16. 学校の怪談 2
腕をつんつんとつつかれている感覚。
少しずつ意識が覚醒し、自分が寝ていたことに気がついた。
「すいませ――ムグッ」
謝ろうとした私の口をナルミシアが塞ぐ。
ナルミシアは口に人差し指を当て、静かにするように促した。
教会の入り口から人の足音が聞こえてくる。
足音は教会の真ん中を通り、祈りの対象であるベールを被った女性の石像に向かっていた。
石像は三人が隠れている長椅子の横にある。
今顔を出せば間違いなく気づかれる。
かといって、このままここに居ても見つかるのは確実。
足音の感じから大人ですね。
恐らくは学校の関係者。
幽霊ではないですが、見つかってナティ先生やカサミナ先生に怒られるのは別の意味で怖いですね。
どうにかしなければですが……。
――――――ザザ―――――――――――――――――――――――
頭痛がする。
顔をしかめたユニに、ナルミシアが親指を立てて見せた。
――――――――8<[8+/-]#―――――――――――
意味不明な音が頭の中を通り抜ける。
――――――ユ――――きこ――――――――――――――
音は少しずつ言葉になり、それがナルミシアの声だということがわかった。
―――――ユニちゃん、聞こえる?―――――――
遂に言葉が意味を成した。
ええっ‼なんですかっ、これ‼
――――ええっとね、これは私の……ってのは置いといて、取り合えずこっちに来て――――
ナルミシアに手を引っ張られ、長椅子の下に潜りこんだ。
ツラックは長椅子の横に移動して、やり過ごすつもりのようだ。
足音は石像の前で止まり、ゴリゴリゴリ、という音を立てて石像を動かし始めた。
押し退けられた石像の後ろから、縦に細長い穴が出てくる。
足音の人物はその中に入っていき、教会の中は再び静寂で満たされた。
………あんなところに入り口があったんですか……穴の中がどうなっているのか。
気になるところですが、先生とばったり会うことを考えたら諦めるしかないですね。
――――そうだよ、ユニちゃん。ここはこらえるのが良いと思うよ―――――
………………えっ、……………聞こえてるんですか?私の、心の声。
―――うん、ばっちり聞こえてるよ。ほら、この前、私が特殊な魔法を使えるから学校に入った、て言ったでしょ。――――
ま、まぁ、それは聞きましたけど。
――――これが私の固有魔法<想念伝達>の力だよ。私と誰かの間をこの魔法で接続することによって、頭の中だけでやりとりができるようになるの――――
そんな魔法があるんですか。
………いいなぁ。
――――全然、良くないよッ。この魔法があるせいで、他の魔法適正が千年に一度のポンコツになったんだから――――
―――あの、お二人さん。先生っぽい人は入ってったけど、俺らはどうする?―――
ツラック!?
何でツラックも想念伝達を使えてるんですか!?
―――俺が使ってるんじゃないよ――――――
――――私がツラックにも接続してるの。同時に接続すれば、みんなでいっしょにお話もできるよ――――
便利ですね……。
―――で?どうすんの?――――――――
ばったり出くわすのは嫌なので、出てくるまでしばらく待機ですね。
――――それじゃ、一旦切るね。<切断>―――プツッ―――
しばらくして、穴の中から人が出てきた。
月明かりはあるものの、やはり周囲は暗く、長椅子の下からではよく見えない。
穴から出てきた人物は、入ったときのように石像を動かして穴を塞ぎ、足音を立てて教会を出ていった。
一分ほど待ち、帰ってくる気配がないことを確かめる。
「そろそろ出ても良さそうですね」
「そうだね」
二人揃って這いずり、長椅子の下から出た。
埃はほとんどなく、服は綺麗な状態。
「あれ?ツラックはどこに行ったんですか?」
長椅子の横にツラックの姿はない。
すると、ユニの背後、長椅子の方から声がする。
「こ、こっちだ。こっち」
何気なく声のする方を見た。
瞬間、背筋が凍る。
ツラックの横、疲れた様子のナティ先生が腕組みをして座っていた。
「な、なな、ナティ、先生、何で」
瞬時に理解した。
教会に後から入ってきたのはナティ先生だ。
三人には気づいていて、外に出たように見せかけ、足音を消して戻って来たのだ。
ツラックは見つかっていることに気づき、大人しく座ってユニとナルミシアが出てくるのを待っていたのだ。
「全員ここに座れ」
怒気は感じられなかったが、何も言わずに従う。
三人が並んで座り、ナティ先生が立ち上がって三人の前に立った。
「私の、この指輪が何かわかるか?」
「い、いえ、さっぱり」
左手の人差し指と中指に、細く質素な指輪がはまっている。
ナティ先生は人差し指の、小さな緑色の宝石がはまっている指輪を前に出して見せた。
ナティ先生が指輪をいくつか持っていて、日によって付けている種類が違うことには気がついていた。
しかし、「おしゃれなのかな」と思うぐらいで深く考えることはなかった。
「これは嘘を見抜く指輪だ。質問するから真実を言うように」
緑色の宝石が、淡い光を放ち始めた。
月明かりと相まって美しく輝いて見える。
「まず最初に、ここで何をやっていたのか答えろ」
「学校の怪談があるって聞いて、確かめに」
「ここに来るまでにあった扉は施錠されていたはずだが?」
「ナルミシアが糸を使って、鍵を開けました」
「一番最初に怪談を確かめようと言い出したのは誰だ?」
「ナル……」
「ツラックですッ‼」
ナルミシアがユニを遮って言った。
ツラックから「ぅえ?」と変な声が出る。
ナティ先生の話をはったりだと思った、というか、ハッタリに賭けたナルミシアの目の前で。
指輪が紅く、どす黒く、揺らめきながら光った。
「はぁ……、言い出したのはナルミシアだな」
ナティ先生がため息混じり、問う。
「うぅぅ……………はぃ………………」
「では最後に、お前たちがやったのは怪談を確かめるための行動だけだな?」
「はいっ」
指輪は反応しない。
ナティ先生はしばらく考えている様子だったが、遂に口を開いた。
「よし、わかった。お前たちは今すぐ寮に戻って寝なさい」
「え、それだけですか?」
「なんだ、不満なのか?」
「い、いえ、わかりました。すぐ寮に戻ります」
ナルミシアの手を引いて外に出た。
はや歩きでレンガの道を渡り、植物に囲まれた教会を出る。
遅れないようにと、ツラックも後ろを小走りで付いてくる。
「思ったより優しかったな」
「私ももっと怒られると思ったんですが、全然でしたね」
「これ、私だけ後で怒られるやつなんじゃ……」
歩く速度を落として校舎内を進む。
もはや三人に怪談を確かめ始めた頃の元気はない。
足音を消して歩く必要が無くなったので、三人は薄暗い廊下にこつこつと音を響かせて歩いた。
「結局、一番怖かったのは幽霊ではなく、ナティ先生でしたね」
ナルミシアとツラックは何も言わずに頷いた。




