツラックを押し倒した。
「うおおおおおおおおッ‼、なんだこいつッ、助けてくれぇッッ」
ツラックの悲鳴が静かな夜に響いた。
「い、今、助けますッ」
魔法を使い、両手で空気を捕まえる。
捕まえた空気を小さく圧縮し、弾け飛びそうになる空気を押さえている魔法の力を、部分的に緩めた。
押さえ付けられていた空気はその穴から吹き出し、勢いよく飛んでいく。
<エア・スラッシュ>
鋭利な空気の束が、ツラックの上に乗っていた頭のない何かに直撃して、弾き飛ばした。
「ツラックッ‼今のうちですッ!!逃げますよッ‼」
「おうッ‼」
「私を置いてかないでよーッ」
走るのが遅いナルミシアの手を私が引っ張り、身体能力向上使って駆け抜けた。
ツラックは私の後ろを身体強化して付いてくる。
そして、その後ろ、地べたを這いつくばる何かが、高速で接近していた。
「ヒエッ、ヤバイヤバイッ!!これは追い付かれるぞッ‼」
「ツラック‼魔法であいつを攻撃してくださいッ‼」
「俺ッ、遠距離魔法使えないよッ‼」
「もうッ、仕方のない人ですねッ‼」
もう一度、片手で空気を掴み、ツラックの後方にエア・スラッシュを放った。
空気の束はまとまりきっていなかったが、接近する何かを上にすくいあげる。
何かは逃げる三人の後方でひっくり返り、じたばたと暴れていた。
「直線に走っていたら追い付かれます。
ここは一旦、道を外れて様子を見るのが良さそうですね」
二人を連れて、途中で道を外れる。
見晴らしのよい校庭にある、太い木の後ろに隠れた。
自分達の来た道から何かが追いかけてくる様子はない。
「さっきのは何ですかッ!?
地面を這いつくばって追いかけて来ましたよッ‼
物凄い速さでッ‼」
「学校の怪談は本当にあったんだな……」
「いや、だから、あんなのは知らないよ‼」
「俺たちが初めてなんじゃね?」
「全然嬉しくないですね」
ピチャッ…………………
木に隠れて校庭を睨む三人の後ろで、水滴の落ちる音がした。
「…………………………………ッ!!」
お、お、お、落ち着くんです‼
落ち着いて後ろを確認するんです‼
深呼吸、深呼吸。
後ろを向いて襲いかかってきたら、エア・スラッシュで返り討ちにする。
大丈夫、大丈夫、私ならやれる‼
思いきって後ろを振り向いた。
瞬間、頭部をべしっと叩かれた。
「あなたたち‼こんな時間に何をやってるんですか‼」
「ええ‼カサミナ先生‼
こんなところで何やってるんですか!?
それに、何でずぶ濡れなんですか!?」
「カサミナ先生‼カサミナ先生だー!!よかったよー‼よかったよー‼」
突然抱きついてきたナルミシアに、カサミナ先生はたじろいでいた。
「あなたたち、どうしたんですか!?」
「変なやつに追いかけられてたんだよ」
「変なやつ…とは?」
「高速で地面を這って追いかけて来る奴がいたんだ」
ツラックの話を聞いたカサミナ先生は、困ったような表情した。
「あなたたち、勝手に校舎内に入ったんですね」
「えっ、何でわかったの‼」
「状況はよくわかりました。
あなたたち、付いてきなさい。寮まで連れていきます」
「言われなくても、付いていきまーす」
元気の戻ったナルミシアが、カサミナ先生の後ろに引っ付いて寮に向かった。
「………ん?おい、ユニ!!置いてかれるぞ!!」
ユニは空中を眺めてぼーっとしていた。
「おい、ユニッ」
ビクッと驚いて、ようやくユニは自分が呼ばれていることに気付いた。
「どうかしたのか?」
「い、いえ、何でもないです」
すたすたとナルミシアとカサミナ先生を追いかけ始めたユニは、どこか不自然だった。
しかし、ユニの眺めていた方をツラックが見ても、そこには何もない。
不思議そうに首をかしげながら、ツラックは置いていかれないように走った。




